Saudi Arabia

2017年02月02日

(注)本レポート1~4は「マイライブラリー」で一括してご覧いただけます。
http://mylibrary.maeda1.jp/0404DepCrownPrinceMbS.pdf

はじめに

MuhammadBinSalman
 サウジアラビアのムハンマド副皇太子はサルマン国王の七男である[1]
。キング・サウド国王大学を卒業後、父親の補佐役として国防相特別顧問、皇太子府特別顧問を歴任、2015年1月アブダッラー国王死去に伴い父サルマンが第七代国王(兼首相)に即位すると国防相に就任した。1985年8月生まれであるから、国防相就任時は30歳にもなっていない。そして同年4月には副皇太子に即位した。因みに皇太子のムハンマド・ビン・ナイフはサルマン国王の実兄故ナイフ内相の息子である。即ち皇太子と副皇太子の両ムハンマドは従兄同士ということになる。副皇太子は序列では国内No.3であり、王位が順当に継承されれば次の次の国王ということになる。

 

 副皇太子は経済・開発会議議長としてサウジの経済全般の舵取りの役割を負っている。この会議がとりまとめた2030年までの長期国家ビジョン「Saudi Vision 2030」及び2020年までに達成すべき具体的な目標計画「National Transformation Program (NTP) 2020」は、2016年春に閣議決定され、サウジアラビアは現在急激な経済改革の途上にある。

 

 外交についてはサルマン国王が健康不安の問題を抱えているため国賓との会談などを除き大半の実務は副皇太子とテクノクラートである外務大臣の二人三脚で進められてきた。またサウジアラビアの命運を握る石油政策についても国営石油会社アラムコ出身のファリハ・エネルギー大臣と副皇太子が政策の鍵を握っている。

 

 これらのことからわかる通りムハンマド副皇太子は国王の全幅の信頼を得て国防、外交、経済、エネルギーなどサウジアラビアの心臓部を一手に握る立場にあり、これまで2年間、八面六臂の活躍で国内外から大きな期待を寄せられている。

 

 しかし最近になって各分野で多くの問題が表面化している。それは世界(そして中東)の政治・経済情勢のしわ寄せであったり、彼自身が旗を振るビジョン2030、NTP2020の急激な改革によるひずみであったりする。この結果ムハンマド副皇太子は今では八方ふさがりともいえる状況の中にある。

 

 本稿では国防、エネルギー、経済、外交それぞれについてその現状と副皇太子が抱える問題について分析を試みる。

 

 

1.国防篇:泥沼にはまったイエメン内戦介入

2011年の「アラブの春」はイエメンにも波及、長期独裁政権を誇っていたサーレハ大統領(当時)がサウジアラビアの仲介により退陣、ハーディー副大統領が大統領に就任して紛争は終息するかに見えた。しかしながら、北部一帯を支配する武装勢力でスンニ派の一派ザイド派のフーシがイランの支援を受けて蜂起した。さらにサウジから帰国したサーレハ前大統領がこれに合流して2014年には首都のサナアを占領するまでになった。ハーディー政権は紅海沿岸のアデンに逃れたが、フーシ・サーレハの連合勢力に押しまくられ、加えて南部ではスンニ派過激組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」が暗躍、国内平定どころか自身の存続すら危うい状況になった。

 

見かねたサウジアラビアは2015年3月、アラブ連合軍を結成して反政府勢力の空爆に踏み切った。サウジにとっては長い国境を接するイエメンが不安定化すればサウジ国内の治安も悪化し、サウド家にとって由々しき事態になる。しかしサウジ一国だけの介入では内政干渉と批判される。そこでUAEなど利害を共有するGCC諸国や金で言うことを聞くスーダンなど貧しい北アフリカ諸国を巻き込んで紛争に介入した。介入の理由は反政府勢力をテロリスト集団と断定、ハーディ政権の対テロ活動を支援するという名目である。最近の中東ではISやアルカイダだけでなく、シーア派など敵対勢力にテロリストのレッテルを貼ることがもっぱらである。政府勢力が反政府勢力をテロリスト呼ばわりするだけでなく、逆にシリア内戦のように反政府勢力がアサド政権をテロリストと決めつけることもある。それぞれの政治勢力が敵対勢力を「テロリスト」と呼ぶことで自己を正統化する手段に使っているのである。

 

一般認識としてはテロリスト=イスラーム過激派原理主義者であり、実はサウジアラビアの国教であるワッハーブ派は典型的な原理主義(スーフィズム)である。そのため西欧諸国ではサウジアラビアとイスラーム過激主義を同一視し、その文脈でサウジアラビアこそがテロリストの温床であるとする根強い固定観念がある。従ってサウジ政府がテロリスト撲滅を声高に呼びかけても諸外国はサウジの主張を眉唾とみなすほどである。世界のテロ共同作戦の中でサウジアラビアは孤立している。

 

目をイエメン国内に向けると、シーア派国家イランの支援を受けたフーシはハーディー政権に対して優位に戦っており、また国境を接したサウジアラビアに向けて度々ロケット砲攻撃を行っている。サウジアラビアにとってフーシ勢力の脅威はイラク・シリアのIS(イスラム国)以上に大きい。イエメン内戦は今やサウジアラビアとイランの代理戦争の様相を呈している。アラブ連合軍を率いるサウジアラビアはあたかもベトナム戦争における米国のような泥沼状態に陥っている。拡大する空爆により民間人の犠牲も増え、国際人権団体からはサウジアラビアに対する非難の声が高まっている。

 

サウジ国内では言論統制が厳しく反戦の声は聞こえない。殆どのサウジ人は今もオイルブームのバブルの余韻に浸っており、隣国イエメンの内戦には無関心である。サウジ政府は福祉ばらまき行政を続け国民の不満を抑えることに腐心している。しかし、これまで湯水のごとく使っていたオイルマネーは石油価格の下落により急激に細っている。その一方戦費はますます膨れ上がっている。サウジアラビアの財政は急速に悪化しているのである。

 

しかしムハンマド副皇太子はイエメン内戦からの出口を見つけることができない。わずか30歳そこそこで軍隊経験の全くない温室育ちの王子にイエメン空爆の戦略と戦術は期待できない。最近の彼は国防相でありながら、兵士激励のための前線訪問のニュースもない。昨年3月以降6月のクウェイトでの停戦会談を含め幾度となく和平協議が行われているが、そこにはイニシアティブをとるべきムハンマド副皇太子の姿は見られない。そして両勢力の停戦も長続きせず泥沼の内戦は今も果てしなく続いている。

 

彼が国防相の任にあらずと見られても致し方ない状況なのである。それはとりもなおさず父サルマン国王の任命責任でもあろうが、自身の健康に問題を抱えている国王は最重要ポストである国防相をムハンマドに任せるしかないとも言えそうである。国王には宇宙飛行士の経験のあるスルタン王子或いは空軍パイロットとしてシリア空爆に参加しているハリド王子のように多少とも軍隊経験のある息子がいるが、いずれも国防相の任に堪えないのであろう。サルマンには13人の息子がいるが、これまでの経歴を見る限り、彼は息子たちの教育に失敗し、頼れるのはムハンマドただ一人のようである。勿論それとてムハンマドが傑出して有能というのではなく、他の息子たちと比較した結果でしかないのかもしれない。

 

(続く)

 

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       荒葉一也

       E-mail; areha_kazuya@jcom.home.ne.jp

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[1] サルマン国王家々系図参照:http://menadabase.maeda1.jp/3-1-7.pdf 



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2011年09月07日

(注)本シリーズ(1)~(6)は「前田高行論稿集:マイライブラリー」で一括してご覧いただけます。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0197SaudThreeFamilies.pdf


5. 鍵を握るバイ・プレーヤー:サルマン家、ファイサル家、ファハド家、タラール家
(1)サルマン家:兄の腰巾着でメッキのはげたサルマン州知事
(家系図http://members3.jcom.home.ne.jp/maeda1/3-1-7SalmanFamily.pdf 参照)
 サルマンはアブドルアジズ初代国王の25番目の息子であり、スデイリ7人兄弟の6番目である。1936年生まれの彼は1962年以来39年にわたり首都リヤドの州知事の地位にあり、13州の知事の中では在任期間が最も長い。彼がかくも長く州知事を務めることができたのはひとえに長兄の故ファハド第5代国王や次兄スルタン(現皇太子)或いは4番目の兄ナイフ内相のバックアップによるものと言える。


 彼はかなり以前は後継国王の有力候補とされていたが最近ではあまり下馬評にあがらなくなった。既に75歳の高齢であることが主な理由だが、リーダーとしての彼の資質にも問題があると筆者は考えている。サルマンは人格温厚で慈善活動に熱心なことで知られている。しかし2000年前後から州知事としての行政能力に加えテロ組織に対する資金供与疑惑が問題視されるようになった。2003年から2004年にかけてリヤドで国際テロ組織アル・カイダによるテロ事件が相次いで発生したが、事件を鎮圧したのは兄ナイフ内相であった。治安対策は内務省の管轄であるとはいえ、首都でテロ事件が頻発したことは州知事の能力を問われる問題であり、もし民選知事であれば更迭されていたに違いない。サルマンの責任が追及されなかったのは兄のファハド(2005年死亡)、スルタン、ナイフが尻拭いをしたからである。


 一方テロ組織に対する資金援助問題についてはサルマン主宰の慈善団体が寄付金の資金洗浄(マネーロンダリング)に利用されたとの疑惑が外国、特に米国から提起された。サルマンの3男アハマド王子が2002年に死亡した時、詳しい死因が公表されなかったため9.11事件に関係しているとの噂が流れたほどである。サルマンやアハマドがテロ組織への資金援助或いは資金洗浄に直接関与したかどうか真実は闇の中であるが、温厚さと優柔不断はコインの裏表であり、人の好さを利用されサルマンが問題に関与し或いは関与させられたのかもしれない。


 サルマンは兄達に頭が上がらないブラザー・コンプレックスがあると考えられる。彼は兄が外国で手術や療養をする場合、知事の公務を差し置いてでも兄の見舞いにかけつけた。健康を害したファハド(当時国王)がスイスで療養した時、サルマンは兄の病床に付き添い、またスルタンがニューヨークで手術後モロッコで静養した時もサルマンは長期間にわたりリヤドを留守にした。いずれのケースもサルマンは兄の腰巾着となり自己の延命を図ったと見られる。


 サルマンには10人の息子がある。そのうち長男のファハドは不節制による心臓病で2001年に亡くなり、三男のアハマドもその翌年上述の通り疑惑の中で死亡している。次男のスルタンはアラブ初の宇宙飛行士として有名であり、現在は政府の観光促進機関STCのトップを務めている。政府は観光促進に力を入れているが王族のポストとしてはアブダッラー、スルタン、ナイフの息子達に比べ格下と言わざるを得ない。4男で石油省次官のアブドルアジズはかつて日本のアラビア石油の利権延長交渉で派手なパフォーマンスを示したが、交渉は決裂し両国間に大きなしこりを残す結果となりそれ以来彼は石油省次官としては影の薄い存在になっている。


 サルマン一族はかつてSharq Al-Awsat, Arab Newsなど有力紙の発行元SRMGのオーナーとしてスデイリセブンやサルマン家をPRしていたが、経営に失敗しグループは現在富豪の王族アル・ワリード王子がオーナーである。サルマンの5男ファイサル王子はSRMG会長に納まっているが実権は無い。このようにサウド家の中でのサルマン一族の存在感は薄まりつつある 。

 (2)ファイサル家:外交とビジネスを両立させるユニークな家系、第三世代の高齢化が問題
(家系図http://members3.jcom.home.ne.jp/maeda1/3-1-9AlFaisalFamily.pdf 参照)
 第三代ファイサル国王の家系は「Al Faisal(ファイサル家)」と称されている。現在の王族は全て名前の最後に「Al Saud(サウド家)」が付けられているが、ファイサル家だけは独立した呼称が認められサウド家の中でも特別な存在感を示している。


 ファイサル家は国政(特に外交)とビジネスの両方に軸足を置くユニークな一族である。国政はハヤ王妃の息子のハーリド王子(1940年生)がマッカ州知事であり、イファット妃の息子サウド(1941年生)が外相である。サウドは1975年以来36年間にわたり外相をつとめ外交では彼の右に出る者はいないほどの実力者である。またサウドの同母弟トルキ王子(1945年生)は中央情報局長官、駐英大使及び駐米大使を歴任している。但し駐米大使はバンダル(スルタン皇太子の息子)の22年間と言う超長期の在任期間に比べ、後任のトルキはわずか1年半であった。彼が短期間で辞めた理由は明らかではないが、中央情報局長官の在任時期と国際テロ組織アルカイダの暗躍及び9.11テロ事件が重なっていることと関係があるのかもしれない。


 ファイサル家の中ではスルタナ王妃の系統がビジネス界で活躍している。一人息子のアブダッラー(2007年死亡)はAl-Faisaliyah Groupを創設、ソニーなど有力外国企業の総代理店として同グループを国内有数の企業集団に育て上げた。グループは現在アブダッラーの子供や孫に引き継がれている。


 ファイサル家では既にサウド外相、ハーリド・マッカ州知事など第三世代が中核であるが、サウドとハーリドは共に70歳を超えており、第二世代のサルマンなどとほぼ同じ高齢である。サウド外相はアブダッラー国王に重用されており有力な後継国王候補とみなす向きもあるが、高齢に加え脊椎の手術を受ける(2009年9月)など健康に不安がある。彼自身も引退をほのめかしており後継者レースに加わっていないと見られる。実弟のトルキも駐米大使退任後は鳴りをひそめておりファイサル家のメンバーが後継者争いに加わる見込みは少ない。結局ファイサル家を代表して後継者選出の「忠誠委員会」メンバーとなっているハーリドが長老格のご意見番として後継者指名で存在感を示すのかもしれない。


(続く)


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2010年11月23日

(注)本レポートは「マイライブラリーに一括掲載されています。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0162SaudRoyalFamily2010.pdf

3.権力の世襲を進める第二世代
 ベドウィンの部族社会を基盤とする湾岸GCC諸国はかつては自らの力で権力を奪取することが普通であった。アブドルアジズ初代国王が宿敵ラシード家を倒し、アラビア半島全域を武力制圧したことはよく知られている 。オマーンのカブース現国王或いはカタールのハマド現首長が宮廷クーデタで実の父親から権力を奪ったのはいずれもごく最近のことである。

 しかし近年はこのような下剋上による宮廷クーデタの動きは影をひそめ、権力の座を平和裏に継承するルールが生まれつつある。サウジアラビア以外のGCC諸国では国王或いは首長の子息(通常長男)を皇太子に指名し自分の死後王位を継がせる、いわゆる「直系長子世襲制」が一般的になりつつある。しかし第二世代に異母兄弟の多いサウド家では系統を一本化する機運は熟していない。

 後継争いをめぐるお家騒動を避けるためアブダッラー国王は2006年に「忠誠委員会」を設置した。委員会はサウド家の第二世代の王子全員(王子が故人の場合はその子息)が関与しており、後継者選びにおける一族内の平等の原則が保持されている。これはファハド前国王がスルタン、ナイフ、サルマンなど同母の弟を重用した弊害を避けるためと考えられる。

 この結果、最近では王位と言う最高権力の争奪をめぐる合従連衡の動きは表向き見られない。その反面、第二世代には自己の保有する権力を息子(第三世代)に世襲させる動きが顕著になってきた。アブダッラー国王が最初の入院直後に自らが兼務していた国家警備隊最高司令官の地位を3男のムッテーブに譲ったことはその例である 。この人事異動では国王は副司令官で異母弟のバドル王子の職を解いている 。これは息子の司令官としての地位を盤石にするためと言えよう。一方、数十年にわたり大臣の地位を保っているスルタン国防相やナイフ内相もそれぞれ息子を国防相副大臣(ハーリド)や内相補(ムハンマド)に任命しており、いずれ大臣の地位を譲るつもりであることは間違いないであろう。(図「サウド家王族の閣僚・政府要人」http://members3.jcom.home.ne.jp/maeda1/3-1-1MinisterAndProminentPrince.pdf参照)
 
このような動きは将来国王が交代しても現在自らが掌握している組織の勢力を温存しようとする第二世代の王族の思惑だと考えられる。

4.予測される当面の動き
 アブダッラー国王の後継国王にスルタン皇太子が即位すること既定路線である。スルタン即位後に「忠誠委員会」により次期皇太子が選任される訳である。これまでポスト・スルタンとして何人かの王族の名が下馬評にのぼっているがいずれも決定打に欠く。

 サウド家はベドウィンの伝統である「話し合い(マジュリス)」を尊重する。そのため王子達はたとえ王位に対する野心があったとしても、公然と名乗りを上げることはない。「忠誠委員会」の構成メンバーは同母兄弟、異母兄弟の第二世代、そして彼らの息子達の第三世代など複雑に入り組んでおり、舞台裏で秘密裏に多数派工作に動けば、他の王族から顰蹙を買いむしろ逆効果になる恐れもある。

 これらの事情を勘案すると、第二世代(或いはその遺児の第三世代)の王族は、当面、状況の推移を静観しつつ現在自己の保有する地位を息子達に継承し、来るべき権力交代時に備えるものと思われる。

 一つ気がかりな点は国王不在中に実質的な采配を振るうスルタン、ナイフ及びサルマンの同母3兄弟が後継者問題に何らかの手を打つ可能性が潜んでいることである。彼ら自身は全員高齢で健康問題を抱えている。そのためいずれかの家系(例えばスルタン家)の第三世代を次期皇太子とし、他の湾岸諸国のように「直系長子世襲制」を導入する可能性も否定できない。ただこの場合、皇太子の座を巡って三家系の第三世代の王子たち(つまり互いが従兄同士の関係である)の間に軋轢が起こるかもしれない。それ以上に非スデイリ系統の29人の忠誠委員から強い反発の出ることが予想される。

王族が当面は事態を静観し、自己の権力基盤の補強に努めるのではないかと書いたのはそのような意味も含めてのことである。

以上

(前回の内容)
1.国王、脊椎痛治療のため米国へ
2.皇太子ほかの王族閣僚にも健康不安


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2010年11月22日

(注)本レポートは「マイライブラリーに一括掲載されています。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0162SaudRoyalFamily2010.pdf

1.国王、脊椎痛治療のため米国へ
 イスラム最大の行事でありサウジアラビアにとって最も重要な宗教行事であるハジ(マッカ巡礼)が最高潮に達した11月12日の金曜日、リヤドのRoyal Court(王宮府)から「アブダッラー国王が腰痛治療のため入院する」との突然の発表があった 。既に7月頃から国王の執務ペースがダウンしており、サルコジ仏大統領との会談が二度にわたって延期されるなど、その健康状態が懸念されていた 。その週の閣議は第二副首相のナイフ内相が首相である国王に代わって取り仕切っており(第一副首相のスルタンもモロッコで静養のため不在ー後述)、また国王恒例のマッカ視察もナイフが代行した。国王の病状は生命にかかわるようなものではなく、数日後のイード(ハジ明け)祝日には、王宮で来訪客と歓談する国王の様子が写真入りで報道された 。しかし客人に対して、立ったまま挨拶を受けることができず申し訳ない、と述べたとも伝えられ 、19日に国王は再度入院を余儀なくされた 。

 そのわずか2日後の昨日(日曜日)、今度は国営通信SPAが、治療のため国王が今日(22日)米国へ向かうと発表、同時にモロッコで静養中であったスルタン皇太子が日曜日に帰国したことを伝えた 。種々の報道を総合すると、脊椎の椎間板に滞留した凝固血液により国王は激しい痛みを覚えるようである。 アブダッラー国王の米国での治療期間がどの程度になるか今のところ不明である。その間の国政はスルタン皇太子及びナイフ第二副首相が代行することになるが、後述するように両名とも病歴があり、特に皇太子は昨年1年近く米国で治療し(病名は発表されていないが癌説が流れている )、年末に帰国後もメディアに顔を出すことが少なく、静養と称して8月以来3カ月以上モロッコのアガディールに滞在中だった。彼は自分が管轄する航空国防省のジェッダ空港拡張工事契約を滞在先のモロッコで署名するなど、執務に支障のない程度に健康を回復したようであるが、もし今回のことがなければまだ当分の間は帰国しなかったのではないかと思われる。

サウジアラビアの王位はこれまでいずれも国王の死去に伴って皇太子が新国王に即位しており、健康不安による生前退位と言う前例が無い。従って当面は現体制のまま執務は比較的健康なナイフ第二副首相を中心に行われることになろう。しかし1923年生まれ(1924年説もある)の国王は今年87歳の高齢であり、政権交代の時期が迫っていることは間違いない。

2.皇太子ほかの王族閣僚にも健康不安
 皇太子であるスルタンは癌の疑いがあると言われ(上述)、アブダッラー以上の健康問題を抱えている。彼の年齢は公式には79歳とされているが 、実際は国王より数歳若いだけの80台半ばと見られる。彼は一昨年末にニューヨークで手術を受け、帰国したのはほぼ1年後の昨年末であった 。帰国後も病状に改善は見られず、8月に静養の為モロッコに出国したことは上に述べた通りである。

 今年77歳になるナイフ第二副首相兼内相は現在王族閣僚の中では比較的健康であり、国内のアル・カイダ系テロ組織摘発に辣腕をふるっているが、やはり昨年治療を受けたと伝えられている(病名不詳) 。またスルタン、ナイフの同母弟で俗に「スデイリ・セブン(スデイリ妃の7人の息子達)」の一人であるサルマン・リヤド州知事(73歳)は8月に米国で手術を受け、その後国外で療養中であった。ここ数年リヤド州の実務は副知事のサッターム王子が代行していたが、事態が急変したため今回急遽帰国したようである。

さらにサウド外相も健康に不安を抱え昨年9月に脊椎の手術を受けている 。サウド外相は第三代ファイサル国王の子息であり、国王、皇太子等の第二世代に対していわゆるアブドルアジズ初代国王の孫である第三世代に属する。しかし第三世代とは言え彼自身既に69歳であり決して若いとは言えない。このように現在権力の中枢にいるサウド家の王子たちはいずれも高齢に加え健康に問題がある。王位継承問題が現実の問題となる日が近づいていることは間違いないようである。
(図「アブドルアジズ初代国王の王妃とその子息たち」http://members3.jcom.home.ne.jp/maeda1/3-1-3bSonsOfAbdulazizByWife.pdf 参照)

(続く)

3.権力の世襲を進める第二世代
4.予測される当面の動き

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2009年06月14日

 アラブの大富豪といえども世界の金融危機と無関係ではいられないようである。4月19日の本ブログ「アラブの大富豪は健在」で、彼らは借金とは無縁でありロシアやインドの富豪のように深傷を負うことも無く健在である、と書いたが、ついに破綻する者が現われた。大富豪健在云々は一部のアラブの富豪には通用しなかったことを潔く認めて訂正しなければならない。

al-sanea.jpg
 先月末、サウジアラビア通貨庁(SAMA)は同国の実業家Maan Al-Sanea(写真)とその家族の預金口座を凍結するよう国内の銀行に通達した 。東部アルコバールを拠点に不動産事業などを幅広く経営し、一代でSaad Tradingを中核とする巨大な企業集団を築き上げたAl-Saneaは、米Forbes誌の世界富豪番付で97位にランクされる著名な実業家である。そして彼と関係の深い名門財閥Ahmad Hamad Al-Gosaibi & Brothers(AH Algosaibi)も連鎖倒産の瀬戸際に立たされている(注)。

(注)Al-Saneaの妻はGosaibi一族の女性である。なおGosaibi一族にはAH Al-Gosaibiグループのほかアラムコの下請、食品流通業等を行なうKhalifa A. Algosaibiグループがあるが、両者には直接の資本関係はない。
 
Al-Sanea及びAH Algosaibiはサウジアラビア以外の湾岸諸国でも手広く事業を行なっているため、信用不安はクェイト、バハレーンなどにも波及している。今月7日にはクウェイト中央銀行が国内の各行に両社との取引を凍結する命令を出した。クウェイト国内銀行に対する両社の負債は7億5千万ドル以上と報じられている 。バーレーンでは取引関係の深いAwal Bank及びAH Algosaibiの子会社であるThe International Banking Corporation(TIBC)が既に負債整理に着手しており、最近ではBankMuscat Internationalも信用不安に晒されている 。

 クウェイト出身の52歳のビジネスマンであるA-Saneaは、元サウジ空軍のパイロットと言われている。彼はサウジアラビアがオイルブームに沸いた1980年代にアルコバールにSaad Tradingを創設、アラムコ(現サウジアラムコ)社の各種施設建設などで財を築き、その後金融業にも手を広げた。住宅建設を得意とするSaadグループはオアシス・コンパウンドなどいくつかの外国人専用の高級複合居住施設を建設している。オアシス・コンパウンドは2004年に過激派テロの襲撃に遭い22名の死者を出したことで有名である。

中東の経済専門誌MEEDによれば 、2007年末のSaadグループの資産は、投資用150億リアル、、現金129億リアルなど総額448億リアル(約120億ドル)であり、グループの従業員数は11,000人、その事業範囲はアラビア半島全域に及んでいる。同社は2007年に格付け会社Moody’s及びS&P社から格付けを受けたが、これは非上場の同族企業としては初めてのことであり、同社ホームページではそのことが誇らしげに言及されている。

 SaadグループのオーナAl-Saneaは、自他共に認めるサウジアラビアを代表するビジネスマンであり、Forbes誌が毎年発表する世界大富豪番付の常連である。一昨年巨大銀行が金融不安に見舞われたとき、彼はクウェイトやアブダビの政府系ファンド(SWF)と歩調を合わせ、英国のHSBC(旧香港上海銀行)の株式3.1%を取得した実績を有する。昨年のForbes誌番付では彼の資産総額は81億ドルで世界112位の富豪に位置づけられていた。今年度は75億ドルで97位である。世界を襲った不況の影響で彼の資産も6億ドル減少したが、逆に順位は112位から97位に上がっている。このことは株価下落で世界中の大富豪が大幅に資産を減らした中で、Al-Saneaは被害が少なかったことを意味している。

 一代で財を成したAl-SaneaがForbes誌常連の世界的大富豪とされ、また非公開の同族企業である彼のSaadグループがMoody’s及びS&Pから格付けを受けた、という事実に我々は眼を奪われたようである。筆者は著書「アラブの大富豪」の中で「自分の財産を明かさず、またその財産をどのように運用しているかも明かさないのが古今東西の金持ちに共通した姿勢である。」と述べた 。湾岸産油国の老舗財閥企業と大富豪たちはAH AlgosaibiやAl-Saneaと似たり寄ったりで、実態はベールに包まれている。今後、第二、第三のAH Algosaibi或いはAl-Saneaが現われないとは限らない。

以上

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maedat@r6.dion.ne.jp


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