2007年12月
2007年12月15日
(注)HP「マイ・ライブラリー」に「湾岸産油国のSWFシリーズ」が一括掲載されています。(2010.1.7付記)
4.サウジアラビアの政府系ファンド:サウジ通貨庁と年金庁
(1)米国に義理立て、ドルと心中?
サウジアラビアは石油をドル建てで輸出しているが、輸入の多くはヨーロッパのEU建てである。しかも通貨(リアル)はドルと連動した固定相場制である。ところが最近の国際金融相場はドル安であり、米国はサブプライムローン問題による金融不安を払拭するために金利を下げている。これらのことがサウジアラビアに二重、三重あるいはそれ以上のジレンマをもたらしている。
即ちドル安のため石油収入が目減りしている。バレル当り90ドル以上と言う油価の高騰と過去最高水準の原油生産(日量約1千万バレル)により、サウジアラビアの石油収入は史上最高を記録しているが、ドル安のおかげで折角の収入が目減りしている。それに対してオイルブームで国内は消費景気に湧いておりヨーロッパからの輸入は拡大している。ユーロがドルよりも強いため、ドルにリンクしたリアルは対ユーロでは割安となり輸入価格が上昇、インフレが市民生活を直撃している。
さらにサウジアラビアは石油輸出から生じる余剰資金の大半をドルのままで保有し、米国政府債など米国内で運用している。この余剰資金こそがSovereign Wealth(国富)である。ところがこのドル資産が目減りし、さらには米国内の金利安のため資金の運用実績が低迷或いは落ち込んでいる。これが現在サウジアラビアが抱え込んでいる二重、三重のジレンマの正体である。
実はクウェイト、アブダビ、カタルなどの湾岸産油国も石油収入及び余剰資金運用についてサウジアラビアと同じ影響を受けており、またドル建ての石油収入に頼る世界中の産油国もほぼ似たような状況にある。このためサウジアラビア以外の国々の中にはそのジレンマの解決策を実行し、或いは提案している国もある。それは(1)石油代金をドル建てからユーロ、円など石油販売先の各国の通貨にするか(イランの場合)、又は複数通貨のバスケット制にすることによりドル変動のリスクを回避することであり、或いは(2)自国通貨の対ドル固定相場制を維持したまま自国の為替レートを切り上げるか、又は複数通貨のバスケット制に移行するか(クウェイトの場合)等の対策が考えられる。
実際、11月にサウジアラビアのリヤドで開催されたOPEC首脳会議では、事前の閣僚会合で対米強硬派のイラン及びベネズエラが石油のドル建て制の見直しを首脳会議の議題に加えるよう提案したのに対し、サウジアラビアは石油とドルのリンクを切り離せば、更なるドル安を招くとしてこれに強く反対した。その結果、この問題は首脳会議での正式議題とはならず、またその後12月5日にアブダビで開かれたOPEC総会でも議論されることはなかった。
そしてOPEC総会の直前カタルのドーハで開催されたGCCサミットではドル安対策が問題となった。GCC6カ国のうちクウェイトはすでに5月から通貨バスケット制に移行したため、ドル安の被害は比較的小さかったが、その他の5カ国ではユーロ圏からの輸入価格の上昇により高いインフレに見舞われた。これまで財政が豊かなGCC諸国では政府の補助金により生活必需品や食料品の価格が低く抑えられインフレ率も年1~2%程度にとどまっていたが、ドル安ユーロ高のため輸入資材がアップし、また大量の外国人の流入により住宅賃料も大幅にアップした。インフレは年率5~10%程度まで上昇し、サウジアラビアやUAEの通貨はドル連動幅の上限に張り付いたままなのである。このためUAEの中央銀行総裁はGCCサミット前、訪日先の日本で、GCC通貨の切り上げを示唆したほどである。
しかしここでもサウジアラビアのアブダッラー国王は切り上げ或いはバスケット制への移行に反対した。反対の理由は、GCCのドル離れがドルを基軸通貨とする世界の金融市場における米国の信頼を損ない一層のドル安を招く悪循環の引き金になるから、と言うことである。9.11同時多発テロで米国とサウジアラビアの関係は大きく傷つき、両国の市民レベルでは反米或いは反サウジアラビア(または反アラブ・反イスラム)感情が強いが、サウジアラビアの為政者は米国に義理立てし、ドルと心中する覚悟すらうかがえるのである。
(2)サウジアラビアのSWF
上述のようにOPEC或いはGCCサミットで各国はサウジアラビアの主張に配慮(或いは遠慮?)して共通行動としてのドル安・金利安対策を打ち出さなかった。しかしサウジアラビア以外の湾岸産油国は投資庁と言う独立したSWFを通じて、保有資産の運用先を米国からヨーロッパ、アジア新興国にシフトする動きを見せ、またポートフォリオも政府債など堅実ではあるが利回りの低いものから株式、不動産など多少リスクはあっても利回りの高い金融商品に乗り換える積極的な姿勢を見せている。
このような状況下でサウジアラビアの政府系ファンド(SWF)はどのような対応を示しているのであろうか。そもそもサウジアラビアにはカタルの投資庁(QIA、本稿その2参照)、クウェイトの投資庁(KIA、本稿その3)或いはアブダビの投資庁(ADIA、後述)のような独立したSWFがない。サウジアラビア政府は独立したSWFを設立する気配を見せず、サウジ通貨庁(SAMA)と公的年金庁(政府年金基金)にその役割を背負わせている。そして余剰オイルマネーを運用するSAMAは米国債を中心とする従来のポートフォリオの姿勢を変化させる兆しを見せない。
サウジアラビア政府がリスクを伴う機動的な資産運用に消極的なのはアブダッラー国王を含めサウジアラビアのトップがもともと保守的で大胆な変革を好まないから、と言うこともあろうが、それと同時に世界最大の石油生産国であり、また中東でトルコと並ぶ最大規模のGDP大国である自国が安易に動くと世界或いは地域の経済に大きな影響を与えかなえないと言うことが、サウジアラビアに自制心を働かせているようである。
(3)サウジ通貨庁(SAMA)及び公的年金庁の運用資産およびポートフォリオ
SAMAの運用残高について国際金融情報センターでは3,000億ドルと推定しており(朝日新聞 07/12/1)、また3,200億ドル(日本経済新聞 07/9/8)或いは4,500億ドル(IIF, MEED 9-15 Nov, 07)と言う記事も見受けられる。
SAMAは毎年年次報告書を公表しているが、このように公的資金(SWF)の運用状況を公表しているのは中東産油国ではサウジアラビアだけである。SAMAの2006年報告書によれば総資産は3,440億ドルであり、内訳は外貨準備240億ドル、海外預金240億ドル、海外証券投資1,780億ドル、国内投資1,050億ドル、国内預金10億ドル、その他120億ドルとなっている。ポートフォリオは外貨準備7%、海外預金7%、海外証券投資52%、国内投資30%、その他4%であり、比較的流動性、安定性を重視した運用を行っている。なお海外証券投資は大半が米国債とみられる。
公的年金庁については07/9/8付けの日本経済新聞が同庁の運用残高を500億ドル以上と推定している。同記事中のカラシ総裁発言によれば、これまでの日米欧の国債中心の投資から大規模な不動産投資に資金を投入して収益力を挙げる方針で、手始めにサウジアラビア国内で100億ドル前後を投資する意向のようである。
サウジアラビアの場合、国内数ヶ所の「経済都市構想」、リヤドの「アブドラ国王金融特区」など大規模な都市開発計画が進行中であり、また若年層の雇用創出のため外国技術を導入して経済の多角化を進めるなど、国内に資金需要が多い。この点では国内経済規模の小さいカタル、クウェイトなどのSWFが海外投資を志向しているのに比べて戦略的な方針の違いがあると言えよう。
(その4:完)
(これまでの内容)
その3:クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maedat@r6.dion.ne.jp
4.サウジアラビアの政府系ファンド:サウジ通貨庁と年金庁
(1)米国に義理立て、ドルと心中?
サウジアラビアは石油をドル建てで輸出しているが、輸入の多くはヨーロッパのEU建てである。しかも通貨(リアル)はドルと連動した固定相場制である。ところが最近の国際金融相場はドル安であり、米国はサブプライムローン問題による金融不安を払拭するために金利を下げている。これらのことがサウジアラビアに二重、三重あるいはそれ以上のジレンマをもたらしている。
即ちドル安のため石油収入が目減りしている。バレル当り90ドル以上と言う油価の高騰と過去最高水準の原油生産(日量約1千万バレル)により、サウジアラビアの石油収入は史上最高を記録しているが、ドル安のおかげで折角の収入が目減りしている。それに対してオイルブームで国内は消費景気に湧いておりヨーロッパからの輸入は拡大している。ユーロがドルよりも強いため、ドルにリンクしたリアルは対ユーロでは割安となり輸入価格が上昇、インフレが市民生活を直撃している。
さらにサウジアラビアは石油輸出から生じる余剰資金の大半をドルのままで保有し、米国政府債など米国内で運用している。この余剰資金こそがSovereign Wealth(国富)である。ところがこのドル資産が目減りし、さらには米国内の金利安のため資金の運用実績が低迷或いは落ち込んでいる。これが現在サウジアラビアが抱え込んでいる二重、三重のジレンマの正体である。
実はクウェイト、アブダビ、カタルなどの湾岸産油国も石油収入及び余剰資金運用についてサウジアラビアと同じ影響を受けており、またドル建ての石油収入に頼る世界中の産油国もほぼ似たような状況にある。このためサウジアラビア以外の国々の中にはそのジレンマの解決策を実行し、或いは提案している国もある。それは(1)石油代金をドル建てからユーロ、円など石油販売先の各国の通貨にするか(イランの場合)、又は複数通貨のバスケット制にすることによりドル変動のリスクを回避することであり、或いは(2)自国通貨の対ドル固定相場制を維持したまま自国の為替レートを切り上げるか、又は複数通貨のバスケット制に移行するか(クウェイトの場合)等の対策が考えられる。
実際、11月にサウジアラビアのリヤドで開催されたOPEC首脳会議では、事前の閣僚会合で対米強硬派のイラン及びベネズエラが石油のドル建て制の見直しを首脳会議の議題に加えるよう提案したのに対し、サウジアラビアは石油とドルのリンクを切り離せば、更なるドル安を招くとしてこれに強く反対した。その結果、この問題は首脳会議での正式議題とはならず、またその後12月5日にアブダビで開かれたOPEC総会でも議論されることはなかった。
そしてOPEC総会の直前カタルのドーハで開催されたGCCサミットではドル安対策が問題となった。GCC6カ国のうちクウェイトはすでに5月から通貨バスケット制に移行したため、ドル安の被害は比較的小さかったが、その他の5カ国ではユーロ圏からの輸入価格の上昇により高いインフレに見舞われた。これまで財政が豊かなGCC諸国では政府の補助金により生活必需品や食料品の価格が低く抑えられインフレ率も年1~2%程度にとどまっていたが、ドル安ユーロ高のため輸入資材がアップし、また大量の外国人の流入により住宅賃料も大幅にアップした。インフレは年率5~10%程度まで上昇し、サウジアラビアやUAEの通貨はドル連動幅の上限に張り付いたままなのである。このためUAEの中央銀行総裁はGCCサミット前、訪日先の日本で、GCC通貨の切り上げを示唆したほどである。
しかしここでもサウジアラビアのアブダッラー国王は切り上げ或いはバスケット制への移行に反対した。反対の理由は、GCCのドル離れがドルを基軸通貨とする世界の金融市場における米国の信頼を損ない一層のドル安を招く悪循環の引き金になるから、と言うことである。9.11同時多発テロで米国とサウジアラビアの関係は大きく傷つき、両国の市民レベルでは反米或いは反サウジアラビア(または反アラブ・反イスラム)感情が強いが、サウジアラビアの為政者は米国に義理立てし、ドルと心中する覚悟すらうかがえるのである。
(2)サウジアラビアのSWF
上述のようにOPEC或いはGCCサミットで各国はサウジアラビアの主張に配慮(或いは遠慮?)して共通行動としてのドル安・金利安対策を打ち出さなかった。しかしサウジアラビア以外の湾岸産油国は投資庁と言う独立したSWFを通じて、保有資産の運用先を米国からヨーロッパ、アジア新興国にシフトする動きを見せ、またポートフォリオも政府債など堅実ではあるが利回りの低いものから株式、不動産など多少リスクはあっても利回りの高い金融商品に乗り換える積極的な姿勢を見せている。
このような状況下でサウジアラビアの政府系ファンド(SWF)はどのような対応を示しているのであろうか。そもそもサウジアラビアにはカタルの投資庁(QIA、本稿その2参照)、クウェイトの投資庁(KIA、本稿その3)或いはアブダビの投資庁(ADIA、後述)のような独立したSWFがない。サウジアラビア政府は独立したSWFを設立する気配を見せず、サウジ通貨庁(SAMA)と公的年金庁(政府年金基金)にその役割を背負わせている。そして余剰オイルマネーを運用するSAMAは米国債を中心とする従来のポートフォリオの姿勢を変化させる兆しを見せない。
サウジアラビア政府がリスクを伴う機動的な資産運用に消極的なのはアブダッラー国王を含めサウジアラビアのトップがもともと保守的で大胆な変革を好まないから、と言うこともあろうが、それと同時に世界最大の石油生産国であり、また中東でトルコと並ぶ最大規模のGDP大国である自国が安易に動くと世界或いは地域の経済に大きな影響を与えかなえないと言うことが、サウジアラビアに自制心を働かせているようである。
(3)サウジ通貨庁(SAMA)及び公的年金庁の運用資産およびポートフォリオ
SAMAの運用残高について国際金融情報センターでは3,000億ドルと推定しており(朝日新聞 07/12/1)、また3,200億ドル(日本経済新聞 07/9/8)或いは4,500億ドル(IIF, MEED 9-15 Nov, 07)と言う記事も見受けられる。
SAMAは毎年年次報告書を公表しているが、このように公的資金(SWF)の運用状況を公表しているのは中東産油国ではサウジアラビアだけである。SAMAの2006年報告書によれば総資産は3,440億ドルであり、内訳は外貨準備240億ドル、海外預金240億ドル、海外証券投資1,780億ドル、国内投資1,050億ドル、国内預金10億ドル、その他120億ドルとなっている。ポートフォリオは外貨準備7%、海外預金7%、海外証券投資52%、国内投資30%、その他4%であり、比較的流動性、安定性を重視した運用を行っている。なお海外証券投資は大半が米国債とみられる。
公的年金庁については07/9/8付けの日本経済新聞が同庁の運用残高を500億ドル以上と推定している。同記事中のカラシ総裁発言によれば、これまでの日米欧の国債中心の投資から大規模な不動産投資に資金を投入して収益力を挙げる方針で、手始めにサウジアラビア国内で100億ドル前後を投資する意向のようである。
サウジアラビアの場合、国内数ヶ所の「経済都市構想」、リヤドの「アブドラ国王金融特区」など大規模な都市開発計画が進行中であり、また若年層の雇用創出のため外国技術を導入して経済の多角化を進めるなど、国内に資金需要が多い。この点では国内経済規模の小さいカタル、クウェイトなどのSWFが海外投資を志向しているのに比べて戦略的な方針の違いがあると言えよう。
(その4:完)
(これまでの内容)
その3:クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maedat@r6.dion.ne.jp
2007年12月11日
各項目をクリックすれば各紙(英語版)にリンクします。
(サウジ)来年度予算は歳入1,200億ドルなど史上最高の規模
(サウジ)後継国王指名委員会メンバー決まる。議長にミシャル王子
(カタル)カマル財務相:プロジェクトファイナンスは700億ドル
(サウジ)来年度予算は歳入1,200億ドルなど史上最高の規模
(サウジ)後継国王指名委員会メンバー決まる。議長にミシャル王子
(カタル)カマル財務相:プロジェクトファイナンスは700億ドル