2016年04月13日

見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(15)

第2章:戦後世界のうねり:植民地時代の終焉とブロック化する世界

1.対照的なフランスと英国の植民地支配
 第一次世界大戦時のサイクス・ピコ秘密協定(プロローグ5参照)により、フランスはトルコ南部からシリア全域、さらにイラク北部及びレバノンを勢力圏に収め、英国はイラク南部、ヨルダン、サウジアラビア北辺及びクウェイトを勢力下においた。両国はそれぞれの地域に宗主国として君臨した。


 しかし第二次世界大戦を境に各地で独立の機運が高まった。この時、フランスと英国が認めた各国の独立後の政治体制は対照的なものであった。レバノンとシリアはフランスが第二次大戦でドイツに占領され海外植民地まで手が回らなくなった間隙を縫って1941年に共和国として独立を宣言した。これに対して英国はフセイン・マクマホン書簡(プロローグ4参照)の約束に従いヨルダンとイラクを王国、しかも預言者ムハンマドにつながるハシミテ家の子孫を国王とする王制国家として独立させた。


15Flag_of_the_United_Kingdom_svg
 フランスは共和制国家を樹立させ、英国は王制国家として独立させたことは興味深い事実である。一つの理由は両国自身の政治体制にあると考えられる。両国は共に議会制民主主義国家であるが、英国はその正式国家名「United Kingdom(連合王国、略称UK)」が示す通り王制(もちろん立憲君主制の)国家である。従ってヨルダンとイラクを王制国家として独立させることに抵抗はなかったと思われる。


15Flag_of_France_svg
 これに対して1798年の革命でブルボン王朝を倒し共和制を樹立したフランスには共和制国家としての長い伝統がある。フランス共和国憲法第2条で「自由・平等・博愛」を国家の標語とし、それを象徴する三色旗(トリコロール)を高々と掲げる以上、シリア及びレバノンは共和制国家でなければならなかった。但しフランスは実質的な支配権は失いたくなかったため、シリアではシーア派少数部族のアラウィ派を権力の座につけた。植民地支配で少数派をバーチャルな(見かけの)支配者に起用するのは宗主国の常套手段である。フランスは外部の支援を必要とする少数派を陰で操り、多数派を弾圧あるいは分裂させることで自国に有利な権力構造を作り上げたのである。


 「自由・平等・博愛」を標榜する表の顔と植民地を意のままに操ろうとする裏の顔はフランス外交の矛盾であり、その矛盾を突いたのがソ連である。第二次大戦後、唯一の社会主義国家としてソ連は世界中に階級闘争を展開し始めた。それは中東ではアラブ民族主義と並ぶもう一つの柱である社会主義運動として広まり、シリアの共和制はフランスの意図しない方向に走り出した。このような事態に対してフランスは自らの共和制という足かせに阻まれ強圧的な行動が取れない。フランスはすべてを混乱させたままで逃げ出すのである。後始末を引き受けるのは結局米国と言うことになる。ベトナム戦争でベトコン(ベトナム共産党)に敗れ後始末を米国に委ねたのと全く同じ構図である。戦乱の世でフランスが頼りにならないことは歴史の事実である。つまり中東では昔も今もフランスは問題解決の主役たりえないのである。


 それに対して英国は大英帝国の長い植民地支配を通じて極めて老獪な知恵を生み出した。英国はイスラームの教祖ムハンマドの子孫でありながらマッカ太守の座をサウド家に追われたフサインの二人の息子を委任統治領のヨルダンとイラクそれぞれの国王に据えた。民主主義が広く普及した西欧社会では君主制はアナクロニズム(時代遅れ)に映るが、中東はまだまだ部族が幅をきかせる世界であり、何と言ってもイスラームが生活の中に根を張っている。西欧流の共和制あるいは議会制民主主義は時期尚早だった。英国は冷徹に中東の現実を見ていたのである。


 1921年にマッカの太守フセインの二男アブダッラーを国王とするトランス・ヨルダン王国が成立、「アラビアのロレンス」で有名なT.Eロレンスが大英帝国の代表者として国王のアドバイザー(実際は支配者英国の回し者)となった。同国は1946年にヨルダン・ハシミテ王国として独立した。英国は貴族の子弟の帝王学養成所として名高いサンドハースト王立陸軍士官学校にヨルダン皇太子を留学させ、ハシミテ王家を英国に取り込んでいる。


 ヨルダンの一般国民にとってハシミテ王家は英国が送り込んできた天下りの支配者である。しかし彼らにとって国王が預言者ムハンマドの子孫であることはかけがえのない「ありがたい」ことであったに違いない。首都アンマンのアラブ商人たちもハシミテ家を喜んで迎え入れた。第二次世界大戦開戦の1939年に生まれたカティーブはまだ7歳で王国独立の何たるかもわからなかったが、新国王を熱狂的に迎える父親の喜ぶ様子を鮮明に記憶している。


(続く)


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       荒葉一也

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drecom_ocin_japan at 08:58コメント(0)トラックバック(0)中東の戦後70年  

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