2013年12月
2013年12月19日
(サウジ)Aramco、沖縄の原油備蓄増量でJOGMECと合意。 *
(サウジ)韓国/三菱重工の発電所建設にJBICが融資。 **
(カタール)アル・ジャジーラ、10億ドルでトルコの有線TV買収を計画。
(ドバイ)豪華ペットホテル、来年3月に開業。
*METIホームページ参照。
http://www.meti.go.jp/press/2013/12/20131217002/20131217002.html
**JBICホームページ参照。
http://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2013/1218-16317
12月9-10日にGCC首脳会議(サミット)がクウェイトで開催された。GCC(湾岸協力会議)はイラン・イスラム革命2年後の1981年に結成されたものであり、それ以来毎年12月に6カ国持ち回りでサミットが開かれている。GCCはスンニ派絶対君主制の政治連合であり、同時に6カ国の経済連合である。サミットの主要議題は時に応じて重点が移るもののシーア派対策、イスラム原理主義対策、経済統合が三本柱であった。今回のサミットでは首脳の出席はクウェイト、バハレーン及びカタール(6月に即位したタミーム新首長が初参加)の3カ国にとどまった。サウジアラビアはアブダッラー国王に代わりサルマン皇太子、UAEはハリーファ大統領(アブダビ首長)に代わりムハンマド副大統領(ドバイ首長)が、またオマーンからはカブース国王(首相兼務)に代わりファハド副首相の各国No.2がそれぞれ出席した。後に述べるが現在イランに対する外交姿勢およびGCCの在り方についてサウジアラビアとオマーンの対立姿勢が鮮明になっているだけに両国王の欠席はGCC結束の綻びを印象付けることとなった。
サミットの主要議題はシリア内戦、イラン核開発問題及び湾岸協力会議(Gulf Cooperation Council, GCC)の湾岸同盟(Gulf Union, GU)への改組問題であった。改組問題とは6カ国の結束を単なる協議体から強固な同盟関係に一体化しようとするものであり、「アラブの春」でアラブ諸国が激しく揺れ動いた2年前の2011年にサウジアラビアのアブダッラー国王が提唱したものである。「アラブの春」は必ずしも民主化革命とばかりは言い切れないものであったが、時の権力体制を打倒する運動でありバハレーンもこれに巻き込まれた。バハレーンでは多数派のシーア派住民による王制打倒運動が燃え広がり、サウジアラビア、UAEがGCC合同軍「半島の盾」部隊を派遣して漸く鎮圧した。GCC各国の多くは事件の背後にイランの影を感じており、サウジアラビアはこのようなイランの脅威に対抗するため「協力会議」から「同盟」へと強化する必要性を訴えたわけである。
サウジアラビアのイランに対する警戒心はますます深まっている。シリア問題ではシーア派でありイランと結託しているアサド政権の退陣を求め、反政府組織の「シリア国民連合」にさまざまな支援を行っている。今回のサミットにはその代表者が招かれている 。ただ反政府組織そのものは一枚岩ではなく、スンニ派テロ組織アルカイダが跋扈している。西欧諸国はアサド政権の背後にロシアがいる一方、反政府勢力に国際テロ組織アルカイダが見え隠れするためシリア内戦への軍事介入にためらいがある。サウジアラビアは煮え切らない西欧諸国にいら立っている。そのため国連安保理の非常任理事国を辞退すると言う驚くべき行動すらとったのである。ただ同時にサウジアラビアはシリア内戦にアルカイダの影がちらつくと言うジレンマも抱えており事態は複雑である。
そのサウジアラビアに対し真っ向から反発した国がある。オマーンである。オマーンは同盟結成に固執するサウジアラビアに対し同盟が結成された場合は脱退するとサミットで明言したのである。その前哨戦としてサミットの数日前、バハレーンで開催された治安問題セミナーでサウジアラビア外務省幹部の講演に対し会場にいたオマーンの外務担当国務相が激しい論戦を挑んでいる 。
オマーンはサウジアラビアとは全く逆にイランとの友好関係を深める戦略である。イランが新大統領に変わるとオマーンのカブース国王は直ちにテヘランを訪問して両国の親密さを内外に示した。オマーンはサウジアラビアなど他のGCC5カ国とは比べ物にならないほど深いイランとの関係を持っている 。カブース国王は即位直後ドハール地方の反乱に悩まされた時にイランが支援してくれた恩義を忘れていない 。サウジアラビアなどGCC5カ国が結束してイランを排除しようとするならオマーンはためらうことなくGCCを脱退する覚悟であろう。実はこれに呼応するかのごとくサミット直前イランのニゲール外務副大臣がオマーン、クウェイト、UAE及びカタールを歴訪している 。サウジアラビアとバハレーンを訪問しなかったことは意味深長である。
サウジアラビアは今回のサミットでオマーンの強い意志を知らされた。「アラブの春」でオマーンがGCC各国から多額の援助を受けたことで同国がGCCの大勢に従うとみたサウジアラビアにとっては誤算であったろう。しかし湾岸諸国のサウジアラビア離れの流れは今回の外交安全保障問題にとどまらず、経済統合にも問題をはらんでいる。サウジアラビアはGCCの関税統一からさらに通貨統合を目指しているが同国の思惑通りに事は運んでいない。通貨統合問題では債務のGDP比率、物価安定等の統合のためのハードルが高すぎるとしてオマーンは参加しない意思を早々と表明しており、UAEもGCC共通通貨庁の本部設置をめぐるサウジアラビアとの軋轢があり参加に後ろ向きである。
政権基盤が弱いバハレーンはサウジアラビアに忠実に従うであろう。しかしオマーンは離脱する機会をうかがっている。中間に立つUAE、カタール、クウェイトはイランに対抗するための君主国家連合の必要性を痛感しているものの、UAEが経済的自主独立を求めるなど3か国は独自の動きを模索している。サウジアラビアのアブダッラー国王が6カ国連合の命運を握っていることだけは間違いなさそうだ。
以上
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maeda1@jcom.home.ne.jp
2013年12月18日
2013年12月15日
(注)本レポートは「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で一括してご覧いただけます。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0292MenaRank14.pdf
(MENAなんでもランキング・シリーズ その14)
4.MENA5カ国と日本のCPI指数の変化(2009~2013年)
(図http://members3.jcom.home.ne.jp/areha_kazuya/14-G01.pdf 参照)
UAE、トルコ、サウジアラビア、エジプト、イランの5カ国及びMENA19カ国平均に日本を加えた2009年から2013年までのCPI指数の変化を比較すると、UAEは2009年のCPI指数65が2013年には69に改善している。この間日本は77(09年)→78(10年)→80(11年)→74(12年)→74(13年)と2011年をピークに急落しており、両国の差は2011年の12ポイントから2013年には5ポイントに縮まっている。
トルコの場合は44(09年)→44(10年)→42(11年)→49(12年)→50(13年)であり2013年が過去5年間で最も良い。サウジアラビアは過去5年間40ポイント台半ばで推移している。MENA平均値の推移は39(09年)→40(10年)→39(11年)→40(12年)→39(13年)と殆ど変っていない。
エジプトは28(09年)→31(10年)→29(11年)→32(12年)→32(13年)であり、イランは18(09年)→22(10年)→27(11年)→28(12年)→25(13年)と推移している。両国とも5年間の間に変化の波があるがいずれも腐敗度は高いままである。
(完)
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maeda1@jcom.home.ne.jp