2007年12月10日
湾岸産油国の政府系ファンド(SWF)を探る(その3:クウェイト)
3.クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
(1)クウェイト投資庁(KIA)成立の歴史的背景
クウェイトはGCCの中で最も早く石油が発見された国である。「石油に浮かぶ島」と称されるほど豊かな石油資源に恵まれた同国は第二次大戦後に本格的な石油の生産を始めたが、人口が少ないこともあり早くから石油の富が蓄積された。そして独立前の1953年、ロンドンに「クウェイト投資事務所(Kuwait Investment Office, KIO)」を設立している。現在のクウェイト投資庁(Kuwait Investment Authority, KIA)は1984年に設立されたものであり、それ以降KIOはKIAのロンドン事務所として位置づけられている。
(2)KIAの概要
このようにKIAはGCCのSWFの中では最も古い歴史を有しており、また情報開示についてもインターネットのホームページ(http://www.kia.gov.kw/kia)は他のGCC諸国に比較してかなり充実している。但し資産規模、投資先、運用実績などの数値情報が全く開示されていないのは他の湾岸産油国のSWFと同じである。
KIAの取締役会は9名で構成され議長は財務相である。その他エネルギー相、クウェイト中央銀行総裁、財務省次官のほか、5名の取締役(全員クウェイト人)が任命されている。なお現在の財務相、エネルギー相、中央銀行総裁等はいずれもサバーハ首長家の王族ではない。このように国富の運用機関に王族が直接関与していないことは他の湾岸諸国のSWFに比べて極めて特異な点である。これはクウェイトの成り立ちが他のGCC各国と異なり、サバーハ首長家の権力基盤が弱いためと考えられる。即ちサバーハ家はもともとクウェイトの有力マーチャント・ファミリー(商業財閥)の一つにすぎず、GCCの他の王制(或いは首長制)国家が武力で国家を樹立したことに比べるとlegitimacy(統治の正当性)の権威に欠けるからである。
サバーハ首長家は外交、国防など政府の中枢部を握っているが、非サバーハ家の他部族が多数を占める国会との対立が続いており、SWFについても首長家が恣意的或いは独断的に運用することを妨げている。皮肉にもこのことによってクウェイトではSWF運用にある程度の中立性や透明性が確保されているようである。
(3)運用資産の推定額と運用実績
KIOは運用資産残高を公表していない。各種メディアや調査機関による推定額は700~2,130億ドルまで幅がある。最も少ないのは700億ドル(国際金融情報センター、07/12/1付け朝日新聞)であり、その他1,000億ドル(サウジ日刊紙Arab News)、1,500-2,000億ドル(07/9/8付け日本経済新聞)、2,130億ドル(MEED, 9-15.Nov.07号)などの数値が見受けられる。なお米国の国際金融研究所(IIF)はクウェイトの在外資産を4千億ドルと推定している(同MEED)。
また07/6/20付けのクウェイト・タイムズ紙に国会がKIAの資産運用実態について政府を追及する記事が見られるが、これによるとKIA資産は2千億ドル以上、過去4年間のRFFG及びGRF(下記参照)の資産の運用利益は各々160億KD(約540億ドル)、80億KD(約270億ドル)であったと報じている。
(3)二つのファンド:GRFとRFFG
KIAは当初「General Reserve Fund(GRF)」と呼ばれるファンドのみを運用していたが、1976年にGRFの資産の50%を移管して「Reserve Fund for Future Generation (RFFG、次世代準備基金)」が設立された。これは将来の石油資源の枯渇に備える基金であり、毎年石油収入の10%を基金に繰り入れることが法律で義務付けられている。これに基づいて来年度予算では8.32億KD(約28億ドル)の繰り入れが予定されている。2007年3月末現在の資産は500億KD(約1,700億ドル)である。
(4)KIAのファンド運用戦略
従来のKIAによるファンド運用は米国政府債への投資、欧米金融機関への預金等、極めて保守的であった。それは恐らく当初の資産運用が英国の指導のもと、ロンドンで設立されたクウェイト投資事務所(KIO)で行われていた名残りと考えられ、またサバーハ首長家の権力基盤が弱いため、リスクを冒して投資するという姿勢がなかったからであろう。
しかしKIO時代から通算すれば50年以上の運用経験を積み重ね、またKIA内部にクウェイト人の金融専門家が育ってきたことにより、最近では積極的な運用戦略を目指しているようである。即ち2004年8月、KIAはコンサルタントの勧告により上場株や公的債権への投資という伝統的な資産運用から、非上場の株式(private equity)や不動産への投資を増加させる戦略に転換した。
そして2005年の取締役会では「戦略的分散投資」に踏み切り、投資の見返り目標値(Target Rate of Return, ROR)の設定、ROR向上のため新興市場への参入により10年間で資産倍増を目指す等の方針を決定している。
このような戦略に基づきKIAは旧ダイムラー・クライスラー社の株式6.9%を取得し、またIndustrial & Commercial Bank of China株式(7.2億ドル)、トルコHalkbank株式などを取得している。
(その2:完)
(これまでの内容)
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maedat@r6.dion.ne.jp
(1)クウェイト投資庁(KIA)成立の歴史的背景
クウェイトはGCCの中で最も早く石油が発見された国である。「石油に浮かぶ島」と称されるほど豊かな石油資源に恵まれた同国は第二次大戦後に本格的な石油の生産を始めたが、人口が少ないこともあり早くから石油の富が蓄積された。そして独立前の1953年、ロンドンに「クウェイト投資事務所(Kuwait Investment Office, KIO)」を設立している。現在のクウェイト投資庁(Kuwait Investment Authority, KIA)は1984年に設立されたものであり、それ以降KIOはKIAのロンドン事務所として位置づけられている。
(2)KIAの概要
このようにKIAはGCCのSWFの中では最も古い歴史を有しており、また情報開示についてもインターネットのホームページ(http://www.kia.gov.kw/kia)は他のGCC諸国に比較してかなり充実している。但し資産規模、投資先、運用実績などの数値情報が全く開示されていないのは他の湾岸産油国のSWFと同じである。
KIAの取締役会は9名で構成され議長は財務相である。その他エネルギー相、クウェイト中央銀行総裁、財務省次官のほか、5名の取締役(全員クウェイト人)が任命されている。なお現在の財務相、エネルギー相、中央銀行総裁等はいずれもサバーハ首長家の王族ではない。このように国富の運用機関に王族が直接関与していないことは他の湾岸諸国のSWFに比べて極めて特異な点である。これはクウェイトの成り立ちが他のGCC各国と異なり、サバーハ首長家の権力基盤が弱いためと考えられる。即ちサバーハ家はもともとクウェイトの有力マーチャント・ファミリー(商業財閥)の一つにすぎず、GCCの他の王制(或いは首長制)国家が武力で国家を樹立したことに比べるとlegitimacy(統治の正当性)の権威に欠けるからである。
サバーハ首長家は外交、国防など政府の中枢部を握っているが、非サバーハ家の他部族が多数を占める国会との対立が続いており、SWFについても首長家が恣意的或いは独断的に運用することを妨げている。皮肉にもこのことによってクウェイトではSWF運用にある程度の中立性や透明性が確保されているようである。
(3)運用資産の推定額と運用実績
KIOは運用資産残高を公表していない。各種メディアや調査機関による推定額は700~2,130億ドルまで幅がある。最も少ないのは700億ドル(国際金融情報センター、07/12/1付け朝日新聞)であり、その他1,000億ドル(サウジ日刊紙Arab News)、1,500-2,000億ドル(07/9/8付け日本経済新聞)、2,130億ドル(MEED, 9-15.Nov.07号)などの数値が見受けられる。なお米国の国際金融研究所(IIF)はクウェイトの在外資産を4千億ドルと推定している(同MEED)。
また07/6/20付けのクウェイト・タイムズ紙に国会がKIAの資産運用実態について政府を追及する記事が見られるが、これによるとKIA資産は2千億ドル以上、過去4年間のRFFG及びGRF(下記参照)の資産の運用利益は各々160億KD(約540億ドル)、80億KD(約270億ドル)であったと報じている。
(3)二つのファンド:GRFとRFFG
KIAは当初「General Reserve Fund(GRF)」と呼ばれるファンドのみを運用していたが、1976年にGRFの資産の50%を移管して「Reserve Fund for Future Generation (RFFG、次世代準備基金)」が設立された。これは将来の石油資源の枯渇に備える基金であり、毎年石油収入の10%を基金に繰り入れることが法律で義務付けられている。これに基づいて来年度予算では8.32億KD(約28億ドル)の繰り入れが予定されている。2007年3月末現在の資産は500億KD(約1,700億ドル)である。
(4)KIAのファンド運用戦略
従来のKIAによるファンド運用は米国政府債への投資、欧米金融機関への預金等、極めて保守的であった。それは恐らく当初の資産運用が英国の指導のもと、ロンドンで設立されたクウェイト投資事務所(KIO)で行われていた名残りと考えられ、またサバーハ首長家の権力基盤が弱いため、リスクを冒して投資するという姿勢がなかったからであろう。
しかしKIO時代から通算すれば50年以上の運用経験を積み重ね、またKIA内部にクウェイト人の金融専門家が育ってきたことにより、最近では積極的な運用戦略を目指しているようである。即ち2004年8月、KIAはコンサルタントの勧告により上場株や公的債権への投資という伝統的な資産運用から、非上場の株式(private equity)や不動産への投資を増加させる戦略に転換した。
そして2005年の取締役会では「戦略的分散投資」に踏み切り、投資の見返り目標値(Target Rate of Return, ROR)の設定、ROR向上のため新興市場への参入により10年間で資産倍増を目指す等の方針を決定している。
このような戦略に基づきKIAは旧ダイムラー・クライスラー社の株式6.9%を取得し、またIndustrial & Commercial Bank of China株式(7.2億ドル)、トルコHalkbank株式などを取得している。
(その2:完)
(これまでの内容)
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
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