2012年04月
2012年04月29日
下記のデータベースを更新しました。
・世界の主要国のソブリン格付け(S&P及びMoody's)
http://members3.jcom.home.ne.jp/maeda1/1-G-3-90aSovereignRatingList.pdf
2012年04月28日
(注)本シリーズは「マイ・ライブラリー(前田高行論稿集)」で一括ご覧いただけます。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0225KuwaitCrisis.pdf
8.逃げ出すオイルマネー:UNCTAD統計が示す衝撃的な事実
(1)World Investment Report
UNCTAD(国連貿易開発会議)が毎年発表する「World Investment Report」は外国直接投資(Foreign Direct Investment, FDI)の最新の状況を世界規模で調査分析したレポートであり、各国毎のFDIの流入額(FDI Inflow)、流出額(FDI Outflow)及び流入残高(FDI Inward Stock)或いは流出残高(FDI Outward Stock)を知ることができる。
クウェイトの場合、石油輸出で獲得したいわゆるオイルマネーの一部が政府系ファンド(SWF)や民間のファンドを通じて外国企業に投資され(FDI Outflow)、一方オイルマネーを当て込んで外国企業がクウェイトで国内企業と合弁事業等を行うことにより資本が流入する(FDI Inflow)ケースが普通である。
クウェイト以外の他のGCC諸国についても同様のことが言えるわけであるが、UNCTADの統計はクウェイトが他のGCC各国とは大きく異なることを示している。詳細は下記に説明するとおりであるが、結論を先に言えば、オイルマネーが外国に流れることは各国に共通しているが、外国からの流入が他の5カ国に比べて際立って少ないことである。つまり「クウェイト国内には投資機会が少なく、国内資本は外国に逃避し、外国資本もクウェイトを投資対象と考えていない」のである。極端に言えば内外の投資家はいずれもクウェイトを見限っていると言えるほど厳しい評価を下しているのである。
(2)クウェイトの直接投資
2010年のクウェイトからの直接投資(FDI Outflow)は総額20.69億ドルであり、GCC6カ国の中ではサウジアラビアの39.07億ドルに次いで多くUAE(20.15億ドル)とほぼ同じ規模である。投資残高(FDI Outward Stock)については、クウェイトの場合2005年末の36.62億ドルが2010年末には186.76億ドルに急増している。このような傾向はサウジアラビア、UAE及びカタールでも同様でありクウェイトの外国向け直接投資は他のGCC諸国と肩を並べている。
しかし海外からクウェイトへの直接投資(FDI Inflow)を見ると、2010年のクウェイトのFDI Inflowはわずか81百万ドルであり、他のGCC各国と比べて対照的である。即ちクウェイトのFDI Inflowは同年のサウジアラビア(281.05億ドル)、カタール(55.34億ドル)、UAE(39.48億ドル)、オマーン(20.45億ドル)に比べて極めて低く、バハレーン(1.56億ドル)にも及ばず6カ国中で最低である。過去5年間(2006~2010年)の推移を見てもクウェイトは2009年に10億ドル強を記録しただけでその他の年は1億ドル前後にとどまっている。これに対してサウジアラビアには常に100~300億ドルの投資資金が流れ込んでいる。クウェイトより小さなカタールですら最低35億ドル(2006年)、最高81.25億ドル(2009年)のFDI Inflowsを記録しており、クウェイトと大きな開きがある。
投資残高(FDI Inward Stock)についてもクウェイトの2010年末の残高65.14億ドルは、サウジアラビア(1,704.5億ドル)のわずか26分の1に過ぎず、UAE(761.75億ドル)、カタール(314.28億ドル)、オマーン(151.96億ドル)、バハレーン(151.54億ドル)と比べても極端に低く、オマーン或いはバハレーンの半分以下に留まっている。
(3)国内外の投資家から見放されているクウェイト
これらの数値が示している事実は、クウェイトが投資の対象として全く魅力に欠けており国内外の投資家から見放されているという衝撃的な事実なのである。潤沢なオイルマネーを運用する国営ファンドKIA(クウェイト投資庁)は脱石油のための国内産業多角化に投資することなく、外国企業のM&Oに走り、クウェイト国内の民間投資家は自己の資産を海外で運用している。そして海外の投資家もクウェイトに投資しようとしない。クウェイトに投資しない理由として同国のマーケットが小さいことが指摘されるが、カタールやバハレーンはクウェイトよりも更に小さいにもかかわらず上述のように2倍から数十倍規模の資金が流入している。
イラクの復興需要が見込まれ、加えて同国南部が比較的平穏であることから国境を接しているクウェイトには対イラク・ビジネスの大きなチャンスがあるとみられている。それでも外国企業がクウェイトに目を向けない理由―それはまさにクウェイト自身が抱えている問題に原因があると言える。
クウェイトの予算と実績は今年(2011年4月-2012年3月)も大幅な黒字が確実である 。その最大の要因は予算策定時に原油価格を60ドルと低めに見積もったが、実際の価格が100ドルを超え大幅な歳入超過になったためである。しかしもう一つの隠れた要因は、計画したプロジェクトが軒並み手をつけられないまま遅れていることによる歳出不足である。理由は議会が政府の提出する事業計画案を軒並み否決するからである。このため電力や燃料不足に対処するための発電所或いは製油所の新規工事がストップしている。昨年などは夏場の電力不足を解消するため発電用燃料としてLNGを海外から調達したほどである。石油の海に浮かぶクウェイトとしては何とも皮肉な話である。多くの外国企業がプロジェクト遅延の巻き添えを受けた。たとえば日揮が数年かけて漸く発注内示を取りつけたアル・ズール製油所建設プロジェクトは国会で度々否決され、結局契約はキャンセルされた 。
格付け会社S&Pはクウェイト政府にAAと言う高い評価(ソブリン格付け)を与えている。これは上から3番目の高い格付けであり、日本よりも上である。スペインやイタリアの格付けはこれよりはるかに低い。しかし格付けはその国の支払い能力に対する評価であり、ビジネス環境にお墨付きを与えている訳ではない。
今やクウェイトの企業家や投資家は自国の政府を信用せず海外に投資している。外国企業もクウェイト相手では安心してビジネスができないと感じている。国内企業が自国の政府を信用しない国を外国企業が信用する訳が無い。ここにも石油の海に溺れ経済不振に陥っているクウェイトの姿が垣間見える。
(続く)
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