2016年07月

2016年07月31日

MENAなんでもランキング・シリーズ その17)

 

 (トップのイスラエルとそれに続くGCC諸国!)

2. 2016年のITネットワーク整備指数順位

(http://members3.jcom.home.ne.jp/areha_kazuya/17-T01.pdf参照)

今年度のレポートでランク付けの対象となった国の数は138カ国であるが、そのうちMENAは15カ国である。MENA19カ国のうちランク付けされていないのはシリア、イラク、リビア、イエメン及びパレスチナ自治政府の4か国1機関である。

 

 MENA諸国の中でITネットワーク整備指数が最も高いのはイスラエルであり、同国の世界ランクは21位である。イスラエルに続くのはUAE(世界26位)、カタール(同27位)、バハレーン(同28位)、サウジアラビア(同33位)でありGCC4か国が2位から5位を独占している。これに次いでトルコが世界48位であり、これら上位6カ国が世界の50位以内である。以下はオマーン(世界52位)、ヨルダン(同60位)、クウェイト(同61位)、モロッコ(同78位)、チュニジア(同81位)、レバノン(同88位)、イラン(同92位)及びエジプト(同96位)までが世界100位以内である。世界100位以下はアルジェリア(117位)。

 

GCC6カ国は世界順位が26位(UAE)から61位(クウェイト)までいずれも世界139カ国の上位グループにある。クウェイトは国土も人口もさほど大きくなく、それでいて産油国として財政が豊かであるにも関わらず同じ条件のUAEやカタールに比べてITネットワークの整備が遅れていると判定されたのは問題をはらんでいると言えそうである。

 

なおMENA17カ国の世界平均順位は61位であり世界の上位グループに入っているが、これは昨年130位台であったリビア及びイエメンが今回は評価対象とならなかったためである。因みに日本は世界10位でありMENAのいずれの国よりもランクは高い。また米国は世界5位、中国は世界59位である。中国の順位はMENA諸国の中ではオマーンとヨルダンの中間に位置している。なお世界1位はシンガポールである。

 

(続く)

 

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

        前田 高行         183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601

                               Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642

                               E-mail; maeda1@jcom.home.ne.jp



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2016年07月28日

MENAなんでもランキング・シリーズ その17)

 

 

 中東北アフリカ諸国は英語のMiddle East & North Africaの頭文字をとってMENAと呼ばれています。MENA各国をいろいろなデータで比較しようと言うのがこの「MENAなんでもランキング・シリーズ」です。「MENA」は日頃なじみの薄い言葉ですが、国ごとの比較を通してその実態を理解していただければ幸いです。なおMENAの対象国は文献によって多少異なりますが、本シリーズでは下記の19の国と1機関(パレスチナ)を取り扱います。(アルファベット順)

 

 アルジェリア、バハレーン、エジプト、イラン、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェイト、レバノン、リビア、モロッコ、オマーン、パレスチナ自治政府、カタール、サウジアラビア、シリア、チュニジア、 トルコ、UAE(アラブ首長国連邦)、イエメン、

 

 これら19カ国・1機関をおおまかに分類すると、宗教的にはイスラエル(ユダヤ教)を除き、他は全てイスラム教国家でありOIC(イスラム諸国会議機構)加盟国です。なおその中でイラン、イラクはシーア派が政権政党ですが、その他の多くはスンニ派の政権国家です。また民族的にはイスラエル(ユダヤ人)、イラン(ペルシャ人)、トルコ(トルコ人)以外の国々はアラブ人の国家であり、それらの国々はアラブ連盟(Arab League)に加盟しています。つまりMENAはイスラム教スンニ派でアラブ民族の国家が多数を占める国家群と言えます。

 

 第17回のランキングは、「世界経済フォーラム(World Economic Forum, 略称WEF)」が毎年発表する「The Global Information Technology Report」(*)の中から「The Networked Readiness Index 2016」についてMENA諸国をとりあげて比較しました。

 

   ホームページ:http://reports.weforum.org/global-information-technology-report-2016/

 

1.「The Networked Readiness Index」について

The Networked Readiness Index(ITネットワーク整備指数)WEFが毎年発表している「The Global Information Technology Report」でITの整備状況に関する各国の競争力をIndex(指数)としてランク付けしたものである。今回の2016年レポートでは世界139カ国がランク付けの対象となっている。

 

Index(1)Environment (ITネットワーク環境)(2)Readiness (ITネットワーク達成度)(3)Usage (ITネットワーク利用状況)及び(4)Impact (ITネットワークのインパクト)の四つのサブ分野で構成され、またそれぞれのサブ分野ごとにPillar()と呼ばれる合計10個の評価項目がある。10項目について各国毎に評価し、それらを総合した指数(NRI)により139カ国がランク付けされている。

 

サブ分野(Sub Index)とそれぞれの評価項目(Pillar)

Environment (ITネットワーク環境)
(1)Political and regulatory environment(政治・制度環境)

(2)Business & innovation environment (ビジネス及びイノベーション環境)

 

Readiness (ITネットワーク達成度)
(3)Infrastructure & digital content (ITインフラ及びデジタル・コンテンツ)
(4)Affordability (IT
機器・ソフト入手の難易度)
(5)Skills (IT
技術の習熟度)

 

Usage (ITネットワーク利用状況)
(6)Individual usage (個人の利用状況)
(7)Business usage (
ビジネス部門の利用状況)
(8)Government usage (
政府部門の利用状況)

 

Impact (ITネットワークのインパクト)
(9)Economic impact (経済的インパクト)
(10)Social impact (
社会的インパクト)

 

(続く)

 

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

        前田 高行         183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601

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drecom_ocin_japan at 11:37コメント(0)トラックバック(0) 

2016年07月27日

第4章:中東の戦争と平和
2.平穏な市民生活に忍び寄る長期独裁政権の影
 第四次中東戦争が終わりほっとしたのはエジプトとイスラエルの両国民だけではない。長年住み慣れた父祖の地を追われてヨルダンに逃れ、さらに東のクウェイト或いはサウジアラビアへと移って行ったパレスチナ人たちも気持ちは同じであった。

 クウェイトとサウジアラビアの中間地帯で石油開発に乗り出した日本企業に就職したシャティーラは遠縁のパレスチナ女性と結婚、忙しいが平和な日々を送っていた。彼は週末になると妻を伴い中古のアメリカ車を運転してクウェイトに住む両親のもとを訪ねるのであった。国境を越えてしばらくは未舗装の凸凹道であったが、ブルガン油田地帯に入るあたりからは片側二車線の快適な舗装道路がクウェイト市内まで真っ直ぐに続いていた。父親の家に着くとシャティーラは必ず隣家のアル・ヤーシン家を訪ねる。二つの家族はパレスチナのトゥルカムからヨルダン、さらにクウェイトへと常に行動を共にしてきた同志である。クウェイトでアル・ヤーシン家は娘を授かりラニアと命名した。シャティーラは可愛くて利発な女の子ラニアと大の仲良しであった。

 クウェイトの中心街には欧米の一流ホテルが軒を連ね、エアコンの効いたショッピング・センターでは世界の有名ブランドの店が買い物客を惹きつけた。中東戦争が終わり石油ブームが到来したためである。クウェイト人も外国人も平和と豊かさを満喫し、このような生活がいつまでも続くことを願った。周辺のアラブ諸国も産油国の援助、或いは出稼ぎ者からの送金により恩恵を蒙ったのであった。

 しかしそのような平穏な生活が続くと、奇妙なことに民衆の心の中に不満が少しづつ鬱積する。物足らなくなるだけではない。生活の底に流れる経済格差に気が付き、変革を求めるのである。そのような微妙な空気を抜け目なく捉えて登場するのが独裁者である。独裁者は最初から圧政者だった訳ではなく、むしろ最初は国民的な人気者として登場する。このような現象は中東に限ったことではなく、東欧、アジア、南米、アフリカなど多くの開発途上国で見られることであるが、中東特有の現象は独裁政権が第4次中東戦争後に集中的に出現し、その後ごく最近まで30年或いは40年間という極めて長い間権力を保持し、その一部は今も権力を掌握し続けていることである。

 中東の独裁者たちの在任期間を歴史順に並べると、リビアのカダフィ大佐(1969年~2011年)をはじめとして、シリアのアサド大統領父子(1971年~現在)、イエメン・サーレハ大統領(1978年~2012年)、イラク・フセイン大統領(1979年~2003年)、エジプト・ムバラク大統領(1981年~2011年)、チュニジアのベン・アリ大統領(1987年~2011年)、そしてスーダンのバシル大統領(1989年~現在)となる。短い独裁者で24年、長い場合はアサド父子で45年経た今も独裁者の椅子に座り続けている。

 彼らが最初に権力の座に就いたのは1980年前後が多い。また権力の座を滑り落ちた年が2011年、12年に集中していることに気付かれるであろう。これはいうまでもなく2010年末に始まった「アラブの春」の影響である。

 それぞれが独裁者になる過程は各国の政治的・社会的状況や権力奪取の方法等によりそれぞれに異なる。しかし中東の独裁者たちにはいくつかの共通点もある。リビアのカダフィ、シリアのハフィーズ・アサド(父親)、エジプトのムバラク、イエメンのサーレハ、スーダンのバシルはいずれも軍人である。中東では軍隊経験こそが独裁者への最短コースのようである。
30cカダフィ

 その中でリビアのカダフィを例に取ると、彼は1969年にクーデタでイドリス王朝を倒して権力を掌握、国名を大リビア・アラブ社会主義人民ジャマヒリーヤ国とした。ジャマヒリーヤとは直接民主主義の意味であり、彼は人々が彼のことを大統領と呼ぶことを許さなかった。そこで人々は彼を最高指導者と呼び、彼自らは敬愛するエジプトのナセル大統領の軍隊時代の肩書が大佐であったため、自らを「大佐」と称した。彼は飴と鞭を使い分けて国内の部族勢力を従わせ、一方絶妙の世渡り術を駆使して激動する国際社会を生き抜いたのである。しかし最終的には隣国チュニジアの「アラブの春」の余波を受け内戦の中で殺害され42年にわたる独裁の幕を閉じたのであった。

(続く)

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
 荒葉一也
 E-mail; areha_kazuya@jcom.home.ne.jp
 携帯; 090-9157-3642


drecom_ocin_japan at 16:07コメント(0)トラックバック(0)中東の戦後70年 
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