2012年04月23日
(ニュース解説)石油の海に溺れるクウェイト(4)
(注)本シリーズは「マイ・ライブラリー(前田高行論稿集)」で一括ご覧いただけます。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0225KuwaitCrisis.pdf
6.イスラム系議員が過半数を制した総選挙
定数50に対し女性23人を含む286人の候補者が争った第14回国民議会選挙は2月2日に投票が行われた。即日開票の結果、現職16名が落選、立候補を取りやめた現職10名を加えると、過半数を超える顔ぶれが変わる結果となった。現職議員の敗退は議会解散の引き金となった政府(サバーハ家)による議員買収問題が原因であり、収賄疑惑の議員は1名を除き全員が議席を失った。
代わって躍進したのがイスラム系議員である。ムスリム同胞団、サラフィスト(厳格派)などスンニ派イスラム主義者が22議席、またシーア派も5議席を獲得し定数(50名)の過半数を制した。一方、世俗派は議席を減らし、また女性については前回2009年の選挙でクウェイト史上初めて誕生した議員4名を含め立候補した23名は全員落選した。次項に述べる新内閣でも女性閣僚の名前は無く、国政の場から女性が消えた。
西欧的基準から見れば世俗派議員の減少、女性議員の退場、それらと対照的な宗教派議員の台頭は民主化の後退という印象が否めず、「アラブの春」の反動と映る。そして今回の総選挙の結果はクウェイト国民の保守化を象徴していると評価されるかもしれない。
その評価は間違ってはいないにしても必ずしも全てを語っているとも思えない。筆者の見方では今回の結果は豊かな生活を謳歌するクウェイト国民、それ故に小市民的現状維持を望む思考による当然の帰結である。つまり議会選挙は候補者、選挙民が共に「ゲームとしての政治」を楽しんだにすぎないのではないだろうか。
クウェイトの議会制が湾岸諸国の中で最も進んだものであることに異論は無い。しかし議会に首相を選ぶ権限は無く、立法権に対しても首長に拒否権がある。かと言って議員自ら民主主義を声高に唱えるほどイデオロギーの理論武装をしている訳でもない。この国は今も色濃い部族社会であり、更に個人の心の中にはイスラムの宗教心が深く浸透している。部族と言う「血」の絆とイスラムと言う「心」の絆―クウェイト人の体にはこの二つの絆が強く沁みついている。
若い世代の多くは男女を問わず大学に進学し、或る者は欧米に留学する。国内に留まる者もCNNなどの衛星放送によって西欧の思想に目覚める。彼らの頭の中には民主主義と言う「智」が育ち、それはインターネットのツイッターやフェースブックを通じて仲間との連帯を求める。しかし現在のところ「智」は「血」と「心」に勝てない。
進歩的な大学教授やジャーナリストは若者に体制変革を呼び掛け、女性活動家は同性の覚醒を促す。こうして若者たちは街頭に繰り出すが、今のところそれは線香花火で終わってしまう。若者や女性たちが部族と宗教の囚習に囚われていると即断してはならない。石油の富が彼らの豊かな生活を背後から支えている。部族の庇護、イスラムの教え、つまり「血」と「心」の安らぎが彼らを包み込んでいる。そして石油の富による日々の豊かな生活、更には外国人をセールスマンや家政婦などとしてあごで(時には奴隷のごとく)こき使う快感。若者や女性達は時にアンニュイ(倦怠)に駆られながらも今の生活を捨て切れない。
彼らはエジプトで何が起こっているかを正確に理解している。政治の水平線の向こうに見えるのは厳格なイスラム主義者による息の詰まる生活か、中途半端な民主化に対する欧米からの絶えざる圧力か?将来も石油の富による豊かな生活は保証されるであろうが、問題はサバーハ家に代わる富(レンティア)の分配者が誰になるか、である。サバーハ家が適切な富の分配者だと言うつもりはないが、サバーハ家は少なくとも250年以上にわたりクウェイトを支配してきた。そのことにより一般市民はサバーハ家に暗黙のlegitimacy(正統性)を与えている。サバーハ家のlegitimacyに代わるものは部族の縁故や宗教色を排除した真の議会制民主主義であろうが、今のところその気配は見えない。
今回の選挙でイスラム系議員が過半数を制したことはクウェイトに新たなリスクをもたらしたと言える。同じGCC加盟国であるUAE・ドバイの警察庁長官が、クウェイトは2013年にムスリム同胞団に乗っ取られる、と警告を発している 。バハレーンの次はクウェイトという訳である。GCC各国の支配者たちは君主制崩壊のドミノ現象を恐れている。
(続く)
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