2017年06月05日

平和の切り札トランプ? 米国中東政策の動向を探る(4)

(注)本レポート1~5は「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で一括してご覧いただけます。
 
http://mylibrary.maeda1.jp/0412TrumpME2017.pdf
 

2017.6.5

荒葉一也

 

3.聖地巡礼を続けるトランプ大統領:エルサレムの「嘆きの壁」で何を祈る?

 トランプ大統領がイスラームの聖地マッカとマディナを擁するサウジアラビアの次に訪れたのはイスラエルである。ここは世界のユダヤ教徒のホームランドであるとともに、キリスト生誕の地であり、さらにイスラーム教徒にとってマッカ及びマディナに次ぐ第三の聖地でもある。特にエルサレムの旧市街、かつてのユダヤ教の神殿の丘にはユダヤ教徒が敬虔な祈りを捧げる「嘆きの壁」があり、丘の上にはイスラームの岩のドームとアル・アクサ・モスクがそびえている。ここは西暦7世紀までローマ帝国によりキリスト教の聖地とされ、7世紀以降イスラームの興隆と共に十字軍とアラブ人が争奪を繰り返した末、12世紀にはトルコ人のイスラーム帝国(オスマン・トルコ)が支配下におさめた。そして第二次大戦後にユダヤ人がイスラエルを建国して今日に至っている。

 

イスラエル建国の結果、父祖伝来の地パレスチナに住み続けていたアラブ人、即ちパレスチナ人の多くが近隣の国に逃れて難民としての過酷な生活を余儀なくされた。先祖の地にとどまった者たちも新しい支配者ユダヤ人入植者のもとで二級市民の扱いを受け続けている。彼らは独立国家の樹立を夢見てイスラエル・パレスチナ二国家共存を訴え続けている。二国家共存論は国連決議として国際世論の支持を得ているものの、世界最強の米国がイスラエルを全面的に支持し、国際世論の声に耳を傾けないことが最大の難問なのである。

 

 それでも平和と平等を標榜するオバマ前政権の時代にはパレスチナに対する一定の理解があった。しかしオバマからトランプへ、民主党から共和党への政権移行により一気に風向きが変わった。その背景にあるのはシリアにおけるイスラーム国(IS)の台頭、それによる大量の難民のヨーロッパ流入及び世界各国で発生したイスラームテロ事件であった。米国ではイスラーム・アラブ諸国に対する嫌悪感が一気に蔓延し、テロの封じ込め、治安の維持が失業問題と並んで大統領選挙の争点になった。911同時多発テロの記憶が未だ消えやらぬ米国民の脳裏にテロ即ちイスラーム原理主義、震源地は中東という図式が刷り込まれた。パレスチナ問題は中東全体の問題の一つにされてしまった。

 

「パレスチナが独立すれば彼らは過激なテロ国家に変身する恐れがある。それは米国が何としても守るべきユダヤ人の国イスラエルを危険に晒すことであり、絶対に容認できない」ということになる。トランプ大統領はイスラエル訪問を前に二国家共存論に対してオールタナティブ(代案)もあり得ると示唆し、また米国大使館のエルサレム移転実現を約束した。大使館の移転は1995年に米国議会で決議されているが、歴代大統領は国際的な影響を考慮して実現を先送りしてきたものである。トランプ大統領はそれを選挙公約に掲げた。

 

嘆きの壁
 5月22日、トランプ大統領はイスラエルを訪問、ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」を訪れた。この時、大統領はネタニヤフ首相が同行することを拒んだ。米国大統領とイスラエル首相が並んで嘆きの壁に手を触れている姿がメディアに流れるとイスラーム国家はこれを見逃すことができない。シーア派イランがここぞとばかり宣伝材料に使うことが目に見えている。スンニ派の盟主を任ずるサウジアラビアも折角溝を埋めたばかりの米国を非難せざるを得ない。取引(ディール)を得意とするトランプ大統領は、ユダヤ教の聖地をネタニヤフと一緒に訪れることが誰の得にもならないと考えたに違いない。

 

 この後、大統領はネタニヤフ首相と会談したが、外部に公表された内容に過激なものは無かった。イスラエル・パレスチナ二国家共存及び大使館のエルサレム移転のいずれについても明確な姿勢を示さず、さらにイスラエルの入植地拡大に抑制を求めることもしなかったのである。しかしこれらは外部に公表された事実だけであり、実際の会談内容とは異なる可能性は高い。両国首脳としては極めて友好的な雰囲気の中で会談を行ったということを世界に印象付けることが最大の目的だったと考えられる。

 

 ネタニヤフ首相にとってはトランプ大統領の力強い言葉さえあれば十分であり、大使館移転のようなギラギラした問題はむしろ有難迷惑であり、入植地拡大を含めてできるだけそっとしておいてほしいというのが本音であろう。現在の世界が考える中東問題とはIS(イスラーム国)やシリア難民の問題であり、パレスチナ問題は関心が薄い。これはイスラエルにとって極めて心地よい状況であり、その間にイスラエルは入植地拡大を既成事実化する魂胆である。将来和平問題の協議が再開された場合、議論の出発点は必ず既成事実化された現状から始まる。イスラエルはこれまでの中東和平の歴史の中でそのことを確信しているはずである。

 

ネタニヤフ首相との会談の翌日、トランプ大統領はパレスチナ自治政府のアッバス大統領(PLO議長)と会談した。こちらはネタニヤフ会談以上に中身の薄いものだった。トランプにとっては中東和平問題の当事者二人に会い自ら和平のイニシアティブをとることを内外に誇示することだけが目的である。歴代の大統領が手を焼いたこの問題は解決が極めて困難であることは誰の目にも明らかである。取引(ディール)が身上のトランプ大統領としては「火中の栗を拾う」ような愚かな真似はしないはずだ。

 

トランプ大統領のイスラエル訪問は世界に向けた政治ショーであったと言えよう。

 

(続く)

 

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       荒葉一也

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