2008年01月27日

もう一つの視点:愚者の笛―クウェイトの深い傷口

(第1回)五輪ハンドボール予選騒ぎ

ihf.jpg ハンドボールのアジア地区五輪予選がやり直されることになった。クウェイトと韓国及び日本の試合で、審判がクウェイトに一方的に有利な判定を再三繰り返したことが発端である。これまでもクウェイトがからむ国際大会では対戦相手に不利な判定が下され、関係者の間で「中東の笛」として問題視されてきた。(左図は国際ハンドボール連盟の徽章)

 問題の中心人物はアジアハンドボール連盟の会長、クウェイトのアハマド殿下である。彼は同国を支配するサバーハ家の一員であり、現首長及び皇太子の甥、首相とは従兄弟同士の関係にある。彼自身もかつて石油相(エネルギー相)など閣僚を歴任したことがあり、サバーハ家を代表する有力な王族の一人である。(サバーハ家 家系図参照

 今回の「中東の笛」はアハマド殿下が指示したものであることを疑う者はいないであろうが、スポーツのフェア精神を踏みにじるこのような暴挙がなぜまかり通るのか。クウェイトが五輪出場のためなりふり構わずにごり押ししており、それを可能ならしめているのが同国のオイルマネーである、と見るのが日本国内の大半の認識であろう。

 筆者も実際そのとおりであると思う。しかしこの問題をもう一歩掘り下げてみると、そこにはクウェイトが抱える深い傷口が見えるのである。現在のクウェイトはまさに出口の無い混乱の真っ只中にある。サバーハ家内部の暗闘、サバーハ家が権力を握る政府と反サバーハ家が多数派を占める国会との果てしない泥仕合。その一方でサバーハ家は石油価格高騰による膨大なオイルマネーを支配し、かたやクウェイトの民間経済界は、米軍がイラクから撤退できないため、今も戦争特需に酔いしれる、という状況である。

 サウジアラビア、UAE(アブダビ、ドバイ)、カタルなど他の湾岸産油国がオイルマネーを梃子に野心的な計画を次々と打ち出している中で、クウェイトはオイルマネーを持ちあぐね、日々ただ無為無策に過ごしている。一部の良識あるクウェイト人、特にインテリ女性層は同国の危機を深刻に捉えているが、王族はもとより一般国民はと言えば、エリート層は政争に明け暮れ、ビジネスマンや金持ちは資産を海外に逃避、その他の一般市民も給与の増額や個人負債の棒引きを求めるなど国民全体が我利我利亡者の様相を呈しているといって過言ではない。国の将来を憂い強力なリーダーシップを発揮する指導者が現れる気配はないのが現状である。

 クウェイトがこのようなカオス(混乱状況)に陥った最大の要因は1990年のイラクによる侵略とその翌年の湾岸戦争であることは間違いない。もともと権力基盤が弱かったサバーハ家の権威はこの事件によって失墜し、国民の心は首長家から離反した。ただ王族も国民もそれに先立つ1980年代のオイルブームの中で心身ともに堕落し、世界一傲慢な国民として世界中から顰蹙を買っていたのであるが、クウェイト自身がそれを自覚することはなかった。

 そしてそのまま現在の第二次オイルブームとイラク特需の時代が訪れた。オイルブームに湧くクウェイトの経済は好調そのものであり、表面的に同国は何の問題も無いように見える。しかしアハマド殿下によるハンドボール予選問題はクウェイトが抱える深い傷口の一端を見せたに過ぎない。それは彼個人の問題にとどまらず、サバーハ家の王族達、そしてクウェイト国民全体の資質の問題といって間違いないのではないか。このシリーズ「愚者の笛」は、そのような問題意識で筆者の考えをまとめたものである。


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