2008年08月31日

湾岸産油国のSWF Part III:「中東から日本、そして日本から中東へ。湾岸SWFが拓く新シルクロード」(その6)

その6:湾岸SWFが日本へ進出する場合の問題点
 クウェイトのナーセル首相に同行して来日したシマリ蔵相は対日投資を3倍に増やすと明言した(前回「湾岸SWFの日本への誘致」参照)。また先日経済産業省の石毛経済産業審議官及び同省幹部が各国SWFを相次いで訪問、日本が2009年度に設立を目指している投資ファンド「イノベーション創造機構」への出資を要請したところ、各国SWFはいずれも計画に関心を示したと伝えられている 。

 このように湾岸SWFが日本に進出する機運は盛り上がりつつあるが、しかしそこには現在の湾岸SWF自身が内包する問題及び日本と中東産油国の間に横たわるいくつかの障害があることも認識しなければならない。

 まず湾岸SWF自身の問題としてはファンドのマネージャーが殆ど欧米人であり、しかも全員が元金融マンである、と言うことである。このことは本シリーズのその2「実務を牛耳る欧米金融マン」で詳細に述べたが、要点を述べれば、ファンド・マネージャーが欧米出身であるため知識の乏しい日本市場への進出に積極的ではないということである。さらに金融畑出身である彼らは同業の金融機関への出資は判断が容易であり、不動産投資も物件の査定、収益予測など手馴れている。その反面彼らは製造業、いわゆる「モノづくり」については知識が乏しく投資に対する査定(due diligence)は不得意であると考えられる。

 しかし日本の場合湾岸SWFの投資のターゲットは金融機関や大都市の不動産ではなくむしろ製造業であろう。彼らはソニー、サンヨー、日立、トヨタなど世界的に有名なメーカーだけではなく、ハイテク企業あるいは環境、省エネ技術など世界の最先端の技術を有する中小企業の株式取得を狙っていると考えられる。彼等が大小を問わず日本の一流メーカーに目をつけるのは二つの目的がある。一つはそれらメーカーの先端技術製品が世界を席捲すれば所有株が値上がりして高いリターンを期待できることであり、もう一つはこれらの技術を自国に導入し、産業の多角化と雇用の創出を目論んでいることである。サウジアラビアなどは特にそのような動機が高いと考えられ、そのためにも日本のメーカーに対するdue diligenceが不可欠なのである。

 湾岸SWFの対日投資の第二の問題点は彼等がイスラム金融の倫理観に縛られることであろう。イスラム金融では投資がイスラム法(シャリア)に適合していることを求められる。従ってアルコール、豚肉、賭博などシャリアに反する事業を手がける企業は投資対象から除外される。金利も禁じられているため金融機関も対象外である。この点ではADIAのシティ・グループに対する投資など湾岸SWFの一連の欧米金融機関への出資は本来のイスラム金融から逸脱したものである。しかしこれは欧米との協調を重視し、国際金融システムの崩壊を回避しようとする湾岸諸国の高度な政治的判断と考えるべきであろう。湾岸SWFの日本での投資はシャリア適合企業に限定されると見たほうが良い。

 このような湾岸SWF自身が抱える問題に加え、中東と日本との間に横たわる問題がある。それは文化的あるいは制度的な壁とでもいうべきものである。両者を隔てる壁はかなり高いのが現実である。

 まず中東産油国から日本を見た場合の問題点は(それは欧米諸国が日本を見る場合と共通しているのであるが)、日本の市場の閉鎖性であり、官公庁による煩瑣な規制であろう。また彼らにとって日本語は英語に比べて縁遠い言語であり、また宗教が生活に根付いていない日本文化を理解することに当惑を覚えるのである。この点は日本人にとってアラブという民族と言語、あるいはイスラムと言う宗教が理解に苦しむということと裏腹の関係にある。両者の相互理解のレベルは非常に低いといわざるを得ない。

 さらに付け加えるならば、日本のアラブ理解はその殆どが欧米のフィルターを通じたものであることを認識しなければならない。アラブから発信された情報は、まずロンドン、ニューヨークなどの欧米でアラビア語から英語に翻訳される。そしてさらに英語版のアラブ情報が邦訳されて日本国内に配信される。このためアラブから発信されたオリジナルの情報には欧米流の価値観が入り込むことになる。欧米のアラブに対する価値観にかなりバイアスがかかっていることは論をまたない。

 日本に到達するアラブの情報が少なく、そのうえ欧米の価値観が混入する結果、我々はアラブに対して先入観を植え付けられる。それは「アラブは良くわからない。そして何となくコワイ----」と言う先入観である。そしてそれがとどのつまり日本のアラブに対する関心は石油だけ、ということにもつながるのではないだろうか。
 
(その6終わり)

Part III:「中東から日本、そして日本から中東へ。湾岸SWFが開く新シルクロード」(全7回)
その7:日本と湾岸SWFが拓く新シルクロード
その6:湾岸SWFが日本へ進出する場合の問題点
その5:湾岸SWFの日本への誘致
その4:根強いアラブ・イスラム・アレルギー
その3:湾岸統治者のシグナル:ルック・イースト
その2:実務を牛耳る欧米金融マン
その1:日本にも姿を現した湾岸SWF

Part II:「投資国(Investor)と受入国(Recipient)」(全6回)
その6:投資国と受入国による新秩序の模索
その5:InvestorとRecipientに分かれる湾岸産油国
その4.投資国と受入国の双方の主張
その3:湾岸SWFと米国との歴史的関係(3):米巨大銀行への資金注入(サブプライム問題)
その2:湾岸SWFと米国との歴史的関係(2):緊張時代(9.11テロ事件以降)
その1:湾岸SWFと米国との歴史的関係(1):蜜月時代(9.11テロ事件まで)

Part I:「湾岸産油国の政府系ファンドを探る」(全6回)
その6:ドバイの政府系ファンド
その5:アブダビの政府系ファンド:ADIAとIPIC
その4:サウジアラビアの政府系ファンド:サウジ通貨庁と年金庁
その3:クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに

以上

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前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
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