2009年06月05日

波乱含みのクウェイトの政局:総選挙と内閣改造(その3)

(注)HP「中東と石油」に全文を一括掲載しました。

4.前途多難を予感させる第13回国会幕開け
 5月31日、第13回クウェイト国会が開かれた。はじめてクウェイトで国会が開かれたのは1963年のことである。第1回から第3回までは4年の任期満了による選挙が行なわれたが、第4回では議会と政府が衝突し、ジャービル首長(当時)が首長権限で議会を解散し、以後議会は4年半停止された。1981年に議会が再開されたものの、イランのシーア派イスラム革命およびそれに続くイラン・イラク戦争により国内は騒然とした状態となり、議会と政府の対立が激化した結果、ジャービル首長は1986年に再び議会を解散したのである。この解散は湾岸戦争が終結する1992年までほぼ6年間続いた。

 このように国会の長期解散は2回計10年強に及んでおり、過去12回の議会のうち4年間の任期を全うしたのは半分の6回に過ぎない。しかも2006年以降の直近の3回の国会の会期は、第10回が2年10ヶ月、第11回が1年9ヶ月、第12回が1年、と毎回短くなっている。2003年のイラク解放戦争以後、湾岸地域にはさしたる紛争も無くクウェイトの外交関係は平穏であり、また原油価格の急騰により同国には膨大なオイルマネーが流入、経済も順風満帆であった。つまりその間クウェイトには内憂外患が全く無かったのである。

 それにもかかわらず政府と議会の対立はますます先鋭化し、3回の議会解散と6回の内閣改造(前回参照)を引き起こしている。政府と議会が対立する原因を一言で言うならば、それはサバーハ首長家が政府権力の独占に固執しており、一方国会は普通選挙により宗教および部族出身者が反政府勢力として幅を利かせ、ことあるごとに政府に楯突いているからである。つまり政府=サバーハ家と国会=反サバーハ勢力という対立の図式が定着しているのである。

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 5月31日の国会開会式では恒例によりサバーハ首長が冒頭演説を行なった。首長はその中で議会と政府の協力を呼びかけ、「既に議論はし尽くされた。蒸し返しは辞めようではないか」と呼びかけた。そのとき数人の国会議員は憤然として席を立ち議場を出て行った。首長が関係者を諭した言葉は間違っていない。しかし問題は議員の多くにとって、首長自身こそが議会の敵対勢力サバーハ家の頭目なのである。議員たちにとっては、そのようなことを首長の口から聞きたくない、と言うのが真情なのであろう。

 そしてもう一つ前途多難を予感させる議員退場問題があった。それは新たに誕生した女性議員の服装問題である。素顔で現われた彼女たちに対し、一部の超保守的宗教派議員がスカーフをかぶらない女性議員とは同席できないと強硬に主張し、結局彼らは退場したのである。これについてはさすがに殆どの議員が疑問を呈したが、宗教的信条にかかわる問題だけにその解決は政府と議会の対立以上に難しい問題とも言えよう。

5.クウェイトの将来
 国会の反政府勢力はシーア派、スンニ派などの宗教勢力、そして部族勢力など多くに分かれ、烏合の衆ではあるが、政府の失政を追及する点で彼らは一致団結する。クウェイトの国会には立法権がないため、国会議員は国政に対して殆ど無力である。従って彼らは結局出身母体あるいは支持者に対するネポティズム(縁故主義)の利益誘導に走るか、一般受けを狙ったポピュリスト(人気取り)的で内容の乏しいスローガンを連発するだけである。さもなくば彼らは誰もが正面切って反論できないナショナリズムや宗教規範を持ち出して政府や外国を牽制し、時にはリベラリストや女性の進出を妨害するのである。

 その影響は国内にとどまらず、海外にも波紋が広がっている。例えば外国企業とのビジネスを例にとれば、ごく最近米国ダウ社との170億ドルの石油化学合弁事業計画が白紙撤回され、また日本の日揮が関与している150億ドルの大型製油所建設工事も発注内示が取り消される事態になった。これによってクウェイトに対する世界の民間企業の信頼感は大きく失墜した。アブダビ、カタール、サウジアラビアなどオイルマネーが潤沢な国のプロジェクトを狙って世界企業がしのぎを削る中で、クウェイトはもはや先進国から相手にされなくなりつつあると言えよう。

 先に同国は外交的及び経済的に問題がないと書いたが、実は裏を返せば議会と政府はだからこそ小田原評定に明け暮れている、と言えるのである。もし差し迫った国家的難問がたちはだかり、国民一体となって取り組まなければならない緊急事態であれば、議会と政府は何らかの妥協点を見出し一体となって問題解決に乗り出すに違いない。しかし現在のところ国政が停滞してもオイルマネーのおかげで国民は誰一人飢えることもなく、春風駘蕩の生活を過ごしている。

クウェイトは豊かなるが故に混乱から抜け出す能力を喪失しているのである。この国は国家も国民も1970年代のオイルショックの時代からずっと苦労知らずに過ごしてきた。唯一の例外は1990年初頭のイラク占領と湾岸戦争による国土の荒廃であろうが、それとて石油の富により見事なまでに傷跡は塞がれた。オイルマネーの威力が続く限り(それは今後も当分続くことは間違いないであろうが)、クウェイトが自己改革することは難しそうである。

(終わり)

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前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
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