2006年11月17日

(カタル特集)カタルとアル・サーニー家:金持ちだからできること、小国だからできないこと(第8回)

(お知らせ)
本シリーズは「中東と石油」の「A-02 カタールとサーニー家:金持ちだからできること、小国だからできないこと」で一括全文をごらんいただけます。

(これまでの内容)
(第1回) はじめに
(第2回) アル・サーニー家の歴史 - 「親から子」への継承ルールを明文化
(第3回) 天然ガスで繁栄を約束されたカタル
(第4回) 内閣と王族:閣僚の過半数が王族
(第5回) 民主主義のシンボル:アル・ジャジーラTV
(第6回) 国威発揚のシンボル:国際イベントの誘致
(第7回) 輝くアラブ女性のシンボル:モーザ王妃


(第8回) 自国民わずか28万人なら西欧流民主主義は不要? 
10月29日から11月1日までカタルのドーハで第6回International Conference of New or Restored Democracies, ICNRD)が開催され、日本からは有馬龍夫中東和平担当特使他4名が参加した。ICNRDは1988年のマニラ第1回会議以来、3年ごとに主に開発途上国で開かれており、各国が協力して民主主義の回復と進展を図ることを目的としている 。カタルは会議の主催国となることで、自国が世界の民主主義の旗振り役であることをアピールする狙いがあったと思われる。実際、カタルは民主主義に関する国際会議の開催に熱心であり、7月には「民主主義・人権・女性の権利拡張のための中東・北アフリカ・フォーラム」も開催している 。

 そしてカタルの民主主義のイメージを高めているもう一つの要因はアル・ジャジーラ・テレビであろう。アラビア語のニュース専門テレビ局として10年の実績を誇り、また今月からは英語放送も開始した。今や英国のBBC、米国のCNNと並ぶ知名度を獲得したアル・ジャジーラは、中東にはまれな自由な報道という印象を世界に植え付け、カタル自体のイメージアップに大きく貢献している(第5回 「民主主義のシンボル:アル・ジャジーラTV」参照)。

 また民主主義の指標の一つとみなされる女性の登用においても、カタルは進歩的である。即ち同国はGCCで最初に女性閣僚を生み、またカタル大学の学長は女性である。さらに女性がメディアに出ないのが普通であるGCC諸国の中で、教育や慈善活動の先頭に立っているモーザ王妃の姿は報道で大きく取り上げられている(第7回「輝くアラブ女性のシンボル:モーザ王妃」参照)。

 このためか、政治の透明度を監視する国際団体や世界のメディアのカタルに対する評価は中東諸国の中ではかなり高い。例えばNGO団体のTransparency Internationalが世界163カ国の公務員と政治家の腐敗度を国際比較した「腐敗認識指数(Corruption Perception Index 2006, CPI)によれば、カタルは世界32位であり、UAE(31位)に次いで中東では二番目である。トルコ(60位)やエジプト、サウジアラビア(共に70位)よりもカタルは清潔であると評価されている 。また、ジャーナリストの国際団体Reporters without Borders for Press Freedomが行った第3回世界各国報道自由度指標(Third Annual Worldwide Press Freedom Index)では、カタルは世界167ヵ国中の104位であり、世界レベルでは下位グループであるが、中東諸国の中では4番目である。因みに中東諸国の中でカタルより上位にあるのはイスラエル(36位)、レバノン(87位)、クウェイト(73位)である。なお中東で最も低いのはサウジアラビア(159位)であり、日本は42位、世界最下位は北朝鮮である 。

このようにカタルは世界の民主主義の普及に力を貸しており、また自国の民主主義のイメージ作りに成功しているように見える。しかし、国内の民主主義の度合いを見ると、GCC6ヶ国の中で同国が必ずしも民主化の先頭を切っている訳ではない。クウェイトやバハレーンでは普通選挙による国民議会が制度として定着しているのに対し、カタルの議会は今もハマド首長が任命する諮問議会制度にとどまっている。隣国のサウジアラビアですら地方議会での選挙制度が導入されたが、カタルでは来年に選挙を実施すると言われているだけで 、日程も公表されていないのである。

 それでは何故カタルはクウェイトやバハレーンより民主化が遅れているのだろうか。それは一言で言えば、「民主化を促す外圧が殆ど無い」からであり、したがって「民主化は支配者、即ちハマド首長自らの裁量で行われる」からである。クウェイト、バハレーンのいずれの国の民主化も支配一族が国内の反対勢力と妥協を強いられた結果であるが、カタルにはそのような外圧がないのである。

 例えばクウェイトの場合、支配家のサバーハ家のルーツは有力商人であり、また宗教はイスラム教スンニ派である。これに対して大多数の国民は遊牧民族ベドウィンの出身で、しかもシーア派住民がかなりいる。このため一般国民の忠誠心は薄く、サバーハ家の権力基盤は弱い。サバーハ家は国民の不満を和らげる必要があり、そのために民選議会を制度化しているのである 。

またバハレーンの場合、支配家のハリーファ家はもっと切実である。国民の大半はシーア派であり、スンニ派のハリーファ家は少数派のため、常に反政府運動が蠢動している。その動きをテロや暴動などの過激な行動に顕在化させないため、議会制という「飴」を与えなければならないのである。

翻ってカタルの場合は、アル・サーニー家が武力で国内の他部族を制圧し、またバハレーンやアブ・ダビの外部勢力から領土を守ってきた歴史がある。そして国民の大多数は首長家と同じスンニ派である。従って国内に反対勢力と呼べるようなものが存在しない。また、クウェイトにとってのイラク、或いはバハレーンにとってのイランのような脅威となる外敵もいない。そして何よりも天然資源(石油・ガス)による膨大な富を有している割には人口が極端に少ないことが、国内の安定につながっている。公表されているカタルの人口は74万人であるが 、そのうちの3分の2は外国人労働者であり、自国民は28万人にすぎない。一人当たりのGDPは3.8万ドルに達する 。因みにこの一人当たりGDPは外国人労働者を含めたものであり、カタル自国民のGDPはこれをはるかに上回っているはずである(筆者の試算では10万ドルを超える )。

世界のいずれの国においても国民が豊かであり、また民族や宗教の対立がなければ、テロや暴動などの過激な運動は影をひそめるものであり、カタルもその例外ではない、と言うことである。豊かで宗教や部族の対立が無いため、民選議会制のような国民の不満を「ガス抜き」する制度は当面カタルには必要が無いのである。

さらに税金の無いことが議会制の必要性を薄めている。何故なら一般の国家の場合、国民には納税の義務があり、その反対給付として国民は国政に参加する権利を主張する。そして行政サービスは税金によって賄われるため、国民は往々にして税の使途に異議をはさむ。そこでは民主主義は自明のこととされる。しかし納税義務が無く、行政サービスが無償で提供されるカタルの場合、国民には権利としての民主主義の意識が乏しく議会の必要性を余り感じない。

そのような状況であるため、為政者であるアル・サーニー家は、国民に豊かな富の一部を分配し、申し訳程度の民主化を実行すれば十分なのである。逆に必要以上の民主化を行えば、むしろ君主制そのものが危うくなる恐れがあり、ハマド首長もそれほど愚かではない。勿論現在の絶対的君主制に対して外国、特に米国が批判していることは首長も十分認識している。ところが幸いなことに中東民主化を掲げる米国は、民主的な総選挙を行ったはずのイラクやパレスチナ自治政府が混迷するのを目の当たりにして、湾岸君主制国家の現実を容認する素振りである。このようにカタルには民主化を強制する外圧が無いのである。

こうしてカタルは、ハマド首長自身の裁量で民主化が推進されている。自国民がわずか28万人の同国では、欧米流の直接民主主義は今のところ必要がないと言えよう。カタルの民主化はまさに「コスメティック・デモクラシー(見せ掛けの民主主義)」なのである。

(第8回 完)

(今後の予定)
9. 課題はRentier(金利生活)国民のMotivation、倫理観の維持
10.金持ちだからできること、小国だからできないこと


at 11:01Qatar  
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