2007年02月

2007年02月23日

五月雨式の送還と母国での処遇

 最高裁が虜囚の米国内での裁判権を認めたことにより 、米国政府は苦しい立場に立った。また最高裁の決定を無視しグアンタナモの軍事法廷で裁判を行ったとしても、大半の虜囚について米国政府には彼らを有罪に持ち込むだけの十分な証拠を提示することが極めて困難であった。9.11同時多発テロ後のアフガニスタンとパキスタンでのアル・カイダ掃討作戦は混乱を極めた中で行われており、誤認逮捕も含めアル・カイダ兵士とみなすアラブ系外国人を十羽一からげに捕らえたからである。

 虜囚の公判を開く目処も立たず、人権保護団体のみならず国連からも5年にわたる長期の虐待と未決拘留を批判され 、米国政府は進退極まった状況に追い込まれた。そこで米国政府は虜囚たちをそれぞれの本国に送還することで、問題をうやむやに葬り去る方針に切り替え、各国政府と秘密裏の交渉を行った 。こうして2005年後半から虜囚の五月雨式本国送還が始まったのである。

 虜囚の数が最も多いサウジアラビアについて送還の時期と人数をたどってみると、2005年11月に4人が送還されたのを皮切りに、2006年には5月に15人、6月14人、8月9人、12月16人と虜囚が次々に帰国している。なお6月には収容所で自殺した2人の遺体も送還されている。そしてつい最近の2月21日にも7人の虜囚がサウジアラビアに戻ってきた。グアンタナモ収容所のサウジ人虜囚は総数130人であったが、これら6回にわたる送還の結果、現在も収容所に拘束されている人数は68人にまで減少している 。ほぼ半数が帰国したことになる。

 2005年7月、送還問題を打ち合わせるためリヤドを訪れた米国高官は、「米国は虜囚をグアンタナモに置きたくない。サウジ政府も応分の負担をしてもらいたい」と極めて高飛車な姿勢であった 。サウジ政府に対して、帰国後彼らを直ちに監獄に収容し、しかるべき裁判を行うよう要求したのである。それは9.11テロ実行犯の大半がサウジ人であった事実に対し、サウジ政府の責任を問うという言外の圧力であった。

しかし虜囚の送還は米国政府が自らの不始末をサウジ政府に押し付け、責任転嫁を図ろうとしたことに他ならず、サウジ政府にとっては極めて迷惑な話である。まして証拠も不十分な虜囚についてサウジ国内で公開裁判を行い、国民が納得する判決を下すことなどできようはずがない。さらに厄介なことには、かれら虜囚はかつてアフガニスタンの旧ソ連軍とその傀儡政権に対するジハード(聖戦)の義勇兵として戦地に赴いた若者達であり、一般国民の多くは彼らを非難するどころか称える風潮が強い。そしてアフガン戦争の後、アル・カイダがイスラームの大義を旗印に反米テロ活動に走ったことに対してすら、それを陰に陽に支持する空気がある。グアンタナモから送還された虜囚達を国内法廷で裁き、犯罪人扱いをすれば、このような国民感情を逆撫ですることは間違いないのである。

 虜囚の送還について両国は公式な論評は一切避け、送還は事務的に淡々と行われた。虜囚の帰国日時が事前に発表されることはなく、リヤド空港に到着した事実だけが報道された。虜囚の家族すら帰国の前日に知らされたほどであり、ある虜囚の妻は取材に対して、「5年の歳月は長く5歳の息子は父親の顔も知らない。今はただ喜びでいっぱいだ。」と語っている 。

naif.jpg (写真はナイフ内相)
 送還問題は米国・サウジ両国政府にとって極めてデリケートであった。それは最高責任者であるナイフ・サウジ内相の発言内容に表れている。同内相は当初対米配慮のためか、帰国した虜囚を尋問し裁判に付する、と語ったが 、その発言は次第に自国民を意識したものに変化していった。昨年12月の国営通信とのインタビューで、ナイフ内相は、帰国した虜囚達は他の一般市民と同様に取り扱われ、裁判はできる限り早急に結審させる、と述べた 。

 そして彼の発言どおり同月20日には11人の虜囚が「刑期満了」として釈放され、同じく26日にはさらに18人が釈放されたのである 。ただ釈放された夫や息子の家族の喜びの声は伝わってこず、また虜囚本人がグアンタナモ収容所でどのような境遇に晒されていたかについてサウジアラビアのマスコミは一切報道していない。政府が厳重な緘口令を敷いているのである。

(続く)

これまでの内容:
(第9回) 騒がしくなった収容所の内外(3) 動き出した人権団体と司法
((第8回) 騒がしくなった収容所の内外(2) ブッシュ大統領の攻勢
(第7回) 騒がしくなった収容所の内外(1) 塀の中では虐待と自殺が頻発
(第6回) グアンタナモに送致された「不法敵性戦闘員」
(第5回)アル・カイダが今日まで生きながらえている理由
(第4回) アル・カイダを創った男:オサマ・ビン・ラディン
(第3回アル・カイダがアフガン義勇軍から国際テロ組織に変貌するまで
(第2回)彼らは何故グアンタナモ収容所に送られたのか?
(第1回)プロローグ:フセイン元大統領死刑とのコントラスト


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2007年02月22日

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2007年02月21日

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(カタル)昨年のインフレ率は11.8%で史上最悪

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