2008年02月05日

愚者の笛?クウェイトの深い傷口(3)

(第3回)アハマド殿下はどう出る?

 「中東の笛」として一躍有名になったハンドボールのオリンピック予選やり直し事件は、日本のマス・メディアで派手に取り上げられてきた。アハマド・アジア・ハンドボール連盟会長は、自らの腹心で固めた理事会を緊急に招集、会議後の記者会見で東京の再試合に参加したチームには制裁を課す、と明言した。その理事会には日本からも理事1名が参加したが、記者会見には同席しなかった。これらのことは日本のテレビやメディアがこぞって報道しており周知のとおりである。

しかしこれらの経緯についてクウェイトのメディアは殆ど無視しているようである。筆者は毎日クウェイトを含めたGCC各国のインターネット新聞をモニターし、この「アラビア半島定点観測」で主要な記事を転載している。今回の問題については特にクウェイトの2紙(Kuwait TimesとArab Times)を入念にチェックしてきた。だが事件が表面化して以来、このニュースを報道したのは1月27日がはじめてであり 、その後現在まで1月29日 と2月1日 の3回にとどまっている。しかもそのうち2回は単にバンコックと東京発の外電を引用しただけであり、地元紙独自の報道は1月29日のアハマド会長記者会見だけであった。

arabtimeslogo.gif これは多少マニアックなことになるが、さらに付言するなら、これら3回の報道はいずれもArab Timesの記事であり、これまでのところKuwait Timesの記事は全く無い。新聞、テレビを含むクウェイトのメディアは、他のGCC諸国と同様、全て体制寄りの「御用メディア」であるが、クウェイトの2紙は実はサバーハ家の二大派閥である「ジャービル系」と「サーリム系」(前回参照)のそれぞれを代弁する新聞と見られている。

Kuwait Timesはジャービル系、Arab Timesはサーリム系であるが、アハマド殿下は現主流派のジャービル系である。これらのことから今回のハンドボール事件について、サバーハ家主流派は事件をことさら無視して報道を抑え、一方非主流派はアハマド殿下の足を引っ張ろうとしている、との見方もできる。但し非主流派もサバーハ家の一員であり、サバーハ家のスキャンダル(と思われるこの事件)を天下に晒すような真似はできない。従って外電を引用するという姑息な手段を取っているのではないか、というのが筆者の推測である。

 渦中のアハマド殿下は理事会後の記者会見を除き、筆者の知る限りクウェイトのメディアには一切姿を現さず、また外国メディアのインタビューにも応じていないようである。アジア・ハンドボール連盟は、東京での日韓の試合を踏まえ、今週中(クウェイトは日曜日が週明けであるため2月3日から7日の間)にも、理事会を開き両国に対する制裁措置を決定するという。アハマドが連盟を牛耳っているため、もし理事会を開催すれば日本と韓国を除名する可能性は高い(注)。しかし国際ハンドボール連盟の会長は、日韓の試合の勝者がオリンピック代表である、とはっきり明言している。この会長はエジプト人であるが、国際連盟の会長に選出されたのはアハマド殿下のお陰である、と囁かれている。もしそうだとすればアジア予選再試合を正式と認める同会長に対して、アハマドは「飼い犬に手を噛まれた」気持ちなのかもしれない。
 
それではアハマド殿下は今後どのような手を打つつもりであろうか。アジア地区予選代表が韓国であることは国際的に認められたのである。後は日本と同じく他ブロックも交えて残る一枠を戦うしかない。しかし不正審判とはいえ一旦代表の座を勝ち取ったと考えるクウェイトが追試合に応じるとは思えない。クウェイトがオリンピックに出場できるチャンスは極めて低い。

窮地に立たされ面子を潰されたアハマドはどのような行動を取るのであろうか。その一つとして考えられるのはクウェイトの国民感情を刺激するキャンペーンである。現在のクウェイトはシリーズ第1回でも触れたように国内は分裂し、対外的にも八方塞の状況である。豊富な石油収入があるため問題が表面化しないだけなのである。従ってハンドボール・チームがオリンピックに出場することは一時的にせよ国民の憂さ晴らしとなる格好のイベントであろう。

 アハマドがこれを利用して「国民が期待したオリンピック代表の座を奪われたのは日本と韓国のせいである。」というキャンペーンをクウェイト国内でくり繰り広げれば、代表選考の事情を知らない国民は彼の言葉を信じるかもしれない。そのような子供じみた真似がまかり通るのか、という常識は多分通用しないと思われる。クウェイト国内にも多くの良識ある人々がいることは間違いないが、世界中いずれの国でも国民一般にはemotional(感情的)な要素があり、それに火がつくと案外簡単に外国排斥運動に結びつくものである。

 それが今回の場合、日本と韓国に向かう恐れがある。アハマドが知恵者であれば、排斥運動を盛り上げ、挙句の果ては「対日石油不売運動」に転嫁させるかもしれない。「不買」ではなく石油を日本に売らない「不売」なのである。「中東の笛」をもじるなら、この運動は「愚者の笛」とでもいうべきものであろう。アハマドにそのような悪知恵が働くとは思えず、また伯父の首長や皇太子もまさかそのような暴挙を見逃すとは思えない。

 その場合、アハマドに残されたもう一つの手段は、アジア連盟会長という役職を投げ出すという方法であろう。彼以外の人々にとって、それは無責任極まりない対応と映るが、彼自身は「名誉ある撤退」の気持ちに違いない。とにかく金持ちでわがままに育ったアハマドにとって自分の行動が他人にどのように映るかは関係ないであろう。

 「ノブリス・オブリッジ(noblesse oblige)」(高貴な身分の者には道徳上の義務が伴う)という言葉がある。英国の王室、日本の皇室など世界の王室は常にそのことを自覚し、国民もそれを期待している。しかしアハマド殿下にそのようなことを期待するのは無理なようである。

(注)その後、2月5日にアジア・ハンドボール連盟は常任理事会を開催、日本と韓国に警告および罰金千ドルの処分を科すことを決定した。なお常任理事である渡辺日本ハンドボール会長は連絡が遅かったため出席できなかった。

(第3回完)

(本シリーズは過去3年間にわたるクウェートのインターネット新聞のモニタリング結果による筆者の憶測記事であり、内容の真偽は保証の限りではありません。)


これまでの内容:
(第2回)イラクのクウェイト侵攻がもたらしたもの
(第1回)五輪ハンドボール予選騒ぎ

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前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
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at 11:38Kuwait  
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