2008年02月15日
もう一つの視点:愚者の笛―ハンドボール問題に見るクウェイトの深い傷口(4)
(第4回)裸の王様、サバーハ家
サバーハ家紋章
第3回「アハマド殿下はどう出る?」を書いた後も事態は動いている。アジア・ハンドボール連盟(AHF)が日本と韓国に千ドルの罰金を科し、支払わなければ近くイランで行われるアジア男子選手権の参加を認めない、という裁定を出し、これに対して日本は支払を拒否するが選手権には参加すると主張している。そして昨日の共同通信によれば、ムスタファ国際ハンドボール連盟(IHF)会長とアハマドAHF会長がスイスで会談、両者は問題をスポーツ仲裁裁判所に委ねるとともに、アジア男子選手権の運営はIHFが取り仕切ることに合意した。
クウェイトのアハマド殿下が牛耳るAHFと日本ハンドボール連盟の対立は泥沼の様相を呈しているが、ここでは暫くこの問題を脇に置き、アハマド殿下の一族、クウェイトの首長家であるサバーハ家が抱える問題について触れてみたい。アハマドに欠ける「ノブリス・オブリッジ(noblesse oblige)」(高貴な身分の者に伴う道徳上の義務、前回参照)は、今のサバーハ家全体にも言えることだからである。
サバーハ家が抱える最大の弱点は同家の「legitimacy」即ち「統治の正当性」が希薄なことにある。初代サバーハがクウェイトの統治者となった1756年当時、クウェイトにはサバーハ家を筆頭にいくつかの有力な一族(マーチャント・ファミリー)が商業を営んでいた。彼らはオスマントルコによる過酷な徴税に対抗するために結束し、その代表としてサバーハを首長に選んだ。クウェイト以外の他の湾岸諸国の王家や首長家はいずれも武力によって他の部族を制圧し権力を握ったのに対し、サバーハ家は仲間同士の互選で首長になったのである。中世日本の堺(大阪)で町人衆が団結して自治を守った状況と似ている。サバーハ家は政治と外交を任され、その代償として他のマーチャント・ファミリーはサバーハ家を財政的に支援したのである。
ただ世界の歴史はいずれもそうであるが、「統治の正当性」は武力による支配から始まっている。武力で制圧した支配者は自己に対する崇拝感情を国民に植えつける教育を施し、歴史を経ることによりそれはある程度成功するものである。それが古典的な「統治の正当性」の樹立であり、「建国神話」というべきものなのである。日本の天皇家も大昔にそのような経緯を経て統治を確立したわけである。
ところがクウェイトのサバーハ家は互選で首長になった。従って他のマーチャント・ファミリーは、サバーハ家に政治と外交という役割分担を委託しただけであって支配者と認めたわけではない、と考えている。そこにはサバーハ家に服従するという意識はないのである。あくまでサバーハ家と同列と考える同家以外の有力商人や有力部族たちは、国民一般に対する首長家崇拝教育も許さなかった。現在のクウェイト国民一般がサバーハ家に対して崇敬の念を抱かないのはそのためである。一般国民はサバーハ家の役割を石油の富を分配することと考えており、サバーハ家が絶対的な権力を振るうことを拒否し、またサバーハ家が石油の富を独占することを許さないのである。
その証拠とでもいうべきことが二つある。一つはサバーハ家が自身を守るための自前の軍隊、即ち親衛隊あるいは近衛兵と呼ぶべきものを持っていないことである。サウジアラビアにはサウド家お抱えの国家防衛隊(National Guard)があり、他のGCC諸国の支配者も同じような親衛隊を抱えている。しかしクウェイトにはそれがない。1990年にイラクがクウェイトに攻め込んだ時、アハマド殿下の父親ファハドだけは侵入したイラク軍に抵抗を試みたものの、結局彼は戦死した。その他の王族は全員一目散に隣国サウジに逃げ込んだ事実は、サバーハ家の無力さを雄弁に物語っている。
そしてもう一つの証拠はサバーハ家の富が他の湾岸諸国の支配者に比べて非常に少ないことである。米国の経済誌Forbesが発表した「君主の資産ランキング」がそれを明確に示している。同ランキングによれば世界1位のブルネイ国王に次いで、第2位はアブダビのハリーファ首長で彼の資産は2.52兆円とされている。そして第3位はサウジアラビアのアブダッラー国王(2.28兆円)、第4位ムハンマド・ドバイ首長(1.92兆円)、第9位ハマド・カタル首長(1,200億円)であり、クウェイトのサバーハ首長は12位、資産600億円にとどまっている 。GCC産油国の中でクウェイト首長の資産の少なさが際立っている。
以上のことから言えることは、サバーハ家は権力も財力も乏しい「裸の王様」であるということなのである。「裸の王様」が自らを自覚すればそれなりの生き方はあろう。王族の中にはそのような賢明な者たちもいないわけではない。しかしアハマド殿下を含むかなりの王族は自分達が国家と石油の富を支配していると思い違いして、自分達にへつらう出稼ぎ外国人を奴隷のごとく扱い、あるいは石油を求めて擦り寄る国に対して横柄な態度をとって恥としないのである。つまり彼らには「ノブリス・オブリッジ(noblesse oblige)」(高貴な身分の者に伴う道徳上の義務)が欠けているのである。
(第4回完)
(本シリーズは過去3年間にわたるクウェイトのインターネット新聞のモニタリング結果による筆者の憶測記事であり、内容の真偽は保証の限りではありません。)
これまでの内容:
(第3回)アハマド殿下はどう出る?
(第2回)イラクのクウェイト侵攻がもたらしたもの
(第1回)五輪ハンドボール予選騒ぎ
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maedat@r6.dion.ne.jp
サバーハ家紋章

クウェイトのアハマド殿下が牛耳るAHFと日本ハンドボール連盟の対立は泥沼の様相を呈しているが、ここでは暫くこの問題を脇に置き、アハマド殿下の一族、クウェイトの首長家であるサバーハ家が抱える問題について触れてみたい。アハマドに欠ける「ノブリス・オブリッジ(noblesse oblige)」(高貴な身分の者に伴う道徳上の義務、前回参照)は、今のサバーハ家全体にも言えることだからである。
サバーハ家が抱える最大の弱点は同家の「legitimacy」即ち「統治の正当性」が希薄なことにある。初代サバーハがクウェイトの統治者となった1756年当時、クウェイトにはサバーハ家を筆頭にいくつかの有力な一族(マーチャント・ファミリー)が商業を営んでいた。彼らはオスマントルコによる過酷な徴税に対抗するために結束し、その代表としてサバーハを首長に選んだ。クウェイト以外の他の湾岸諸国の王家や首長家はいずれも武力によって他の部族を制圧し権力を握ったのに対し、サバーハ家は仲間同士の互選で首長になったのである。中世日本の堺(大阪)で町人衆が団結して自治を守った状況と似ている。サバーハ家は政治と外交を任され、その代償として他のマーチャント・ファミリーはサバーハ家を財政的に支援したのである。
ただ世界の歴史はいずれもそうであるが、「統治の正当性」は武力による支配から始まっている。武力で制圧した支配者は自己に対する崇拝感情を国民に植えつける教育を施し、歴史を経ることによりそれはある程度成功するものである。それが古典的な「統治の正当性」の樹立であり、「建国神話」というべきものなのである。日本の天皇家も大昔にそのような経緯を経て統治を確立したわけである。
ところがクウェイトのサバーハ家は互選で首長になった。従って他のマーチャント・ファミリーは、サバーハ家に政治と外交という役割分担を委託しただけであって支配者と認めたわけではない、と考えている。そこにはサバーハ家に服従するという意識はないのである。あくまでサバーハ家と同列と考える同家以外の有力商人や有力部族たちは、国民一般に対する首長家崇拝教育も許さなかった。現在のクウェイト国民一般がサバーハ家に対して崇敬の念を抱かないのはそのためである。一般国民はサバーハ家の役割を石油の富を分配することと考えており、サバーハ家が絶対的な権力を振るうことを拒否し、またサバーハ家が石油の富を独占することを許さないのである。
その証拠とでもいうべきことが二つある。一つはサバーハ家が自身を守るための自前の軍隊、即ち親衛隊あるいは近衛兵と呼ぶべきものを持っていないことである。サウジアラビアにはサウド家お抱えの国家防衛隊(National Guard)があり、他のGCC諸国の支配者も同じような親衛隊を抱えている。しかしクウェイトにはそれがない。1990年にイラクがクウェイトに攻め込んだ時、アハマド殿下の父親ファハドだけは侵入したイラク軍に抵抗を試みたものの、結局彼は戦死した。その他の王族は全員一目散に隣国サウジに逃げ込んだ事実は、サバーハ家の無力さを雄弁に物語っている。
そしてもう一つの証拠はサバーハ家の富が他の湾岸諸国の支配者に比べて非常に少ないことである。米国の経済誌Forbesが発表した「君主の資産ランキング」がそれを明確に示している。同ランキングによれば世界1位のブルネイ国王に次いで、第2位はアブダビのハリーファ首長で彼の資産は2.52兆円とされている。そして第3位はサウジアラビアのアブダッラー国王(2.28兆円)、第4位ムハンマド・ドバイ首長(1.92兆円)、第9位ハマド・カタル首長(1,200億円)であり、クウェイトのサバーハ首長は12位、資産600億円にとどまっている 。GCC産油国の中でクウェイト首長の資産の少なさが際立っている。
以上のことから言えることは、サバーハ家は権力も財力も乏しい「裸の王様」であるということなのである。「裸の王様」が自らを自覚すればそれなりの生き方はあろう。王族の中にはそのような賢明な者たちもいないわけではない。しかしアハマド殿下を含むかなりの王族は自分達が国家と石油の富を支配していると思い違いして、自分達にへつらう出稼ぎ外国人を奴隷のごとく扱い、あるいは石油を求めて擦り寄る国に対して横柄な態度をとって恥としないのである。つまり彼らには「ノブリス・オブリッジ(noblesse oblige)」(高貴な身分の者に伴う道徳上の義務)が欠けているのである。
(第4回完)
(本シリーズは過去3年間にわたるクウェイトのインターネット新聞のモニタリング結果による筆者の憶測記事であり、内容の真偽は保証の限りではありません。)
これまでの内容:
(第3回)アハマド殿下はどう出る?
(第2回)イラクのクウェイト侵攻がもたらしたもの
(第1回)五輪ハンドボール予選騒ぎ
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