2008年01月

2008年01月31日

at 09:47Today's News 

2008年01月30日

(第2回)イラクのクウェイト侵攻がもたらしたもの

s061212o.jpg 五輪ハンドボール予選騒ぎの中心人物でアジアハンドボール連盟会長アハマド殿下(Shaikh Ahmad、写真左)は、クウェイトを支配するサバーハ首長家の有力王族である(サバーハ家 家系図参照)。クウェイトはUAE(アラブ首長国連邦)やカタルと同じ首長制国家であり、男子王族にはShaikhの尊称が与えられる。本稿ではShaikhを「殿下」と訳することとする。

 アハマド殿下は1961年8月生まれで今年47歳である。彼の父親ファハド殿下(故人)はサバーハ現首長及びナワーフ皇太子と兄弟である。ちなみにナーセル現首相の父親(故人)も兄弟の一人である。従ってアハマド殿下は首長及び皇太子の甥であり、首相とは従兄弟関係ということになる。但しこれら四人の兄弟はそれぞれ母親の異なる異母兄弟である。かれらはサバーハ家の中で「ジャービル系」と言われる系統に属しているが、このジャービル系は2年前の後継者争いでもう一つの有力な系統である「サーリム系」を退け、それまで両系統で二分していた首長と皇太子のポストを独占してサバーハ家内部での主導権を確立した。

アハマド殿下はこのようにサバーハ家の中でも主流派でしかも首長、皇太子、首相など王族トップと非常に近い関係にある。但し先にも述べたとおりアハマドは彼らとは母系が異なる甥または従兄弟の関係である。このような関係はサバーハ家の中でサーリム系のような異なる系統に対しては団結するが、一方で近親者同士の利害が相反する場合は互いに反目する、という複雑な関係となることに注目する必要がある。
 アハマド殿下の父親ファハドは生粋の軍人王族であった。彼はヨルダンの士官学校を卒業後、クウェイト陸軍に勤務、1967年の第三次中東戦争ではイスラエルの捕虜となった。帰国後近衛隊長等の軍歴を重ねる一方、クウェイト・オリンピック委員会委員長などスポーツ団体のトップを兼任した。彼の運命が暗転したのは1990年8月にイラクのフセイン大統領(当時)がクウェイトに侵攻したことである。

 当時イラク軍はクウェイト国境に集結していたが、サバーハ政府はフセイン大統領がまさか自国を侵略するとは夢にも考えていなかった。(最近、「1993年の湾岸戦争でまさか米軍がイラク領土に侵攻するとは思っていなかった」というフセイン大統領の言葉が報道されたが、非常に皮肉なめぐり合わせといえよう。)8月2日、イラク軍がクウェイト国境を突破すると、首長以下全ての王族は慌てふためき、一般国民を置き去りにして南のサウジアラビアへ逃げたのである。このとき王族の中でただ一人イラク軍と戦って戦死したのがファハドであった。

 もともと権力基盤が弱く不人気であったサバーハ家に対する国民の信頼は地に落ちた。その中で戦死したただ一人の王族ファハドの遺児アハマド殿下が、翌年の湾岸戦争によるクウェイト解放後、特別な評価と待遇を受けることになったのは当然の成り行きであった。彼は2001年には40歳で情報相に就任、さらに2003年には石油(後にエネルギー)相の要職に就いたのである。そしてエネルギー相在職中の2005年にはOPEC議長も務めている。この頃がアハマドの得意絶頂の時代であったと思われる。

 OPEC議長は任期1年間の加盟国の持ち回りであり、従ってアハマドが議長となったのは単なるめぐり合わせであるが、この1年間、彼は世界のメディアに露出するなどかなり派手なパフォーマンスを行っており、任期満了直前の2005年末には世界の石油市場のキープレーヤーである中国とロシアを訪問している。また国内では10年来の懸案であった北部イラク国境付近の油田開発、いわゆる「プロジェクト・クウェイト」を外国企業に発注することに情熱を傾け、これに反対する国会と対立していた。当時のクウェイトの新聞を見ると石油相或いはOPEC議長としての彼の行動が頻繁に報道されており、自己の人気浮揚を図る野心が垣間見られる。

 しかし翌年には彼は情報相就任以来5年にわたる大臣在任中の汚職と職権乱用の疑いで議会から糾弾され、また総選挙では野党の攻撃の的になった。そして遂に6月にエネルギー相を辞任したのである 。その後、彼は国家保安局(National Security Bureau)長官に就任し、今日に至っている。なおアハマド殿下はオリンピック委員会委員、ハンドボールアジア連盟会長などのスポーツ団体の要職を父親ファハドから受け継いでおり、同国のスポーツ団体を牛耳るとともにアジアのスポーツ界でも強い影響力を持っている。その影響力の源泉は、湾岸危機の英雄である父親の威光、彼自身の自己顕示欲、そしてサバーハ家王族としての財力、にあると見るのが妥当ではなかろうか。

(第2回完)

これまでの内容:
(第1回)五輪ハンドボール予選騒ぎ

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前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
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at 14:55Kuwait 

2008年01月28日

(第1回)相次ぐ先進国との資本提携・協力協定の締結

(東京証券取引所)
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 年明け早々の1月17日、(株)東京証券取引所グループ(以下東証)は、中東産油国のアブダビ証券取引所(ADSE)と包括的な相互協力協定(MOU)を締結した。両者は今後金融商品の開発・上場等の分野で協力の可能性を模索し、アラブ首長国連邦と日本の両市場の発展に貢献することに合意した(東証の記者発表資料より)。

 記者発表の中で東証の斉藤社長は「中東に新たな友人を得たことをうれしく思い、MOUが両市場の発展をさらに促進することを期待する。」と述べている。MOU自体は精神論的なものにとどまっており、今後両者で具体的な内容を詰める意向のようである。

 昨年12月にアブダビのムハンマド皇太子が来日しており、今回の協定にはこれまで石油分野にとどまっていたアブダビと日本との関係をさらに広げようとする日本政府の意図がうかがわれる。折りしも世界の金融界では政府系ファンド(Sovereign Wealth Fund, SWF、別名:国富ファンド)が大きな話題となっており、モルガン・スタンレーが運用資産8,750億ドルと推定する世界最大のアブダビのSWFは注目の的である。東証とADSEの提携により、SWFを始めとするアブダビのオイルマネーが日本の株式市場に流れ込むのではないか、と市場関係者は期待を込めている。

 原油価格は一昨年から名目価格で史上最高値を更新し続けており、昨年末にはついにバレルあたり100ドルを超えた。この結果、産油国には大量のドルが雪崩れ込み、アブダビ、サウジアラビア、カタル、クウェイトなどGCC各国の株式市場は未曾有の活況を呈している。とは言えこれらの国々は石油以外の産業が未発達で、上場企業数や株式時価総額は先進国に比べると非常に小さい。例えば今回東証と提携したADSEの場合、昨年末の上場企業数は66社、時価総額は1,210億ドルであり、東証の時価総額4.2兆ドルとは比較にならない。

 しかし豊かなオイルマネーに裏打ちされたGCCの株式市場は飛躍的な成長を遂げており、世界の中で強い存在感を示しつつある。それは今回の東証・ADSEの提携に先立つ昨秋のドバイ及びカタル両国の証券取引所の動きに如実に表れている。ドバイ証取によるロンドン証券取引所(LSE)及び北欧証券取引所(OMX)の買収には米国のNASDAQも一枚加わり、これに対してカタルもLSE及びOMXの買収に乗り出し両者は激しいM&A合戦を演じた。こうして米国、欧州、中東と言う地球を半周する証券取引所の再編劇が始まろうとしている。

 証券取引所の合従連衡が今後東南アジア、極東を巻き込んだ地球規模になることは時間の問題であろう。証券取引所同士の買収という、まさに資本主義の究極のM&A時代の始まりである。極東では上海など中国の株式市場が日本を凌ぐ規模に成長しつつあり、インドは長い英国とのつながりの中で存在感を増している。東南アジアではシンガポールが多極化する世界経済の一極を維持しようと常に脱皮を繰り返している。そして同じ東南アジアのマレーシアは、台頭するイスラム金融のリーダーたらんとしてハード、ソフトの両面で資本市場の環境の整備を進めている。

 本稿の目的は、GCC6ヶ国の株式市場の現状を見ると共に、激動する国際資本市場の中でドバイ、カタル及びアブダビの各証券取引所の動きを概観することにある。

(第1回完)

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at 10:59GCC 
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