2016年07月20日

見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(29)

第4章:中東の戦争と平和
1.束の間の平和:イスラエルとエジプトの和平
 第四次中東戦争は1973年10月25日に終わった。緒戦の勝利でアラブ側に有利な停戦条件を引き出そうとしたサダトの思惑通りにはならなかったが、ともかくエジプトとイスラエル双方に和解の機運が生まれた。


 1948年の第一次中東戦争(イスラエル独立戦争)以来わずか四半世紀の間に4回も戦火を交えた両国は共にすっかり疲弊し、国民の間には厭戦機運がみなぎっていた。中東戦争にうんざりしていたのは当事国だけではない。イスラエルの最大の庇護者である米国もニクソン大統領が経済面で不安定な国際通貨危機に振り回され(1971年、ニクソン・ドルショック)、外交面では泥沼のベトナム戦争から抜けられずに苦悩を深めていた。戦前ヨーロッパのユダヤ人迫害を逆手に取られてこれまでずっとイスラエルの肩を持たされてきた欧州諸国はと言えば、アラブ人やイスラム教徒に加担する気は毛頭なかったものの、我が物顔のイスラエルに対して「もういい加減にしてほしい」という空気が漂い始めていた。

 さらに第四次中東戦争でアラブの産油国が石油禁輸を強行したため、これまで中東紛争に無関心、無関係を装っていたアジアの国々には石油ショックの衝撃が走った。特に日本にとっては高度成長という太平の夢を打ち砕く大事件であった。日本を始めとする石油の消費国もアラブとイスラエルの和平を促した。

 戦争回避の機運は現実主義者のサダトにとっても望むところであった。一部アラブ諸国の首脳はなお「イスラエルを地中海に叩き落せ!」という勇ましい掛け声を叫び続けていたが、それが荒唐無稽な絵空事であることをアラブの大衆は肌身で感じていたし、サダトも同じであった。優秀な軍人ほど現実を冷徹に見据えるものである。ただ熱くなるだけのリーダーはいつか必ず敗北を味わう。そのとき退場するのが本人一人で済めば良いが、「一将功成って万骨枯る」では部下が浮かばれない。この点、サダトは智将であった。

29キャンプデービッド会談
 サダトは第4次中東戦争終結後から米国寄りの姿勢に転じた。前任のナセル大統領がソ連寄りだったのと対照的である。米国ではキッシンジャー特別補佐官(後に国務長官)がニクソンとそれに続くジョンソンの両大統領時代にデタント(緊張緩和)外交政策を展開、これにより米中和解、ベトナム戦争終結などが実現、全世界に平和の機運が生まれた。この機に乗じサダトもイスラエルとの関係改善を図り、1977年にはイスラエル訪問にこぎつけた。翌1978年に民主党の理想主義者カーターが大統領に就任した。イスラエルびいきの共和党からリベラルな民主党に政権交代したことでエジプトとイスラエルの和平が現実味を帯びてきた。1977年、両国が歴史的な平和条約を締結すると、カーター大統領は両首脳をワシントンのキャンプ・デービッドに招いた。和平合意により第三次中東戦争以来イスラエルが占領していたシナイ半島はエジプトに返還された。

 これら一連の動きの集大成として1978年、エジプト大統領サダトとイスラエル首相ベギンはノーベル平和賞を受ける栄誉に浴した。1901年に第1回ノーベル平和賞が授与されて以来、アラブ人が受賞するのはサダトが初めてである。

 このように書き連ねるとサダトが英雄とは言えないまでもエジプトおよびアラブ諸国から平和の貢献者として高く評価されてもおかしくないように聞こえる。しかし現実は全く逆であった。彼のエジプト・イスラエル単独和平はアラブ以外の世界各国からは高い評価を得たものの、肝心のアラブ諸国からは「パレスチナのアラブ人同胞に対する裏切り」ととられサダトは国内外で孤立する。サダトのような軍人政治家は戦争に勝って平和を得てこそ英雄である。しかし勝敗がはっきりしないままに戦争を終結し外交手腕によって平和をもたらしても国民大衆は彼を「裏切者」とそしるのである。

 サダトにその後もう一つの誤算が生じた。1979年、イランにイスラム革命が発生、サダトは人道的配慮からムハンマド・レザー皇帝の亡命を受け入れた。しかし皇帝はサダトの好意を踏みにじりカイロから米国へ向かったのである。エジプトの大衆はこれに猛烈に反発、非難の矛先をサダトに向けた。中東に平和をもたらし、シナイ半島の返還を実現したにもかかわらず大衆はサダトに冷たかった。

 1981年10月、第4次中東戦争開戦記念の軍事パレードを観閲中のサダト大統領はパレードの隊列で行進中の歩兵車両部隊によって暗殺されたのであった。

 (続く)

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 荒葉一也
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drecom_ocin_japan at 09:25コメント(0)トラックバック(0)中東の戦後70年  

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