2006年07月
2006年07月24日
これまでの内容
(第1回)カタール・バーレーン間の海上橋建設―両国新時代の幕開け
(第2回)抗争から和解へ―カタールとバーレーンの歴史
(第3回)似た者同士のカタールとバーレーン
(第4回)Win-winのカタール・バーレーン関係(その1)
(第5回)Win-winのカタール・バーレーン関係(その2)
第6回(最終回) 両国の狙いと今後の予測―GCCに先駆けて二国間で経済統合も?
GCC(Gulf Cooperation Council、湾岸協力機構)は、1981年にバーレーン、カタール、サウジアラビア、クウェイト、UAE及びオマーンの湾岸6カ国によって結成された。各国の統治体制は、サウジアラビア(王制)、オマーン(スルタン制)その他の4カ国(首長制、但しバーレーンは2002年に立憲王制に移行)とそれぞれ異なっている、いずれも当時も今も絶対君主制である。GCCはそもそも軍事共同防衛を目的として発足した。と言うのは1979年、イランでホメイニ革命が発生、政治体制がそれまでの王制(シャー・パーレビー)からイスラム共和制へと激変した。ホメイニはイスラム法による統治体制(ヴェラヤトイ・ファキフ)を唱え、サウジアラビアなど世俗君主制国家の打倒を表明した。そして翌1980年にはイランのホメイニ政権とイラクのフセイン政権の間でイラン・イラク戦争が勃発、クウェイトにも近いチグリス・ユーフラテス河口のシャットル・アラブで両国は激しい戦闘を繰り広げた。
イランのイスラム革命の浸透を恐れた湾岸6ヶ国は、君主制を守るための軍事共同防衛機構GCCを立ち上げたのである。6カ国の軍事力はイランとは比べものにならず全く脆弱なものである。ましてバーレーンは国民の大半がシーア派であり、クウェイト及びサウジアラビア東部地帯にも多数のシーア派住民がいるが、GCCの君主は全てスンニ派である。湾岸各国の支配者たちはイスラム革命がクウェイトに波及し、ドミノ倒しで君主制が崩壊することに強い危機感を抱いたのである。
1988年にイラン・イラク戦争が終結しシーア派イスラム革命が波及する恐れは遠のいたが、今度はイラクのフセイン政権が新たな脅威となった。イラクは共和制であるが、フセイン大統領の独裁体制である。フセインはGCCの王制・首長制を新たな攻撃目標とし、またかねてからのクウェイト併合論(クウェイトはオスマン・トルコ或いはその後のイラク王制の時代を通じて常にイラク・バスラ州の一部であったとの主張)を唱えた。そしてフセインは実際1990年にクウェイトに侵攻したのである。これに対して国連決議により米国を中心とする多国籍軍が編成され半年後にクウェイトは解放された(湾岸戦争)。
この時、GCCは合同軍を編成し戦ったが、結局クウェイトを実力で解放したのは米英などの外国の兵力であり、GCC合同軍は非力な存在でしかなかった。GCCは石油・天然ガスの豊富な財力により欧米の近代兵器を装備しているが、兵力の絶対数が少なく軍事力としてはイラン、イラクなど周辺の大国には全く歯が立たないのである。湾岸戦争で軍事同盟としての非力さを痛感させられたGCCは同盟の目的を経済に置き換えた。GCCは2003年に関税が統一され、そして2010年には通貨統合を目指している。彼らがお手本としているのはEUである。
しかしGCCはEUのように完全な経済同盟に変身できるのであろうか。筆者の意見は「否」である。経済同盟とは同盟国が経済的に補完できる、いわゆるWn-winの関係になければ成り立たない、と考えるからである。それは経済発展に欠かせないヒト、モノ、カネの補完関係である。例えば米国とメキシコのNAFTA(北米自由貿易協定)を見ると、米国には資本と技術という「カネ」と「モノ」があり、メキシコには安い労働力という「ヒト」があり、互いに相手を必要としている相互補完関係がある。ところがGCCの場合、いずれの国も石油とそれによる資金と言う「カネ」が溢れているだけで、「ヒト(供給すべき人材)」も「モノ(産業の裾野の広がりやそれに関連するソフト)」も不十分で、加盟国間の補完関係は皆無に等しい。GCCでは関税同盟を結ぶインセンティブも無ければ、まして通貨同盟を結ぶ必然性は殆ど無い、と言うよりもWin-winの関係にならない経済同盟は個々の国家或いはそれぞれの国でビジネスを行っている民間企業にとっては百害あって一利無し、と言っても言い過ぎではないだろう。現に2003年に始まった関税同盟も徴収された関税の配分をめぐって加盟国間で紛糾しているとの報道もある。
そのことをを最も敏感に感じているのはGCCの中の小国、即ちバーレーンでありカタールなのではないだろうか。バーレーンにしてみればGCCの経済統合とは自国がサウジアラビアに呑み込まれることである。石油資源の乏しいバーレーンが自らの立場を守るには、サウジアラビアと適度な距離を置きつつ、金融・貿易国家としての特異性を発揮しなければならない。それが2004年の米国とのFTA締結であった。一方、カタールはサウジアラビアと同じくエネルギーの余剰生産能力を有する国である。しかしエネルギーの中心はサウジアラビアは石油であり、カタールは天然ガスである。両国のエネルギー戦略は当然異なったものとなる。サウジアラビアとカタール両国の間にはこのほかにも人口の大小(前者は後者の31倍、そのうち自国民だけをとれば62倍の格差)、現在及び将来の豊かさの大きな格差(前者の一人当たりGDPは後者の3分の1、GDP成長率は前者が一桁、後者が二桁)がある。豊かさに関する限りカタールはGCCの中でその存在感がますます高まっている。
両国の統治支配家はバーレーンがカリーファ家、カタールがサーニー家である。かつてカリーファ家がカタールを支配し、サーニー家がそれに抵抗した歴史もあるが、共に若いサルマン現皇太子(バーレーン)及びタミム現皇太子(カタール)にはもはやわだかまりは無いと思われる。むしろ両国皇太子は合同会議でできるだけ多くの成果をあげることにより、自国の君主制を守り、また自己の次期王位或いは首長位を確実なものにしたいと考えているはずである。
現在の国際情勢から判断する限り、両国に革命が起こり君主制が崩壊するとは考えにくいが、両皇太子ともまだ若く(サルマン皇太子38歳、タミム皇太子26歳)、このまますんなりと王位(首長位)を継承できるかどうか、即断するのは早すぎるかもしれない。しかし、バーレーン及びカタールは、GCCの中でこのままサウジアラビアの鼻息を伺ったり、或いはUAE(アブダビ、ドバイ)の後塵を拝し続けるつもりはないであろう。
カタールとバーレーンがGCCの中で存在感を示すために二国間の経済協力を推し進める環境が整ったようである。そしてGCCの経済統合が必ずしも順調ではなく、通貨統合の2010年実現が危ぶまれる現状では、両国はむしろGCC全体に先んじて二国間だけで経済統合を進め、場合によっては連邦形成の可能性すら考えられるのである。
完
(第1回)カタール・バーレーン間の海上橋建設―両国新時代の幕開け
(第2回)抗争から和解へ―カタールとバーレーンの歴史
(第3回)似た者同士のカタールとバーレーン
(第4回)Win-winのカタール・バーレーン関係(その1)
(第5回)Win-winのカタール・バーレーン関係(その2)
第6回(最終回) 両国の狙いと今後の予測―GCCに先駆けて二国間で経済統合も?
GCC(Gulf Cooperation Council、湾岸協力機構)は、1981年にバーレーン、カタール、サウジアラビア、クウェイト、UAE及びオマーンの湾岸6カ国によって結成された。各国の統治体制は、サウジアラビア(王制)、オマーン(スルタン制)その他の4カ国(首長制、但しバーレーンは2002年に立憲王制に移行)とそれぞれ異なっている、いずれも当時も今も絶対君主制である。GCCはそもそも軍事共同防衛を目的として発足した。と言うのは1979年、イランでホメイニ革命が発生、政治体制がそれまでの王制(シャー・パーレビー)からイスラム共和制へと激変した。ホメイニはイスラム法による統治体制(ヴェラヤトイ・ファキフ)を唱え、サウジアラビアなど世俗君主制国家の打倒を表明した。そして翌1980年にはイランのホメイニ政権とイラクのフセイン政権の間でイラン・イラク戦争が勃発、クウェイトにも近いチグリス・ユーフラテス河口のシャットル・アラブで両国は激しい戦闘を繰り広げた。
イランのイスラム革命の浸透を恐れた湾岸6ヶ国は、君主制を守るための軍事共同防衛機構GCCを立ち上げたのである。6カ国の軍事力はイランとは比べものにならず全く脆弱なものである。ましてバーレーンは国民の大半がシーア派であり、クウェイト及びサウジアラビア東部地帯にも多数のシーア派住民がいるが、GCCの君主は全てスンニ派である。湾岸各国の支配者たちはイスラム革命がクウェイトに波及し、ドミノ倒しで君主制が崩壊することに強い危機感を抱いたのである。
1988年にイラン・イラク戦争が終結しシーア派イスラム革命が波及する恐れは遠のいたが、今度はイラクのフセイン政権が新たな脅威となった。イラクは共和制であるが、フセイン大統領の独裁体制である。フセインはGCCの王制・首長制を新たな攻撃目標とし、またかねてからのクウェイト併合論(クウェイトはオスマン・トルコ或いはその後のイラク王制の時代を通じて常にイラク・バスラ州の一部であったとの主張)を唱えた。そしてフセインは実際1990年にクウェイトに侵攻したのである。これに対して国連決議により米国を中心とする多国籍軍が編成され半年後にクウェイトは解放された(湾岸戦争)。
この時、GCCは合同軍を編成し戦ったが、結局クウェイトを実力で解放したのは米英などの外国の兵力であり、GCC合同軍は非力な存在でしかなかった。GCCは石油・天然ガスの豊富な財力により欧米の近代兵器を装備しているが、兵力の絶対数が少なく軍事力としてはイラン、イラクなど周辺の大国には全く歯が立たないのである。湾岸戦争で軍事同盟としての非力さを痛感させられたGCCは同盟の目的を経済に置き換えた。GCCは2003年に関税が統一され、そして2010年には通貨統合を目指している。彼らがお手本としているのはEUである。
しかしGCCはEUのように完全な経済同盟に変身できるのであろうか。筆者の意見は「否」である。経済同盟とは同盟国が経済的に補完できる、いわゆるWn-winの関係になければ成り立たない、と考えるからである。それは経済発展に欠かせないヒト、モノ、カネの補完関係である。例えば米国とメキシコのNAFTA(北米自由貿易協定)を見ると、米国には資本と技術という「カネ」と「モノ」があり、メキシコには安い労働力という「ヒト」があり、互いに相手を必要としている相互補完関係がある。ところがGCCの場合、いずれの国も石油とそれによる資金と言う「カネ」が溢れているだけで、「ヒト(供給すべき人材)」も「モノ(産業の裾野の広がりやそれに関連するソフト)」も不十分で、加盟国間の補完関係は皆無に等しい。GCCでは関税同盟を結ぶインセンティブも無ければ、まして通貨同盟を結ぶ必然性は殆ど無い、と言うよりもWin-winの関係にならない経済同盟は個々の国家或いはそれぞれの国でビジネスを行っている民間企業にとっては百害あって一利無し、と言っても言い過ぎではないだろう。現に2003年に始まった関税同盟も徴収された関税の配分をめぐって加盟国間で紛糾しているとの報道もある。
そのことをを最も敏感に感じているのはGCCの中の小国、即ちバーレーンでありカタールなのではないだろうか。バーレーンにしてみればGCCの経済統合とは自国がサウジアラビアに呑み込まれることである。石油資源の乏しいバーレーンが自らの立場を守るには、サウジアラビアと適度な距離を置きつつ、金融・貿易国家としての特異性を発揮しなければならない。それが2004年の米国とのFTA締結であった。一方、カタールはサウジアラビアと同じくエネルギーの余剰生産能力を有する国である。しかしエネルギーの中心はサウジアラビアは石油であり、カタールは天然ガスである。両国のエネルギー戦略は当然異なったものとなる。サウジアラビアとカタール両国の間にはこのほかにも人口の大小(前者は後者の31倍、そのうち自国民だけをとれば62倍の格差)、現在及び将来の豊かさの大きな格差(前者の一人当たりGDPは後者の3分の1、GDP成長率は前者が一桁、後者が二桁)がある。豊かさに関する限りカタールはGCCの中でその存在感がますます高まっている。
両国の統治支配家はバーレーンがカリーファ家、カタールがサーニー家である。かつてカリーファ家がカタールを支配し、サーニー家がそれに抵抗した歴史もあるが、共に若いサルマン現皇太子(バーレーン)及びタミム現皇太子(カタール)にはもはやわだかまりは無いと思われる。むしろ両国皇太子は合同会議でできるだけ多くの成果をあげることにより、自国の君主制を守り、また自己の次期王位或いは首長位を確実なものにしたいと考えているはずである。
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完
2006年07月20日
各項目をクリックすれば各紙(英語版)にリンクします。
(クウェイト)国会、今年度予算を承認して閉会
(クウェイト)正確な石油埋蔵量を近く公表ーアリ新石油相談
(サウジ)Maaeden、12億リアルで燐酸プラント発注
(サウジ)ワーリド王子、Citigroupの経費増に苦言 *
(サウジ)サウジ男性に広がる外国休暇先の第二夫人
(GCC)GCCの2005年対日輸出超過は626億ドルージェトロ発表
*MENAInformant「世界的富豪タラール王子」参照
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*MENAInformant「世界的富豪タラール王子」参照
2006年07月19日
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(クウェート)日本のイラク貢献を高く評価ー額賀防衛庁長官と第一副首相会談
(ドバイ)エミレーツ航空、ボーイング貨物機10機を購入
(クウェート)選挙区削減案を圧倒的多数で可決
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