2010年12月
2010年12月21日
砂漠と海と空に消えた「ダビデの星」(9)
大空に散華した三番機(下)
『アブダラー』は何を思ったのか、突然ミサイル発射装置の液晶画面に指を触れ、左翼に残されたバンカーバスターに攻撃目標を入力した。次に彼は迷わず発射ボタンを押した。バンカーバスターは赤い炎を吐きさらなる上空をめざして飛び出していった。
数秒後、ミサイルは180度反転して地球に戻り始めた。それは最早誰にも止められない意思を持ち、パイロットが入力した目標に向かって真一文字に飛行しつつあった。
『アブダラー』はバンカーバスターが自分の戦闘機に向かってくるのを待ちかまえた。満天の星の中でバンカーバスターの炎が輝き、それはみるみる大きく迫ってきた。
二つの物体が衝突する寸前、『アブダラー』は緊急脱出装置のボタンを押した。それが彼の最後の仕事であった。
気密のコックピットから真空中に放り出された彼の肉体は一気に膨れ上がった。ヘルメット、飛行服、手袋そして靴が膨張する肉体を押さえつけたため、その力は唯一外気に晒された彼の頸部に集中した。彼の首まわりはスポーツ選手のように頭部と同じほどのサイズに膨れ上がった。首にかけていたネックレスの鎖が千切れて姉と姪の写真を入れたロケットは重力の殆ど無い超低温の暗黒の中に弾き飛ばされた。
その時、バンカーバスターは設定された攻撃目標を正確に捉え、目標物体がバラバラに飛び散った。『ダビデの星』が描かれた胴体部分は空中に舞い、次いで重力に引かれて落下を始めようとした。
しかし『ダビデの星』が落下運動に移ることはなかった。次の瞬間、強烈な閃光と爆風、そして全てを焼き尽くす高熱が辺りを支配した。バンカーバスターの激突で小型核ミサイルが誘爆したのである。
超高熱のため『アブダラー』の肉体は瞬時に蒸発した。風防ガラス、プラスチック計器盤、そして胴体や翼部などの金属板も落下を始める前に溶けてなくなった。重い金属の塊であるジェットエンジンだけは表面が溶けたものの内部を残し地表へ落下していった。
『アブダラー』の首からはずれ宙に漂うロケット。小さくて丸い円盤状のロケットは爆発の衝撃で新たな動きを始めた。超高温の気流がロケットに迫ったが、爆風に吹き飛ばされたおかげで内部が高熱に晒されることはなかった。核爆発のエネルギーが重力圏を脱出するに十分なスピードをロケットに与えた。こうしてロケットは地球を背に宇宙へと飛び立った。
重力圏を脱して宇宙に飛び出したロケット。その軌道は正確にある方向を目指していた。そしてロケットの内部には真空と超低温の宇宙空間で冬眠状態に入った或る生命体がひそんでいた。その生命体は長く果てしない故郷への旅路についたばかりであった。
(第一部完)
(この物語は現実をデフォルメしたフィクションです。)
荒葉一也:areha_kazuya@jcom.home.ne.jp
(UAE)証券取引所統合の動き:強まるアブダビのドバイ支配。
(サウジ)三菱電機がエレベーター保守要員の研修所を独自で設立
(サウジ)Zamilが建築設備大手Drake & Scullと提携。
2010年12月19日
(イラン)サウジとの関係改善は最重要課題の一つ:新外相
(バハレーン)米統合参謀本部議長:いつでもイランに対処可能。 *
(カタール)華やかに建国記念式典
(バハレーン)国王の実弟が独で死去。 **
(UAE)スポンサー制度を改正、転職が容易に。
*荒葉一也SF小説「イスラエル、イランを空爆す」連載中
**拙稿「バハレーン・ハリーファ家」および
「王家々系図」参照
2010年12月18日
砂漠と海と空に消えた「ダビデの星」(8)
大空に散華した三番機(中)
インド洋に浮かぶディエゴ・ガルシア島は同海域最大の米軍基地である。イギリス領であるが、島全体が米国に貸与されている。いずれの国からも干渉を受けない米軍の聖地。そこで『アブダラー』と彼が操縦するF-15にはどのような運命が待ち受けているのであろうか。祖国への安全な帰還か、それとも-----------。
彼の頭にかすかな疑問が生まれた。
<それにしてもイランの原発施設を空爆したあと、自軍の給油機が来ないというトラブルの情報を受けてからまだ1時間程度しか経っていない。それなのに米軍の給油機が目の前に現れるなんて一寸話がうまく出来過ぎている感じもするのだが-------。>
<彼らの目的は我々を救うことだったのだろうか?>
その時彼の中で何かが弾けた。彼は状況の急激な変化で意識が少し混乱しただけだ、と自らに言い聞かせた。
しかしその一方で、<これから新たな使命が始まるのだ>と囁く内なる声が聞こえる。幻覚なのであろうか。彼の肉体が今や何者とも知れぬ別の生命体に乗っ取られたような感じであった。もはや自分で自分が制御できない状況に陥っていた。
彼は残り少ない燃料をエンジンに吹き込むと操縦桿を引き給油機の下をすり抜けて一気に急上昇を開始した。
思いもかけない行動に米軍の戦闘機も給油機も一瞬虚を突かれたが、気を取り直した戦闘機が追走体制に入った。
『アブダラー』機はぐんぐん上昇しつつあった。まるで地球の重力圏を突破しようとするかのように------------。
もちろん戦闘機のスピードで重力圏を脱出することなど不可能である。しかも重力圏を脱出したその先の真空と暗黒の宇宙に何が待ち受けていると言うのであろうか。
高度計が3万メートルを超えた辺りで上昇スピードは急激に鈍りだした。揚力が無くなり、燃料も底をついたようである。米軍機はすでにそのかなり手前の高度にとどまり『アブダラー』機の行動を監視する態勢に入っていた。超高度による機体の損傷とパイロット自身の生命の危険を恐れたからである。
つい先ほどまでマッハ以上を示していた速度計の針がゼロ表示に向かって逆回転し始めた。速度ゼロになれば地球の引力に引き戻され、いずれどこかに墜落する。墜落地点はペルシャ湾か?アラビア半島か?それともイラン領内か?
(続く)
(この物語は現実をデフォルメしたフィクションです。)
荒葉一也:areha_kazuya@jcom.home.ne.jp