2009年10月26日

湾岸産油国のSWF Part V:2008年を乗り越えて(上)

 (注)本シリーズ(上)、(下)はHP「中東と石油」に一括掲載されています。

サブプライム・ショック及びリーマン・ショックによってクウェイト、アブダビ、カタールなどの湾岸SWF(政府系ファンド)が蒙った損害と、その後の石油価格の回復にともない体勢の立て直しを図るSWFについては、2009年6月から8月に分けてブログ「アラビア半島定点観測」で「湾岸産油国のSWF Part IV:世界金融危機後の湾岸産油国のSWF」として詳述した。(注、ホームページ「中東と石油」に一括掲載)

 その後、9月にUNCTAD(国連貿易開発会議)が「World Investment Report 2009 (WIR 2009)」を公表し、その中でGCCのSWFが2008年中に蒙った損害を3,500億ドルと算定、各国のSWFの収支を推定した。また今月はじめにはアゼルバイジャンの首都バクーで、中国のCICを含む世界の20のSWFが参加してSWF国際フォーラムが開かれた。同フォーラムでは2008年9月にIMFの肝いりで作成された自主行動規範「サンチアゴ宣言」を遵守しつつ、SWFが世界経済の再生に不可欠であると言う強いメッセージが発信された 。

1.湾岸SWFの2008年推定収支計算書
 湾岸産油国のSWFは情報をほとんど開示しておらず、その内実は厚いベールに包まれている。そのため各SWFの運用資金の規模についても調査機関が発表する金額はまちまちである。まして昨年来の金融危機による損失の規模を探ることは雲をつかむような話である。かろうじてクウェイトでは国会が政府を突き上げ、クウェイト投資庁がシティ・グループとメリルリンチにおこなった大規模な資本注入(株式取得)が裏目に出て巨額の損失を出したことを追及し、政府が渋々情報を開示したが、これなどは極めてまれな例である(SWF Part IVその3「莫大な損失を抱え込んだKIAとADIA」参照)。

 このような中で世界の対外直接投資(FDI)の流れを詳細に掴んでいるUNCTADはSWFのパフォーマンスについても比較的内情を把握していると考えられる。その意味で今回のWIR 2009で示された湾岸SWFの推定収支計算書は極めて興味深い。ここではアブダビ(アブダビ投資庁,ADIA及びアブダビ投資評議会,ADIC)、カタール(カタール投資庁, QIA)、クウェイト(クウェイト投資庁, KIA)ならびにサウジアラビア(サウジアラビア通貨庁,SAMA)の4カ国が取り上げられている(注)。
 
(注)サウジアラビア通貨庁(SAMA)は厳密な意味でのSWFではないためWIR2009ではState-owned enterprise(SOE)と定義しているが、その余剰資金の運用は実質的にSWFと同等の機能を発揮している。

 これによるとGCCのSWF・SOEは2008年中に3,500億ドルの損失を蒙ったとされる(詳しくは表「2008年の湾岸SWF・SOEの損失状況(推定)」参照 )。前年2007年末のSWF・SOEの残高は1兆2,820億ドルであったため、わずか1年間で資産が27%も減少したことになる。一方、2008年央には原油価格が147ドルの史上最高値を記録するなど、湾岸産油国には引き続き膨大なオイルマネーが流れ込んでおり、その一部の2,730億ドルが新たにSWF・SOEに注入された結果、2008年末の残高は前年末比820億ドル減の1兆2千億ドルとなった(以上いずれも推定値)。

これを各国別に見ると、損害額が最も大きかったのはアブダビ(ADIA及びADIC)で、その額は1,830億ドルに達し、前年末の資産額(4,530億ドル)の実に4割を喪失している。同国では同年中に新たに590億ドルをSWFに繰り入れたが、2008年末の資産残高は前年比1,250億ドル減の3,280億ドルになっている。カタール(QIA)もクウェイト(KIA)もアブダビとほぼ同様の傾向を示しており、カタールは940億ドル(前年末の資産残高比36%減)、クウェイトは270億ドル(同42%減)の損失を出している。なおカタールのQIAにはアブダビとほぼ同額の570億ドルが新たに注入されたため、2008年末の資産残高はアブダビほど大きく減少していない。またクウェイトのKIAも損失とほぼ同額が新規繰り入れされたため2008年末の残高は2007年のほぼ横這いである。これら3カ国のSWFは不動産或いは株式投資が多かったため、金融危機の影響をもろに受けた形である。

これに対して米国政府債などローリスクの投資姿勢を堅持したサウジアラビアは、上記3カ国と対照的な結果を示している。もちろん同国とても2008年は世界的金融危機の影響で460億ドルという巨額の損失を蒙ったのであるが、それは前年末の資産残高3,850億ドルに対しては12%の減耗であり、傷は比較的浅かったと言える。しかもSAMAは2008年中に新たに1,620億ドルの資産を積み増ししており、その結果同年末の残高は5,010億ドルと、むしろ前年末残高を上回っている。この結果、GCCのSWF・SOEの中では常にトップを占めていたアブダビを抜き、サウジアラビア(SAMA)がGCC最大のSWF・SOEになった。

 なおUNCTADの表ではノルウェーの収支が参考として示されており、これによれば同国は、2007年末の資産総額3,710億ドルに対し、2008年中に-1,110億ドル(-30%)の損失を出しており、同年中の新たな積み増し(640億ドル)にもかかわらず、2008年末の資産総額は3,250億ドルに減少している。

(続く)

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