2018年07月10日

 

2018.7.10

前田 高行

 

2.7月現在の各国の格付け状況 (続き)

(表:http://menadabase.maeda1.jp/1-G-3-01.pdf 参照)

 

(明暗分かれたエジプトとトルコ!)

(3) MENA諸国の格付け

GCC6カ国のうちクウェイトおよびアブダビ(UAEは首長国単位の格付けでありドバイは格付けされていない)AAである。カタールは昨年6月にサウジアラビア、UAEなどが同国と断交し、陸路・海路が封鎖された結果、昨年下半期に格付けは1ランク下がりAA-になっている。これは台湾と同じであるが中国、日本よりは1ランク上である。

 

GCC最大の経済規模を誇るサウジアラビアは一昨年前半まではこれら3か国と同じランク(AA)であったが、現在はA-であり、UAE、クウェイトとは4ランク、カタールとは3ランクの差がある。原油価格の低迷で同国の財政は厳しい試練に直面しており、外貨準備高が急速に減少しただけでなく、7年ぶりに国債発行を余儀なくされている。財務改善のめどが立たないことに対し格付け機関は厳しい評価を下している。

 

同じGCC加盟国の中で財務状況が悪化しているオマーンは一昨年投資適格で最も低いBBB-にランクが落ちた後、昨年、今年の上期に連続して格下げされ、現在は投資不適格のBBにとどまっている。またGCC6か国の中で非産油国のバハレーンは経済が脆弱であり、また政治的にも不安定要因を抱えているためもともと他の5か国より格付けが低く、昨年下半期にBB-からB+に格下げされている。現在も経済危機のため周辺国から金融支援を仰いでいる状況であり、更なる格下げの脅威に晒されている。GCC6カ国はクウェイト、UAE(アブダビ)、カタールの3か国が比較的安定しているのに対し、オマーン及びバハレーンが投資不適格のBBまたはBに格付けされ格差は大きい。そしてサウジアラビアは両者の中間に位置し、格上げよりも格下げ圧力が強い不安定な状況にあると言えよう。

 

 その他のMENA諸国ではイスラエルがA+であるがこれは日本、中国と同格である。モロッコはBBB-でかろうじて投資適格の格付けを維持している。これに対してトルコは投資不適格であり、上半期にはBBからBB-に格下げされている。これに対してエジプトの格付けはトルコよりも低いが、経済が安定していることが評価され、上半期にB-からBに格上げされている。ヨルダンはエジプトより1ランク上のB+であり、これはギリシャと同格である。またレバノン及びイラクはエジプトより1ランク下のB-である。

 

(東南アジア諸国の多くは投資適格すれすれのBBB格付け!)

(4) BRICsおよびアジアの発展途上国の格付け

アジア・オセアニア地域ではオーストラリア及びシンガポールが独、スイスなど西欧諸国に並ぶ最上級AAAの格付けであり、東南アジア諸国ではタイがBBB+、フィリピンはBBB、インド及びインドネシアがBBB-である。BBBS&Pの格付け定義では「債務を履行する能力は適切であるが、事業環境や経済状況の悪化によって債務履行能力が低下する可能性がより高い」とされ、投資適格の中で最も低いランクである。

 

BRICsの一角を占めるブラジル及び南アフリカは今年上半期にいずれも格下げされており、ブラジルはBBからBB-へ、南アフリカはBB+からBBへ、いずれも投資不適格のBB格付けの中でさらに1ランク下がっており、同じBRICsのロシアあるいはインドより2乃至3ランクの格差がある。なおベネズエラは今年上半期にこれまでのCCC-からランク外のSD(選択的不履行)に転落している。

 

(続く)





drecom_ocin_japan at 19:57コメント(0)MENA 
下記データベースを更新しましたのでご利用ください。


・世界主要国及びMENA諸国のソブリン格付け比較(2018年7月1日現在)

http://menadabase.maeda1.jp/1-G-3-01.pdf



drecom_ocin_japan at 10:21コメント(0)データベース追加・更新 

2018年07月09日

drecom_ocin_japan at 21:42コメント(0)今日のニュース 

 

2018.7.9

前田 高行

 

2.7月現在の各国の格付け状況

(表:http://menadabase.maeda1.jp/1-G-3-01.pdf 参照)

今回の格付けを半年前と比べると最高格付けAAA(トリプルA)のドイツ、シンガポール等の国々を含めAA格付けのアブダビ、韓国の他、A+格付けの日本、中国など格付け上位の主要な国々に変動はなかった。

 

G7の国々のうちドイツ及びカナダはAAAの最高格付けであり、米国は1ランク下のAA+、英国及びフランスはさらに1ランク低いAAである。そして日本はAAAより4ランク低いA+に格付けされ、イタリアは投資適格ではあるがBBBにとどまっている。因みに格付け定義ではAAは「債務を履行する能力は非常に高く、最上位の格付け(トリプルA)との差は小さい」とされ、これに対して格付けAは「債務を履行する能力は高いが上位2つの格付けに比べ、事業環境や経済状況の悪化からやや影響を受けやすい」とされている。そしてBBBの定義は「債務を履行する能力は適切であるが、事業環境や経済状況の悪化によって債務履行能力が低下する可能性がより高い」である。

 

G7以外の国ではアジア諸国のうちシンガポール及びオーストラリアがトリプルAに格付けされ、またAAランクにはMENA諸国ではクウェイト、アブダビ、カタールが、またアジアでは韓国、台湾等が入っている。そして格付けAランクでは中国及びイスラエルが日本と同じA+であり、サウジアラビアもAランク(但しA-)に格付けされている。

 

(最上位のドイツ、投資適格に復帰したロシア)

(1)欧米諸国 (米英仏独など)

ドイツ、スイス、カナダ、オランダなどは引き続きトリプルAの最高格付けを維持している。経済力が世界一の米国の格付けはトリプルAより1ランク下のAA+である。そして英国とフランスはさらに1ランク低いAAであり、これは韓国あるいはクウェイト、アブダビと同格である。

 

EU諸国の中ではスペインは前回のBBB+からA-に格上げされている。また前回投資不適格ランクのBB+であったロシアは今回BBB-の投資適格に格上げされている。これはイタリア(BBB)より1ランク低く、ポルトガルと同格である。ギリシャは財政再建努力が評価され、前回のB-からB+に格付けが見直されている。S&Pの定義では格付けBは「現時点では債務を履行する能力を有しているが、(中略)経済状況が悪化した場合には債務を履行する能力や意思が損なわれやすい」とされており厳しい評価であることに変化は無い。

 

ギリシャと同様にかつて債務不履行寸前に転落したアイスランドはその後の財政改善が奏功し一昨年後半と昨年前半に相次いで格付けが上がり、現在の格付けは最上位のトリプルAから6番目のAに格付けされている。

 

(極東4か国の中では韓国がトップ、低い日本と中国!)

(2)極東4か国(日、中、韓、台湾)

極東アジアの日本、中国、韓国及び台湾のうち最も高い格付けを得ているのは韓国のAAであり、これは英国、フランス或いはクウェイト、アブダビの中東湾岸産油国と同格である。台湾はAA-であり中東のカタールと並んでいる。これに対して日本及び中国はさらに1ランク低いA+の格付けにとどまっており、イスラエル或いはアイルランドと同格である。中国は昨年下半期に日本と同じA+に格下げされており、極東4カ国の中では日本と中国に対する評価が厳しい。

 

(続く)

 

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

        前田 高行         183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601

                               Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642

                               E-mail; maeda1@jcom.home.ne.jp

 

2.7月現在の各国の格付け状況

(表:http://menadabase.maeda1.jp/1-G-3-01.pdf参照)

今回の格付けを半年前と比べると最高格付けAAA(トリプルA)のドイツ、シンガポール等の国々を含めAA格付けのアブダビ、韓国の他、A+格付けの日本、中国など格付け上位の主要な国々に変動はなかった。

 

G7の国々のうちドイツ及びカナダはAAAの最高格付けであり、米国は1ランク下のAA+、英国及びフランスはさらに1ランク低いAAである。そして日本はAAAより4ランク低いA+に格付けされ、イタリアは投資適格ではあるがBBBにとどまっている。因みに格付け定義ではAAは「債務を履行する能力は非常に高く、最上位の格付け(トリプルA)との差は小さい」とされ、これに対して格付けAは「債務を履行する能力は高いが上位2つの格付けに比べ、事業環境や経済状況の悪化からやや影響を受けやすい」とされている。そしてBBBの定義は「債務を履行する能力は適切であるが、事業環境や経済状況の悪化によって債務履行能力が低下する可能性がより高い」である。

 

G7以外の国ではアジア諸国のうちシンガポール及びオーストラリアがトリプルAに格付けされ、またAAランクにはMENA諸国ではクウェイト、アブダビ、カタールが、またアジアでは韓国、台湾等が入っている。そして格付けAランクでは中国及びイスラエルが日本と同じA+であり、サウジアラビアもAランク(但しA-)に格付けされている。

 

(最上位のドイツ、投資適格に復帰したロシア)

(1)欧米諸国 (米英仏独など)

ドイツ、スイス、カナダ、オランダなどは引き続きトリプルAの最高格付けを維持している。経済力が世界一の米国の格付けはトリプルAより1ランク下のAA+である。そして英国とフランスはさらに1ランク低いAAであり、これは韓国あるいはクウェイト、アブダビと同格である。

 

EU諸国の中ではスペインは前回のBBB+からA-に格上げされている。また前回投資不適格ランクのBB+であったロシアは今回BBB-の投資適格に格上げされている。これはイタリア(BBB)より1ランク低く、ポルトガルと同格である。ギリシャは財政再建努力が評価され、前回のB-からB+に格付けが見直されている。S&Pの定義では格付けBは「現時点では債務を履行する能力を有しているが、(中略)経済状況が悪化した場合には債務を履行する能力や意思が損なわれやすい」とされており厳しい評価であることに変化は無い。

 

ギリシャと同様にかつて債務不履行寸前に転落したアイスランドはその後の財政改善が奏功し一昨年後半と昨年前半に相次いで格付けが上がり、現在の格付けは最上位のトリプルAから6番目のAに格付けされている。

 

(極東4か国の中では韓国がトップ、低い日本と中国!)

(2)極東4か国(日、中、韓、台湾)

極東アジアの日本、中国、韓国及び台湾のうち最も高い格付けを得ているのは韓国のAAであり、これは英国、フランス或いはクウェイト、アブダビの中東湾岸産油国と同格である。台湾はAA-であり中東のカタールと並んでいる。これに対して日本及び中国はさらに1ランク低いA+の格付けにとどまっており、イスラエル或いはアイルランドと同格である。中国は昨年下半期に日本と同じA+に格下げされており、極東4カ国の中では日本と中国に対する評価が厳しい。

 

(続く)

 

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

        前田 高行         183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601

                               Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642

                               E-mail; maeda1@jcom.home.ne.jp

 





drecom_ocin_japan at 09:06コメント(0) 

2018年07月08日

Home Page: OCIN INITIATIVE

(Japanese Version)

(Arabic Version)

(Table of contents)

By Areha Kazuya

E-mail: areha_kazuya@jcom.home.ne.jp

Chapter 4: War and Peace in The Middle East

 

4-8(36) East of Nakba(great catastrophe)

The Arab countries have been disastrously defeated by Israel in the First Arab Israeli War in which Israel aimed for Independence. That was the reason why Arab countries called this war "Nakba (Great Disaster)" and Israel called the War of Independence. The greatest victim was the Arab-Palestinians who lived in Palestine. Approximately 750,000 Jews flowed from all over the world into Palestine after the war. As a result, the same number of Arab-Palestinians were pushed out of the country and became refugees. More Palestinian refugees came in the later Arab-Israeli wars. The number of refugees reached approximately ten million in total. Most of them evacuated to the east neighboring country - Jordan. Jordan was "the east of Nakba".

 

Jordan, however, was the poor country from its foundation. Palestinian refugees had a difficult time in Jordan. Many of them had to migrate to the Gulf countries such as Kuwait and Saudi Arabia, where the oil boom began. They moved from the land of Nakba in Palestine to Jordan and thereafter toward to the east again. This time, Gulf countries became “the east of Nakba”. Palestinian refugees were the diligent workforce in the Gulf oil-producing countries. Palestinians were the same Arabs with inhabitants in the Gulf countries. They could easily communicate by speaking Arabic language. They believed the same religion of Islam as the same Sunni sect. The Saudis and Kuwaitis appreciated the excellent knowledge of the Palestinians.

 

In the Gulf countries, they called migrants coming from abroad as "guest workers" and called themselves as "host countries". Palestinian migrants who spoke Arabic and worshiped together at the mosque on Friday were the best "guest workers" for “host countries”. However, do not be misled by the softness of the word "guest". Palestinians coming to Gulf countries in search for getting a piece of oil wealth were merely migrant workers. Palestinians were given cold shoulder. Inhabitants in the Gulf countries were blind to own faults and abused the Palestinians. Children imitate their parents and teased Palestinian children irrationally.

 

Palestinians, however, had to endure remained silent, otherwise they might lose good salary which was pretty high than their home country. Their status was unstable. The employment contract was depended on the temper of their lords. The lords were easily dismissed migrants and expelled them. Migrants were exactly modern slavery.

 

It is necessary to point out that migrants are different from immigrants. Immigrants are those who emigrated from other countries and acquired the citizenship of that country. Although there might be social discrimination, immigrants have the same political rights and the right of social security same as the original citizens. But migrant “guest” workers are not given such a right.

 

The Palestinians were obviously more educated, experienced and diligent than the Kuwaitis or Saudis. But under the modern slavery system of migrant workers, they had to endure humiliation and continue their duties. They sent the most of their salary to their relatives at home. Someday in the future when they would retire and return to home, it might be their dream to build an apartment and become a landlord, or to open a small shop and become the owner of self-employed business.

 

Palestinians were also enthusiastic about giving university education on children. As refugees living in other countries it was necessary to have excellent knowledge and expertise. The Shatilas and Al-Yassins who were Palestine refugees from Turkam had been working in Kuwait as teacher or doctor, respectively. They were keen on education more than others. The second son of the Shatillas was sent to the United States for studying though their household spending was painful. The eldest son of the Shatillas who had been working at an oil company in Saudi Arabia handed over a part of his salary to his father to support his brother's tuition. The Shatilas expected that their young son got citizenship of the United States after graduating university. Furthermore, the family had hidden agenda that if something happened in the Middle East they would rely on him and migrate to the United States.

 

Father himself did not lose hope to return to Turkam. He had a dream to open a private school in his hometown and spend the rest of his life to teach Palestine children. When he retired a teacher in the late 1970s, he left Kuwait and returned to Jordan. Around the same time Al-Yassin also sent his daughter Rania to American University in Cairo and the family returned to Jordan. He had a doctor's license, so he decided to settle permanent residence in Jordan and changed their nationality from Palestine to Jordan.

 

When the "Black September" incident took place in 1970, the PLO, Palestine Liberation Organization, moved its headquarter to Beirut, Lebanon. Jordan restored a peaceful condition under King Hussein. The Palestinians who emigrated to the Gulf countries returned to Jordan with various expectations in mind. Once the Palestinians had moved eastward from the land of "Nakba" to Jordan and again settled in Gulf countries in eastward. This time they moved westward and back to Jordan. Most of them waited for the day when they could return to Palestine.

 

(To be continued ----)





drecom_ocin_japan at 08:57コメント(0)中東の戦後70年 
記事検索
月別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ