2007年12月
2007年12月23日
(注)HP「マイ・ライブラリー」に「湾岸産油国のSWFシリーズ」が一括掲載されています。(2010.1.6付記)
5. アブダビの政府系ファンド
(1)わかりにくいUAEの政府系ファンド
アブダビはアラブ首長国連邦(UAE)を構成する七つの首長国の一つである。UAEにはアブダビの他に有力な首長国として近年目覚しい経済発展を遂げているドバイ首長国があり、国際的にはむしろドバイの知名度が高い。しかしUAEの国家財政のほとんどはアブダビ首長国の石油収入でまかなわれている。UAEでは外交、軍事、治安等は連邦政府の直轄事項となっているが、その他の内政一般、経済等では連邦を構成する各首長国に多くの裁量権が与えられている。経済力ではアブダビとドバイが傑出しており、他の5つの首長国の経済開発はアブダビ及びドバイに依存しているのが現状である。この結果、現在のUAEにはアブダビとドバイの両首長国の「政府系ファンド(SWF)」と呼ばれるものが並存している。
このうちアブダビでは既に第一次オイルショック後の1977年に石油の余剰収入を運用する「アブダビ投資庁(ADIA)」が設立されており、これはクウェイト投資庁についでGCCの中では二番目に古いSWFである。この時ADIAとNational Bank of Abu Dhabiは折半出資で投資会社Abu Dhabi Investment Companyを設立している。さらにアブダビには石油及び石油化学分野を投資対象として1984年に設立された「国際石油投資会社(IPIC)」がある。
これに対してドバイの場合は、不動産開発投資会社としてIstismarが2003年に設立され、さらに翌年同社を含む複数の投資会社を統括するDubai Holding、そして2006年にはDubai Worldが設立されている。Dubai Holding及びDubai WorldはドバイのSWFと位置づけることができるが、石油を殆ど生産しないドバイではこれらSWFの資金源はアブダビ、サウジアラビア、カタルなどの周辺産油(ガス)国から流れ込むオイルマネーである(ドバイのSWFについては次回で触れる)。このようにUAEでは成り立ちや性格の異なるSWFが並存している状況なのである。
(2)2007年の新しい動き - SWF統合の兆しか?
UAEのSWFをさらに解りにくくしているのが、今年になってからのSWF統合とも言えるいくつかの動きである。まず6月にアブダビ投資庁(ADIA)から分離し国内及びGCC域内への投資を主眼とする「アブダビ投資評議会(ADIC)」が設立され、ADIAが有するAbu Dhabi Investment Co.(上述)の株式はADICに移管された。また7月にはUAE連邦政府の投資機関として「Emirates Investment Authority (EIA)」が設立されている。ADICのADIAからの分離独立は、一見統合と矛盾するようであるが、これはむしろアブダビを支配するナヒヤーン首長家王族の系譜で推測することができる。即ちADIA及びADICの会長はハリーファUAE連邦大統領兼アブダビ首長であり、EIAの会長シェイク・マンスールはアブダビ皇太子シェイク・ムハンマドの実弟である。これに対してADIAの専務理事シェイク・アハマドはハリーファ、ムハンマド、マンスールとは異母弟の関係である。
ハリーファ首長には実の兄弟が無く本人の性格もおとなしいと言われ、これに対してムハンマド皇太子は活発でリーダーシップを発揮する性格である。彼は6人兄弟の長兄であり、首長以下19人もの異母兄弟がいるハリーファ家の中で隠然たる勢力を有している。同皇太子は同じような性格のムハンマド・ドバイ首長と息が合うようであり、これまでとかくの噂がたてられてきたアブダビとドバイの不仲が改善されたのは両ムハンマドのおかげであると言われている。最近のADIAによるシティ・グループ救済融資の影にムハンマド・ドバイ首長の影がある、とする報道も見られるほどである。
このように見ると今後アブダビではムハンマド皇太子を軸にSWFの再編が行われ、さらに両ムハンマドによりUAE連邦政府レベルのSWF統合が進められると推測することができる。石油に裏打ちされた豊富な資金力を有するアブダビと国際金融のノウハウを持つドバイが結託すれば、湾岸地域はおろか世界的なSWFとなることは間違いないであろう。
以上はあくまで推測である。取り敢えず本稿では現在独立して運営されているADIA、IPICの二つのSWFについてその概要を述べることとする。
(3)アブダビ投資庁(ADIA)の概要
(写真はADIA本部)
ADIAは1977年に設立され、現在の会長はハリーファUAE大統領兼アブダビ首長(故ザーイド大統領長男)であり、専務理事はシェイク・アハマド(故ザーイド首長11男)である。
運用資産の規模は非公開であるが、8,750億ドル程度とする見方が多い(Wikipedia, MEED, モルガン・スタンレーなど)。その他には6,250億ドル(Standard & Chartered), 5,000-8,750億ドル(日経)、5,000億-1兆ドル(在UAE日本大使館HP)などの数字も見受けられる。最近のファンドの成長は年率10%に達する(Wikipedia)。
投資内容は、株式50-60%、債権20-25%、不動産5-8%、プライベートエクイティ5-8%、その他5-10%。ファンドマネージャーに委託したポートフォリオ投資が過半を占め、全体としては米国への投資が多く、日本向け投資はおよそ400億ドルと言われている(在UAE日本大使館HPより)。
最近ではサブプライムローン問題で多額の損失を出したシティグループに75億ドル出資している。これはシティがADIAに対して年利11%の有価証券を発行し、2010年3月以降、4段階にわけて普通株に転換する、というものである。シティによればADIAの出資比率は4.9%を超えず、またADIAが役員を送り込むなど経営に関与することは無いとのことである。
(4)国際石油投資会社(IPIC)の概要
1984年設立。会長は故ザーイド前首長13男シェイク・マンスール大統領官房大臣(EIA会長、ムハンマド皇太子実弟)。アブダビ国外の石油、石油化学分野を投資対象としている。資産規模は非公開であり13.5億ドル(在UAE日本大使館HP)或いは2.5-5億ドル(05/8/25 Khaleej Times)等の諸説があり、また投資総額は100億ドルと推定される(日経07/09/19)。
IPICの投資先はデンマークのBorealis(65%)、オーストリアのOMV(17.6%)、スペインのCEPSA(25%)などヨーロッパの石油・ガス・石化企業のほか、最近では極東での投資活動を活発化させており、韓国の現代石油(70%)、台湾のCPC(25%)などに出資している。
日本では07年9月にコスモ石油の約20%の株式を第三者割り当てで取得することに合意した。コスモ石油はこれに伴いIPICから2名の社外取締役を受け入れるとともに、豪州での油田開発などアジアでのIPICとの提携関係を強める意向を示している。
(その5:完)
Part III:「中東から日本、そして日本から中東へ。湾岸SWFが開く新シルクロード」(全7回)
その7:日本と湾岸SWFが拓く新シルクロード
その6:湾岸SWFが日本へ進出する場合の問題点
その5:湾岸SWFの日本への誘致
その4:根強いアラブ・イスラム・アレルギー
その3:湾岸統治者のシグナル:ルック・イースト
その2:実務を牛耳る欧米金融マン
その1:日本にも姿を現した湾岸SWF
Part II:「投資国(Investor)と受入国(Recipient)」(全6回)
その6:投資国と受入国による新秩序の模索
その5:InvestorとRecipientに分かれる湾岸産油国
その4.投資国と受入国の双方の主張
その3:湾岸SWFと米国との歴史的関係(3):米巨大銀行への資金注入(サブプライム問題)
その2:湾岸SWFと米国との歴史的関係(2):緊張時代(9.11テロ事件以降)
その1:湾岸SWFと米国との歴史的関係(1):蜜月時代(9.11テロ事件まで)
Part I:「湾岸産油国の政府系ファンドを探る」(全6回)
その6:ドバイの政府系ファンド
その5:アブダビの政府系ファンド:ADIAとIPIC
その4:サウジアラビアの政府系ファンド:サウジ通貨庁と年金庁
その3:クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに
以上
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maedat@r6.dion.ne.jp
5. アブダビの政府系ファンド
(1)わかりにくいUAEの政府系ファンド
アブダビはアラブ首長国連邦(UAE)を構成する七つの首長国の一つである。UAEにはアブダビの他に有力な首長国として近年目覚しい経済発展を遂げているドバイ首長国があり、国際的にはむしろドバイの知名度が高い。しかしUAEの国家財政のほとんどはアブダビ首長国の石油収入でまかなわれている。UAEでは外交、軍事、治安等は連邦政府の直轄事項となっているが、その他の内政一般、経済等では連邦を構成する各首長国に多くの裁量権が与えられている。経済力ではアブダビとドバイが傑出しており、他の5つの首長国の経済開発はアブダビ及びドバイに依存しているのが現状である。この結果、現在のUAEにはアブダビとドバイの両首長国の「政府系ファンド(SWF)」と呼ばれるものが並存している。
このうちアブダビでは既に第一次オイルショック後の1977年に石油の余剰収入を運用する「アブダビ投資庁(ADIA)」が設立されており、これはクウェイト投資庁についでGCCの中では二番目に古いSWFである。この時ADIAとNational Bank of Abu Dhabiは折半出資で投資会社Abu Dhabi Investment Companyを設立している。さらにアブダビには石油及び石油化学分野を投資対象として1984年に設立された「国際石油投資会社(IPIC)」がある。
これに対してドバイの場合は、不動産開発投資会社としてIstismarが2003年に設立され、さらに翌年同社を含む複数の投資会社を統括するDubai Holding、そして2006年にはDubai Worldが設立されている。Dubai Holding及びDubai WorldはドバイのSWFと位置づけることができるが、石油を殆ど生産しないドバイではこれらSWFの資金源はアブダビ、サウジアラビア、カタルなどの周辺産油(ガス)国から流れ込むオイルマネーである(ドバイのSWFについては次回で触れる)。このようにUAEでは成り立ちや性格の異なるSWFが並存している状況なのである。
(2)2007年の新しい動き - SWF統合の兆しか?
UAEのSWFをさらに解りにくくしているのが、今年になってからのSWF統合とも言えるいくつかの動きである。まず6月にアブダビ投資庁(ADIA)から分離し国内及びGCC域内への投資を主眼とする「アブダビ投資評議会(ADIC)」が設立され、ADIAが有するAbu Dhabi Investment Co.(上述)の株式はADICに移管された。また7月にはUAE連邦政府の投資機関として「Emirates Investment Authority (EIA)」が設立されている。ADICのADIAからの分離独立は、一見統合と矛盾するようであるが、これはむしろアブダビを支配するナヒヤーン首長家王族の系譜で推測することができる。即ちADIA及びADICの会長はハリーファUAE連邦大統領兼アブダビ首長であり、EIAの会長シェイク・マンスールはアブダビ皇太子シェイク・ムハンマドの実弟である。これに対してADIAの専務理事シェイク・アハマドはハリーファ、ムハンマド、マンスールとは異母弟の関係である。
ハリーファ首長には実の兄弟が無く本人の性格もおとなしいと言われ、これに対してムハンマド皇太子は活発でリーダーシップを発揮する性格である。彼は6人兄弟の長兄であり、首長以下19人もの異母兄弟がいるハリーファ家の中で隠然たる勢力を有している。同皇太子は同じような性格のムハンマド・ドバイ首長と息が合うようであり、これまでとかくの噂がたてられてきたアブダビとドバイの不仲が改善されたのは両ムハンマドのおかげであると言われている。最近のADIAによるシティ・グループ救済融資の影にムハンマド・ドバイ首長の影がある、とする報道も見られるほどである。
このように見ると今後アブダビではムハンマド皇太子を軸にSWFの再編が行われ、さらに両ムハンマドによりUAE連邦政府レベルのSWF統合が進められると推測することができる。石油に裏打ちされた豊富な資金力を有するアブダビと国際金融のノウハウを持つドバイが結託すれば、湾岸地域はおろか世界的なSWFとなることは間違いないであろう。
以上はあくまで推測である。取り敢えず本稿では現在独立して運営されているADIA、IPICの二つのSWFについてその概要を述べることとする。
(3)アブダビ投資庁(ADIA)の概要
(写真はADIA本部)
ADIAは1977年に設立され、現在の会長はハリーファUAE大統領兼アブダビ首長(故ザーイド大統領長男)であり、専務理事はシェイク・アハマド(故ザーイド首長11男)である。
運用資産の規模は非公開であるが、8,750億ドル程度とする見方が多い(Wikipedia, MEED, モルガン・スタンレーなど)。その他には6,250億ドル(Standard & Chartered), 5,000-8,750億ドル(日経)、5,000億-1兆ドル(在UAE日本大使館HP)などの数字も見受けられる。最近のファンドの成長は年率10%に達する(Wikipedia)。
投資内容は、株式50-60%、債権20-25%、不動産5-8%、プライベートエクイティ5-8%、その他5-10%。ファンドマネージャーに委託したポートフォリオ投資が過半を占め、全体としては米国への投資が多く、日本向け投資はおよそ400億ドルと言われている(在UAE日本大使館HPより)。
最近ではサブプライムローン問題で多額の損失を出したシティグループに75億ドル出資している。これはシティがADIAに対して年利11%の有価証券を発行し、2010年3月以降、4段階にわけて普通株に転換する、というものである。シティによればADIAの出資比率は4.9%を超えず、またADIAが役員を送り込むなど経営に関与することは無いとのことである。
(4)国際石油投資会社(IPIC)の概要
1984年設立。会長は故ザーイド前首長13男シェイク・マンスール大統領官房大臣(EIA会長、ムハンマド皇太子実弟)。アブダビ国外の石油、石油化学分野を投資対象としている。資産規模は非公開であり13.5億ドル(在UAE日本大使館HP)或いは2.5-5億ドル(05/8/25 Khaleej Times)等の諸説があり、また投資総額は100億ドルと推定される(日経07/09/19)。
IPICの投資先はデンマークのBorealis(65%)、オーストリアのOMV(17.6%)、スペインのCEPSA(25%)などヨーロッパの石油・ガス・石化企業のほか、最近では極東での投資活動を活発化させており、韓国の現代石油(70%)、台湾のCPC(25%)などに出資している。
日本では07年9月にコスモ石油の約20%の株式を第三者割り当てで取得することに合意した。コスモ石油はこれに伴いIPICから2名の社外取締役を受け入れるとともに、豪州での油田開発などアジアでのIPICとの提携関係を強める意向を示している。
(その5:完)
Part III:「中東から日本、そして日本から中東へ。湾岸SWFが開く新シルクロード」(全7回)
その7:日本と湾岸SWFが拓く新シルクロード
その6:湾岸SWFが日本へ進出する場合の問題点
その5:湾岸SWFの日本への誘致
その4:根強いアラブ・イスラム・アレルギー
その3:湾岸統治者のシグナル:ルック・イースト
その2:実務を牛耳る欧米金融マン
その1:日本にも姿を現した湾岸SWF
Part II:「投資国(Investor)と受入国(Recipient)」(全6回)
その6:投資国と受入国による新秩序の模索
その5:InvestorとRecipientに分かれる湾岸産油国
その4.投資国と受入国の双方の主張
その3:湾岸SWFと米国との歴史的関係(3):米巨大銀行への資金注入(サブプライム問題)
その2:湾岸SWFと米国との歴史的関係(2):緊張時代(9.11テロ事件以降)
その1:湾岸SWFと米国との歴史的関係(1):蜜月時代(9.11テロ事件まで)
Part I:「湾岸産油国の政府系ファンドを探る」(全6回)
その6:ドバイの政府系ファンド
その5:アブダビの政府系ファンド:ADIAとIPIC
その4:サウジアラビアの政府系ファンド:サウジ通貨庁と年金庁
その3:クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに
以上
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maedat@r6.dion.ne.jp