2007年06月08日

(カタル特集)カタルとアル・サーニー家:金持ちだからできること、小国だからできないこと(第9回)

(お知らせ)
本シリーズは「中東と石油」の「A-02 カタールとサーニー家:金持ちだからできること、小国だからできないこと」で一括全文をごらんいただけます。

(第9回) 王族が民主主義や人権を説く危うさ

 カタルは人口70万人、そのうち自国民がわずか30万人の小国である。そのカタルが有り余る金を注ぎ込んで豪華ホテルや巨大競技場を建設し、国営カタル航空に次々と新型旅客機を投入して国際線を拡充している。その目的は国際的なイベントを開催してカタルの国威を発揚することである。2001年にはWTO閣僚会議(ドーハ・ラウンド)を招致し、昨年12月にはアジア大会を開いた。2016年のオリンピックに東京と並んで立候補する意欲も示している。

 カタルはそのようなビッグ・イベントの他にも国内で次々と国際会議を開き、さらには海外での会議のスポンサーになっている。そこではハマド首長、第二夫人で首長の寵妃モーザ王妃、或いはモーザ王妃の子息で皇太子のタミム王子が必ず主賓として挨拶を行っており、その晴姿が国内メディアのトップを飾っている。

興味あることに、これらの会議のテーマには共通項がある。それは「民主主義」と「人権」である。そしてモーザ王妃が出席する場合は、「女性の地位の向上」と言うテーマが加わる。例えば昨年11月には「民主主義の導入及び回復に関する第6回国際会議(ICNRD)」がカタルの首都ドーハで開催されている。会議ではハマド首長が主催国として挨拶し、ハマド・ビン・ジャーシム副首相兼外相(現首相)が議長として会議を取り仕切った 。この会議にはアナン国連事務総長(当時)も出席している。

clip_image001.gifそして今年4月には世界71カ国から600人の代表団が参加して「第7回ドーハ民主主義フォーラム」が開催され、ハマド首長が基調演説を行った。この会議には蕃新国連事務総長も出席した 。5月には「アラブ世界の民主主義と改革に関する第2回フォーラム」が開かれ、ここではタミム皇太子がホスト役を演じている(左図写真) 。

そして同じ5月に米国ヒューストンのライス大学ベーカー研究所で「中東における女性と人権の向上」会議が開かれ、モーザ王妃がゲストとしてスピーチを行っている(下図写真) 。この会議のスポンサーは王妃が総裁をつとめる「カタル基金(Qatar Foundation)」である。
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このようにカタルの王族は競って民主主義と人権のパフォーマンスを繰り広げているが、これはハマド首長の意向に沿ったものであると考えられる。欧米教育の洗礼を受けた彼は、父親で保守的な前首長の国政に飽き足らず、1995年、父親の外遊中に宮廷クーデタで政権を掌握した。その後、彼は開明的で進歩的な君主としてカタルのイメージアップ作戦を推進した。その最大の象徴がアル・ジャジーラTVであり(本シリーズ第5回「民主主義のシンボル:アル・ジャジーラTV」参照)、最近のそれが上に述べたような民主主義と人権に関する国際会議の誘致或いはそのスポンサーとなることである。

この結果、カタルは民主主義や自由に関する各種の国際機関の調査において、中東諸国の中で最も高い評価を受ける国の一つに挙げられるようになった。例えば国連開発計画(UNDP)の人間開発指数(Human Development Index)では、中東諸国の中ではイスラエル、クウェイト、バハレーンに次ぐ4番目に評価され 、NGO団体「国境なきレポーター」による「報道の自由の指数」でもイスラエル、クウェイト、UAEに次いで4番目である 。また英エコノミスト誌の調査機関EIUが最近発表した世界121カ国の平和指数ランクでは世界30位、中東ではオマーンの次に高いランクを得ている。

しかしカタルの国家そのものが本当に民主的かどうかは別の問題である。現在のカタルの政治体制が絶対君主制であることは間違いなく、議会は勅選議会でクウェイトやバハレーンのような国民選挙が行われる見通しは明らかにされていない。そして閣僚も全員首長の任命である。西欧から同国民主化の象徴と賞賛されるアル・ジャジーラTVの大半の経費は王室に依存している。そのためか同TVは自国特に首長家に不利な報道を控えていると言われる。(ジャジーラTVはこのような批判に対し、中東には報道すべき重要なニュースが数多くあり、カタル国内の問題は報道に価しないような小さな事件ばかりである、と釈明している。)

イスラームを国教とするカタルが欧米流の民主主義や人権を唱え、中東におけるリーダーであるかのごとく振舞い、しかもサーニー家の王族自身がそのパフォーマンスを先導することに対し、他のGCC諸国、特にサウジアラビアなどは苦々しく思っている。女性の社会進出に慎重なアラブ諸国では、王族女性が国際会議に出ることはあまり例がない。写真のモーザ妃は服装こそ黒いベールに身を包んでいるが、素顔で壇上に立ち、しかもその写真がインターネット上で公開されるというのは、アラブの王族女性としては極めて異例のことなのである。この点についてはモーザ妃自身も意識しているのであろう、彼女の国内での活動が報道されるのは、教育・慈善事業などに限られている。

先進国の立憲君主制国家の王族ならいざしらず、専制君主制のカタル王家が民主主義や人権の会議を主催し、しかもそのことをメディアが大々的に報道することは、アラブ諸国だけでなく先進国の多くの人が違和感を覚えるのではないだろうか。

カタルとサーニー家が欧米受けのするイメージアップに成功しているのは豊かな資金力に物を言わせる金持ちだからできることであろう。同時に人口の少ないカタルでは、サーニー家が国民に豊かな富を分配することで彼らの不満を封じることができる。しかし小国であるが故に地域のオピニオン・リーダーになれない、と言うことも事実であろう。

(第9回完)

(これまでの内容)
(第1回) はじめに
(第2回) アル・サーニー家の歴史 - 「親から子」への継承ルールを明文化
(第3回) 天然ガスで繁栄を約束されたカタル
(第4回) 内閣と王族:閣僚の過半数が王族
(第5回) 民主主義のシンボル:アル・ジャジーラTV
(第6回) 国威発揚のシンボル:国際イベントの誘致
(第7回) 輝くアラブ女性のシンボル:モーザ王妃
(第8回) 自国民わずか28万人なら西欧流民主主義は不要?



at 04:50Qatar  
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