2008年06月

2008年06月30日

2.実務を牛耳る欧米金融マン
 GCCで最も古いSWFであるKIA(クウェイト投資庁)の前身は1953年ロンドンに設立されたKuwait Investment Office(KIO)である。「石油に浮かぶ国」と称されたクウェイトはその当時既に一大産油国であったが人口はわずか20万人程度に過ぎず 、余剰オイル・マネーはロンドンを通じて欧米の金融市場で運用されていた。そのためKIOのファンド・マネージャーには当然のことながら金融事情に通じた欧米人の銀行マンが起用された。

湾岸SWFは例えばアブダビ投資庁(ADIA)の場合、会長がハリーファ首長、副会長はムハンマド皇太子というように王族がトップを占めている。彼らはファンド運用を最終決定するオールマイティの権限を有しているが、投資のポートフォリオ、戦略を練るのは彼等の配下のファンド・マネージャーであり、その多くは欧米の金融マンと言って間違いない。

各国SWFは情報開示が行われていないため、そこで働く欧米人ファンド・マネージャーの人数や彼等の詳しい経歴はわからない。欧米の民間ファンドの場合はトップ自らがファンド・マネージャーであることが多く、そうでない場合でもトップ・マネージャーが誰であるかを明らかにしている。そのため湾岸SWFにそのような情報の開示を求める意見があるが、これは全く的外れである。欧米のファンドはファンド・マネージャーの個人的名声が投資家の資金集めの有力な手段であるが、資金を集める必要の無い湾岸SWFはファンド・マネージャーの人数や経歴を公表する必然性が全くないのである。

また湾岸SWFではポートフォリオの決定、即ちいずれの国あるいは企業に、どの程度投資するかの決定はSWFトップの胸先三寸で決まる。高配当を迫る外部投資家がおらず、しかもトップは絶対君主とその一族であるから国民の目を気にする必要もない。彼等は多数の配下のファンドマネージャーを手足の如く使うだけで、各マネージャーには担当分野で最大の利益を上げることだけを求める。かつて湾岸SWFでファンド・マネージャーの一人として永年働いた経験を有する日本人(彼も勿論金融マンであるが)ですら、一度たりとも上司からファンドの全容を聞かされたことも無ければ、机を並べた同僚がどのようなポートフォリオを立案していたのかすらわからなかった、と述懐している(仮に彼がそのことを知ったとしても退職後の守秘義務があり口を閉ざしているであろうことは十分想像できるのであるが)。ともかく湾岸SWFの成り立ち及び投資の主な展開先が欧米であり、ファンドマネージャーの殆どは欧米の金融マンなのである。

彼等欧米の金融マンはファンド・オーナーである湾岸各国のトップの意向を忠実に実行するプロフェッショナルである。彼らはそれまでの経験と知識を存分に活かし、トップの期待を裏切らない成果を上げ、その見返りとして巨額の報酬を得ている。彼らはトップの気まぐれでいつ辞めさせられるかわからない。と同時に彼等自身、十分な報酬を手にすれば何の未練も無く次の人生を切り開くのである。

しかしと言うか、だからこそと言うべきか、彼らは自分の専門外の分野には手を出さない。専門分野とは欧米の金融機関や大企業であり、リスク管理を数値化できる案件である。従ってかれらが立案する投資案件は銀行などの金融業或いは不動産物件が中心となり、多少リスクを冒すとしても、せいぜいかつて所属していた銀行或いは民間ファンドで馴染みのある企業に限られる。失敗の許されない彼等としては当然であろう。つまり西欧の金融業或いは一流企業しか扱わない(扱えない)のである。また不動産であればロンドンやニューヨークのような世界的大都市の事務所ビルとなる。このような物件はテナントの善し悪しで不動産の利回りが算定できリスク管理が容易だからである。

逆に言えば彼等は土地勘の無い日本やアジア新興国に対する投資は苦手である。そして個々の案件についても金融・不動産以外、例えばメーカーの査定には弱い。彼らは「モノ作り」に対する知識が乏しいため査定できないのである。査定にはdue diligence(当然注意すべき事柄)が必要であるが、それが十分に出来ないのである。

ところが日本やアジアへの投資を目指す湾岸のファンド・オーナーは投資対象として次世代の優良メーカーを物色している。ファンドのオーナーとマネージャーとのギャップは小さくない。湾岸SWFが日本を含めたアジアの有力投資先―その一つが優秀な技術を持った世界的なメーカーである―への投資を具体化させるにはいま少し時間がいるであろう。その間のつなぎは東京、シンガポール、香港など地域の大都市にあるリスクが小さく、しかも安定したリターンが得られる不動産に対する投資ではないかと筆者は考える。

(その2終わり)

Part III:「中東から日本、そして日本から中東へ。湾岸SWFが開く新シルクロード」
その1:日本にも姿を現した湾岸SWF

Part II:「投資国(Investor)と受入国(Recipient)」(全6回)
その6:投資国と受入国による新秩序の模索
その5:InvestorとRecipientに分かれる湾岸産油国
その4.投資国と受入国の双方の主張
その3:湾岸SWFと米国との歴史的関係(3):米巨大銀行への資金注入(サブプライム問題)
その2:湾岸SWFと米国との歴史的関係(2):緊張時代(9.11テロ事件以降)
その1:湾岸SWFと米国との歴史的関係(1):蜜月時代(9.11テロ事件まで)

Part I:「湾岸産油国の政府系ファンドを探る」(全6回)
その6:ドバイの政府系ファンド
その5:アブダビの政府系ファンド:ADIAとIPIC
その4:サウジアラビアの政府系ファンド:サウジ通貨庁と年金庁
その3:クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに

以上

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前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
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(GCC)野村證券がGCCで20億ドルのファンドを計画


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