2017年04月21日

平和の切り札トランプ? 米国中東政策の動向を探る(2)

 (注)本レポート1~5は「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で一括してご覧いただけます。
 
http://mylibrary.maeda1.jp/0412TrumpME2017.pdf

2017.4.21

荒葉一也

 

 

2.トランプの二つのキーワード:アメリカ・ファースト(米国第一主義)とディール(駆け引き)

 対立関係にあるイスラエルとアラブ諸国、同じ独裁政権としてアラブの主導権を争うエジプトのシーシ軍事政権とサウジアラビアのサウド家専制君主政権、共に難民問題を抱えながら微妙に立場が異なるヨルダンとパレスチナ。トランプ大統領はこれらの国々の要求に対してどのように応えるつもりであろうか。さらに中東全体に対してどのような外交政策を示していくのか?政治経験もなくまして外交問題はズブの素人と言われるトランプが大方の予想を裏切って米国大統領に当選して以来、彼には「何をやらかすかわからない」という評価が付きまとっている。

 

 トランプ大統領の中東外交政策を論じる前に彼のこれまでの経歴を簡単に追っておこう。トランプは1946年6月ニューヨーク生まれで現在70歳である。父親はニューヨークの不動産開発事業で財を成し、トランプはペンシルベニア大学卒業後、父親の事業を継いでいる。そして1983年にトランプ・タワーを建設するなど不動産王として富豪への道を突っ走った。1990年ころバブル崩壊で巨額の負債を抱えたが90年代後半には再び「不動産王」として復活した。ところが2007年のサブプライム問題をきっかけにまたまた経営難に陥り2009年にはトランプ・プラザなどリゾート部門が倒産した。このように彼は実業界で激しい浮き沈みを経験している。

 

 そのようなトランプは2000年ころから政治にも興味を示しはじめる。当初彼は二大政党の共和党、民主党いずれにも属さず2000年の大統領選挙ではアメリカ合衆国改革党の候補として大統領選挙に出馬した。しかし党内の対立激化で2月には早々と選挙戦から撤退している。その後は共和党に入党、民主党のオバマ大統領に対する人種差別的発言など一連の過激な発言で注目を浴びるようになり、ついに2015年6月、翌年の大統領選挙に共和党候補として出馬することを表明した。出馬演説の中でメキシコ移民を排除するという破天荒な発言をしたこともあり、良識あるオピニオンリーダーを自認する一流新聞或いはワシントンのセレブな共和党の重鎮たちからは泡沫候補とみなされていた。

 

 しかしトランプはビジネスで培ったしたたかな話術とメディア戦略を駆使し大衆の心をつかんだ。それが彼の標語「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」である。そして彼は大方の予想を覆して本選でも民主党のクリントン候補を破り、ついに第45代米国大統領になったのである。彼の思想のベースにあるのが「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」であり、政治の基本的手法はビジネスで培われたディール(deal)すなわち取引或いは駆け引きであろう。それは外交・内政・議会対策のいずれであるかを問わない。それはオバマ前大統領がことあるごとに振りかざしていた自由、平等といった世界共通と呼ばれる価値観とは異質なものである。ヨーロッパ、アジア、ロシアなど外国政府の首脳たちにとって「アメリカ・ファースト」を掲げ「ディール」で結果を求めるトランプ大統領は極めて厄介な交渉相手に映る。

 

 彼は大統領就任早々TPP(環太平洋経済連携協定)から離脱する大統領令に署名した。民主党政権下で日本など太平洋諸国と血のにじむような多国間交渉の末にやっと作り上げたTPPであったが、米国の利益にならないと信ずるトランプ大統領はあっさりと協定を破棄し、貿易不均衡は二国間交渉で解決すると宣言したのである。それはまさに国益第一の「アメリカ・ファースト」であり、交渉は一対一で行う「ディール」だとするトランプ流である。メキシコとの国境に壁を作り不法移民を阻止するという乱暴極まりない発想、或いは地球温暖化を科学者や環境保護団体の妄言と言い切り、COP21のパリ協定に異議を唱えて温暖化対策の見直しを命じ国内のガスパイプライン建設に許可を出した。

 

 実業界でジェットコースターのような浮き沈みを経験して不動産王となったトランプであるが、トランプ政権を二つのキーワードで表現するとすれば、上記にあげた「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」と「ディール(取引或いは駆け引き)」であろう。

 

 トランプ政権の中東政策もこの二つのキーワードによって読み解くことが肝要と思われる。つまりIS(イスラーム国)或いはアル・カイダなどイスラーム過激派の問題、イスラエル・パレスチナ問題、イラン・イスラーム宗教政権の問題、そしてシーア派イラン対スンニ派王制国家の問題、クルド民族問題等々もその一つ一つの問題が米国の国益に照らし他の国際問題との優先度を天秤にかけて処理することになろう。そして問題の取り組みに際しては多国間(マルチ)としてではなく、米国と当事国の二国間(バイ)の交渉(ディール)で処理することになろう。

 

国家間の交渉は交渉の過程では「対等」であり、交渉の結果は「ギブ・アンド・テイク(譲り合い)」が基本である。しかしトランプにはこれまでの多国間交渉で常に米国が譲ってきたという強い思い込みがある。ビジネスの交渉は二者(バイ)である。ビジネスマン出身のトランプは国家間の交渉を二国間(バイ)により「アメリカ・ファースト」の国益最優先で交渉に臨むつもりである。

 

その場合交渉相手にとって最大の問題は米国が強すぎるということであろう。両者の力関係に天と地ほどの格差があれば交渉そのものが「対等」かつ「ギブ・アン・テイク」になりえないのは自明の理である。米国は交渉の場で相手を威圧し、相手に与える(ギブ)よりも多くのものを得る(テイク)ことになる。米国民はその結果に満足するであろう。しかし交渉の結果が米国の一方的な搾取になっていることに気付かない(或いは気付こうとしない)。このような米国流交渉術が世界に蔓延しそれがデファクト・スタンダード(事実上の標準)になれば「強いもの勝ち」、「勝者総取り」という恐ろしい世界地図が見えてくるのである。そして強き者には驕り、傲慢、蔑視などが生まれ、弱き者にはねたみ、そねみ、ひがみ、憎しみなどが生まれ、両者の対立は先鋭化する。さらに米国(及び西欧)とアラブの関係で懸念すべきは両者のキリスト教とイスラームは共に一神教であり、互いに自分たちが「善」で相手方が「悪」という単純二項対立の宗教観に根付いていることである。勿論良識ある一般国民は平素そのような単純な対立を持ち出さないであろうが、トランプに限らず欧米やアラブの政治家たちは対立を利用して大衆の人気を得ようとする誘惑を捨てきれない。そこには日本の古来の美風「和をもって貴しとなす」の妥協を重んじる精神、或いは「三方一両の損」の大岡裁きの精神は見られない。

 

 それではトランプ政権は中東が抱える多様な問題に対して具体的にどのように取り組んでいくつもりであろうか? イスラエル、エジプト、サウジアラビアなど各国首脳のトランプ大統領との会談、及び国務長官、国防長官の現地訪問を含めて米国と中東諸国との関係を眺めてみよう。

 

(続く)

 

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       荒葉一也

       E-mail; areha_kazuya@jcom.home.ne.jp

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