2008年05月02日
湾岸産油国のSWF Part II:「投資国(Investor)と受入国(Recipient)」(その2)
(注)HP「マイ・ライブラリー」に「湾岸産油国のSWFシリーズ」が一括掲載されています。(2010.1.7付記)
2.湾岸SWFと米国との歴史的関係(2):緊張時代(9.11テロ事件以降)
前回述べたように20世紀末までの湾岸SWFと米国との関係は極めて良好なものであった。と同時に90年代は石油価格がバレル当たり10ドル前半まで暴落し、いずれの産油国も海外投資にまわす余裕資金に乏しかった。湾岸戦争で一時期イラクに占領されたクウェイトなどは国家再建のためSWFの資産を取り崩さざるをえなかったほどである。
この間、米国ではITバブルが発生、「金融工学」、「デリバティブ」と称する一連の金融理論のもとでヘッジファンドが金融市場を席捲していた。1996年にはクォータ・ファンドのように年利回り74%という信じられない運用成績を上げたものもあった 。ヘッジファンドにはシティなど大手金融機関の資金も注入されており、その資金の一部に湾岸SWFのオイル・マネーも含まれていたはずである。つまり欧米金融機関はオイルマネーを吸い上げ、それを高利でヘッジファンドに預けて利ざやを稼いでいたことになり、これをSWF側から見ればシティなどに甘い汁を吸われていたと言えよう。しかし湾岸各国は米国に安全保障を委ね、しかも彼等のSWFは金融知識に乏しく運用ノウハウを持たないため、そこそこの金利を生み出す欧米メガバンクに預けることで満足していたのである。
しかし2001年9月1日の同時多発テロ事件は、米国と湾岸産油国の関係を激変させ、湾岸SWFにも大きな影響を及ぼした。米国の政府と国民はイスラム・テロ撲滅をスローガンにアラブ・イスラム諸国に対して厳しい姿勢を示した。経済活動の面ではアラブ・イスラム系の金融機関はテロ組織に対するマネー・ロンダリング(資金洗浄)の疑惑を受け厳しく監視された。一方、アラブ諸国では反米感情が噴出、親米を基本とする湾岸各国政府も国民感情を無視することができず、米国と湾岸諸国の関係は一気に冷え込んだのである。
この冷え切った関係を象徴する経済事件が2005年に起こったDubai Port World(DP World)による英国P&O社の買収問題である。170年の歴史を有するP&O社は、現代のコンテナ時代においても香港のHutchison Whampoa、シンガポールのPSAに次ぐ世界第三位の港湾管理企業である。P&Oの買収にはDP World(SWFのDubai Worldの傘下企業)とPSAの二社が名乗りを上げた 。PSAはシンガポール政府のSWFであるTemasekの傘下企業である。その意味ではこのM&A合戦はドバイとシンガポールそれぞれのSWFの戦いでもあった。両社の激しい攻防の末、最後に競り勝ったのは買収価格69億ドルを提示したDP Worldであった 。
しかしP&Oの管理施設の中にニューオーリンズなど米国の6つの港湾が含まれていたことが米国議会で問題となった。アラブ資本が国内の港湾管理業務に参入すれば、それらの港からテロリストが潜入する恐れがあり米国の国益を害する、と言うのが議会の主張である。ブッシュ大統領は外国企業の自由な投資を制限するような措置は米国の評判に響く、と議会の再考を促したが 、アラブ・テロに過敏な世論を背景に議会側は調査委員会の設置を求め、問題解決は長引いた。その結果、対米関係の悪化を懸念したドバイのムハンマド首長はついに米国6港の管理権を放棄したのである 。もしシンガポールのPSAが買収していれば問題は生じなかったであろう。別名「ドバイ株式会社のCEO」と呼ばれるムハンマド首長はかねてから、政治向きの問題には関心が無くドバイのM&Aは純粋に経済合理性に従って決定している、と明言しており、実際その海外投資案件に政治的思惑は全く見られないのであるが、米国での受けとめ方は違っていた。
実はP&Oの少し前、同じように国益問題が騒がれたケースがあった。中国海洋石油によるユノカルの買収問題である。ユノカルは同業大手シェブロンとの合併に合意していたが、中国側はその条件を上回る買収金額を提示し合併に揺さぶりをかけたのである。このケースではユノカルの株主が中国への身売りに反対した。通常であれば株主にとって有利なはずの条件を彼等があえて拒否したのは、相手が中国の国営企業だったからである。外国の国営石油企業による自国企業の買収を国益に対する脅威ととらえたのである。
9.11テロ事件以降、米国はアラブの政府系ファンドに対して非友好的な態度を示し始めた。これに対してアラブ側も米国の対応に不信を抱き、さらに反米感情が加わって、投資を米国から引き上げ、アラブ圏或いは欧州、アジア各国にシフトする動きが出た。米国と湾岸SWFの関係は緊張し冷却していったのである。
(その2終わり)
(これまでの内容)
Part II:「投資国(Investor)と受入国(Recipient)」
その1:湾岸SWFと米国との歴史的関係(1):蜜月時代(9.11テロ事件まで)
Part I:「湾岸産油国の政府系ファンドを探る」(全6回)
その6:ドバイの政府系ファンド
その5:アブダビの政府系ファンド:ADIAとIPIC
その4:サウジアラビアの政府系ファンド:サウジ通貨庁と年金庁
その3:クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに
以上
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maedat@r6.dion.ne.jp
2.湾岸SWFと米国との歴史的関係(2):緊張時代(9.11テロ事件以降)
前回述べたように20世紀末までの湾岸SWFと米国との関係は極めて良好なものであった。と同時に90年代は石油価格がバレル当たり10ドル前半まで暴落し、いずれの産油国も海外投資にまわす余裕資金に乏しかった。湾岸戦争で一時期イラクに占領されたクウェイトなどは国家再建のためSWFの資産を取り崩さざるをえなかったほどである。
この間、米国ではITバブルが発生、「金融工学」、「デリバティブ」と称する一連の金融理論のもとでヘッジファンドが金融市場を席捲していた。1996年にはクォータ・ファンドのように年利回り74%という信じられない運用成績を上げたものもあった 。ヘッジファンドにはシティなど大手金融機関の資金も注入されており、その資金の一部に湾岸SWFのオイル・マネーも含まれていたはずである。つまり欧米金融機関はオイルマネーを吸い上げ、それを高利でヘッジファンドに預けて利ざやを稼いでいたことになり、これをSWF側から見ればシティなどに甘い汁を吸われていたと言えよう。しかし湾岸各国は米国に安全保障を委ね、しかも彼等のSWFは金融知識に乏しく運用ノウハウを持たないため、そこそこの金利を生み出す欧米メガバンクに預けることで満足していたのである。
しかし2001年9月1日の同時多発テロ事件は、米国と湾岸産油国の関係を激変させ、湾岸SWFにも大きな影響を及ぼした。米国の政府と国民はイスラム・テロ撲滅をスローガンにアラブ・イスラム諸国に対して厳しい姿勢を示した。経済活動の面ではアラブ・イスラム系の金融機関はテロ組織に対するマネー・ロンダリング(資金洗浄)の疑惑を受け厳しく監視された。一方、アラブ諸国では反米感情が噴出、親米を基本とする湾岸各国政府も国民感情を無視することができず、米国と湾岸諸国の関係は一気に冷え込んだのである。

しかしP&Oの管理施設の中にニューオーリンズなど米国の6つの港湾が含まれていたことが米国議会で問題となった。アラブ資本が国内の港湾管理業務に参入すれば、それらの港からテロリストが潜入する恐れがあり米国の国益を害する、と言うのが議会の主張である。ブッシュ大統領は外国企業の自由な投資を制限するような措置は米国の評判に響く、と議会の再考を促したが 、アラブ・テロに過敏な世論を背景に議会側は調査委員会の設置を求め、問題解決は長引いた。その結果、対米関係の悪化を懸念したドバイのムハンマド首長はついに米国6港の管理権を放棄したのである 。もしシンガポールのPSAが買収していれば問題は生じなかったであろう。別名「ドバイ株式会社のCEO」と呼ばれるムハンマド首長はかねてから、政治向きの問題には関心が無くドバイのM&Aは純粋に経済合理性に従って決定している、と明言しており、実際その海外投資案件に政治的思惑は全く見られないのであるが、米国での受けとめ方は違っていた。
実はP&Oの少し前、同じように国益問題が騒がれたケースがあった。中国海洋石油によるユノカルの買収問題である。ユノカルは同業大手シェブロンとの合併に合意していたが、中国側はその条件を上回る買収金額を提示し合併に揺さぶりをかけたのである。このケースではユノカルの株主が中国への身売りに反対した。通常であれば株主にとって有利なはずの条件を彼等があえて拒否したのは、相手が中国の国営企業だったからである。外国の国営石油企業による自国企業の買収を国益に対する脅威ととらえたのである。
9.11テロ事件以降、米国はアラブの政府系ファンドに対して非友好的な態度を示し始めた。これに対してアラブ側も米国の対応に不信を抱き、さらに反米感情が加わって、投資を米国から引き上げ、アラブ圏或いは欧州、アジア各国にシフトする動きが出た。米国と湾岸SWFの関係は緊張し冷却していったのである。
(その2終わり)
(これまでの内容)
Part II:「投資国(Investor)と受入国(Recipient)」
その1:湾岸SWFと米国との歴史的関係(1):蜜月時代(9.11テロ事件まで)
Part I:「湾岸産油国の政府系ファンドを探る」(全6回)
その6:ドバイの政府系ファンド
その5:アブダビの政府系ファンド:ADIAとIPIC
その4:サウジアラビアの政府系ファンド:サウジ通貨庁と年金庁
その3:クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに
以上
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