2016年09月14日

見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(37)

第5章:二つのこよみ(西暦とヒジュラ暦)

1.西暦に侵食されるヒジュラ暦
 イスラームの世界ではイスラームの暦(ヒジュラ暦)が今も生活の隅々に浸透し、市民の生活の歯車となっている。ヒジュラは預言者ムハンマドが、マッカからマディナに移住したことを意味しており日本語では「聖遷」と訳されている。この聖遷があった年がヒジュラ暦の始まりであり、西暦622年7月16日がヒジュラ元年1月1日である。

 ヒジュラ暦は新月から次の新月までの29日または30日を1か月とし、12か月を1年間とする純粋の太陰暦である。これに対して世界で使われているグレゴリオ暦(西暦)は太陽の動きをもとに、1年間を365日或いは366日とし、それを12で割った数値を1か月としている。したがってヒジュラ暦は西暦に比べ1年間の日数が10日ないし12日短い。

 日本でもかつては月の満ち欠けによる太陰暦が使われていたが(旧暦)、季節のずれを調整するために閏月(うるうづき)が設けられていた。しかしヒジュラ暦ではそのような操作は行われないため毎年季節が少しずつずれていくことになる。その結果断食月として知られるヒジュラ暦第9番目のラマダーン、或いはヒジュラ暦最後の12番目の月の恒例のマッカ大巡礼(ハッジ)が真夏になることもあれば真冬になることもある。ヒジュラ暦では30数年単位で季節が巡ることになる。西暦622年がヒジュラ元年であったが、今年(2016年)10月にヒジュラ暦は1438年を迎える。西暦622年から2016年までは1394年間であるが、ヒジュラ暦では1438年間であり暦の上では44年も先に進んでいることになる。

 イスラーム諸国と昔の日本が同じ太陰暦を使用しながら日本では閏月を設けて季節のずれを調整したのに対してヒジュラ暦では今も調整されない理由を考えると興味深い。そもそも毎日の月の満ち欠けを暦のベースにすることは、太陽が1年をかけて高低を繰り返し、日の出と日没がほんの少しずつ早くなったり遅くなったりする現象に比べて目に見えてわかりやすい。そしてもう一つイスラーム発祥の中東には月と太陽に対する特有の感覚の違いがあることが指摘できよう。日本のような温帯性気候の国では太陽は恵みであると考える。しかし灼熱の乾燥した砂漠が多い中東では太陽は時に死を意味する。それに対して穏やかな月夜は憩いの時である。アラブの人々は太陽よりも月を愛する。

 そして日本で季節のずれを調整するために旧暦に閏月を設けたのに対して中東イスラーム諸国があえて季節のずれを容認した理由は、前者が農耕社会であり、後者が牧畜社会だったからだと考えられる。農耕社会では種蒔きから収穫まで季節とともに移ろいゆく。太陽の動きと合わせなければならない。牧畜社会でも山野に牧草が生える季節、そして動物の繁殖期など季節と切り離すことはできないが、人手を加えなくても草は生え、家畜は子供を生む。だから牧畜民族は農耕民族ほど季節に敏感である必要はないのである。

 太陰暦にも暦に合わせたいろいろな行事がある。日本でいえば八十八夜、二百十日など数多くあるが、いずれも季節に合わせた行事であり、自然現象と密接に関連している。しかしヒジュラ暦の代表的な行事であるラマダン(断食)やハジ(マッカ大巡礼)はいずれも自然とは無関係な人間の行為であり、季節を問わない。

 季節とは無関係な経済活動について考えてみよう。経済活動は給料、支払決済など月単位のものが多い。しかしこの場合、一月の長さは太陽暦のそれと同じである必要はない。イスラーム世界の商人同士の間では一か月は新月から新月まで(或いは満月から満月まで)と決めれば良い話である。彼らはそれで不便は感じなかったはずである。

 こうして中東のイスラーム社会は1400年にわたり伝統の生活様式を守ってきた。しかしヒジュラ暦15世紀、すなわち西暦1980年前後からグローバリゼーションの波に巻き込まれ、年月の尺度を西暦に合わさざるを得なくなった。世界の国々を相手に取引を行うためには西欧諸国のデファクトスタンダード(事実上の世界標準)としての西暦制度に合わせることが必要不可欠となったのである。

 その最初の分野が金融の世界であろう。そこでは西暦の年度、月次、日次が取引の基準となる。そして取引日も月曜日から金曜日までである。これに対して中東イスラーム世界では木曜日と金曜日が休みであり、取引日は土曜日から水曜日までである。両者が重複するのは、月曜、火曜、水曜の3日間だけとなり極めて効率が悪い。西欧諸国が日曜日を安息日とするように、イスラーム諸国の安息日は金曜日であり、イスラーム諸国もこれだけは絶対譲れない。結局イスラーム側が歩み寄る形で、現在では中東イスラーム諸国は週休2日制を金曜と土曜に変更している。

 表面的には制度の変更でしかないが、ムスリム(イスラーム教徒)の心のリズムは狂い始めた。生活を律するヒジュラ暦とグローバリゼーションのため已む無く西暦に従わざるを得なくなった心の葛藤が穏健な一般市民の深層心理の中に生まれたのである。
 
 (続く)

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 荒葉一也
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drecom_ocin_japan at 09:07コメント(0)トラックバック(0)中東の戦後70年  

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