2013年10月

2013年10月23日

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2013年10月22日

 10月16日、国連総会でサウジアラビア、チャド、チリ、ナイジェリア及びリトアニアの5カ国が任期2年の安全保障理事会非常任理事国に選ばれた。ところが翌日サウジアラビア外務省は理事国を辞退するとの声明を発表した。非常任理事国に選任されるためには長期間にわたる周到な根回しが必要である。ましてサウジアラビアは初の理事国となる栄誉を得たのである。これを辞退するとは国連史上でも前代未聞のことで世界中に大きな波紋が広がった。


 サウジアラビア外務省は辞退声明の中で、現在の安保理はダブル・スタンダード(二重基準)が横行していること、そして中東のパレスチナ問題及びシリア内戦問題が解決できないことを取り上げ、安保理の改組が必要である、と現状を強く非難した 。サウジアラビアは国際紛争の平和的解決を外交の基本方針としており、従来から国連重視の姿勢を貫いてきた。それにもかかわらずサウジアラビアが安保理に出席して信ずるところを主張する機会を自ら絶ったのは余程の深い理由があると言えよう。


 現在の安保理は拒否権を有する米国、ロシア、英国、フランス、中国の常任理事国5カ国の力が圧倒的に強く、非常任理事国の意見は余り斟酌されない。さらに国連総会における多数決すら安保理で拒否権が発動される現状に、サウジアラビアは強いフラストレーションを抱いてきたのである。


 外務省声明で上げた二つの事例―パレスチナ問題とシリア内戦―におけるサウジアラビアのフラストレーションとは何であろうか。まずパレスチナ問題についてはこれまで何度となく安保理に上程されたイスラエル非難決議はその都度米国の拒否権発動で葬られ、また一昨年秋パレスチナが国連加盟を申請した時も米国が拒否権発動を明言したため結局オブザーバー参加にとどまっている。一方、シリア問題については国連決議によるアサド政権への軍事介入に対してロシアが難色を示しこれまた拒否権発動を示唆したため、シリア問題はこう着状態にある。その間にも難民の数は増え続け内戦終結の道は見えないままである。サウジアラビアが重視する二つの問題は米露二大国に拒否権がある限り解決が容易ではない。


 アラブ諸国もサウジアラビアの辞退に理解を示しており、アラブ連盟のアラビィ事務総長は「サウジアラビアの決定は勇気ある重要な決断だ」と述べ、エジプト、トルコ、チュニジアなどもサウジの決定を支持している。興味深いのは常任理事国のフランスが「サウジアラビアのフラストレーションは理解できる」と述べていることである 。フランスが敢えてこのような言い方をするのは、米露が拒否権行使をちらつかせ他の常任理事国すら振り回されることに対して、誇り高いフランス自身に「フラストレーション」が溜まっているから、と考えるのが妥当であろう。


 サウジ外務省の唐突な声明がどのような経緯で発表されたのかも興味あるところである。この決定がアブダッラー国王自身によるものであり、腹心のサウド外相の意見を聞いたであろうことは疑いようが無い。国王と外相は国王の皇太子時代から特別な信頼関係にあり、二人は一蓮托生の強い絆で結ばれている 。そして最近では老齢の国王に替わり外交交渉や外国訪問はサウド外相が一手に引き受け国王の信任は厚い。


 国王とサウド外相の間でどのような話し合いがあったかは解らないが、二人とも外交問題で米露をはじめとする超大国に対して大きなフラストレーションがあったことは間違いない。国王は皇太子時代の2002年に「サウジ・イニシアティブ」と呼ばれる包括的な中東和平を提案し国際社会から高い評価を得た。その内容は国際政治の常識に沿った極めて妥当なものであった。しかしこの提案に対して米国は表面上賛同したものの、まじめに取り上げることはなかったのである。その後、老齢の国王に替わってサウド外相が中東和平に駆けまわったが、米国の反応は冷ややかであった。今や二人とも米国外交に対するフラストレーションが高まっている。


 国王のみならずサウド外相も今年72歳の高齢である。二人に残された時間は少ない。非常任理事国の立候補に時間と手間暇をかけながら当選直後に辞退するのは国際政治の常識をはるかに越え理解に苦しむ対応である。二人が当初から今回のような筋書きを考えていたと仮定すれば、これはまさに「超」の付くどんでん返しである。もしそうだとすればこれは国王と外相二人の名門歌舞伎役者が舞台の幕切れで乾坤一擲の大見得を切ったと言うことになる。果たして第二幕はあるのだろうか?


以上


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 前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
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(注)本レポートは「マイライブラリ:前田高行論稿集」で一括してご覧いただけます。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0284MeDoubleStandardDiplomacy.pdf

4.各国外交のパターンと優先順位
 本稿では米国、フランス及びロシア各国並びにエジプト・シリアと同じアラブ・イスラム国家であるサウジアラビア及びカタールがエジプトとシリアに対してそれぞれどのような外交姿勢を取ってきたかを検討した。その結果エジプトとシリアの情勢が変わるたびに各国の外交は政権側から反政権側へ、或いは逆に反政権側から政権側へとめまぐるしく揺れ動く事実を見たのである。まさに各国の外交方針は朝令暮改であり、支離滅裂と言えよう。


 各国の中東外交が猫の目の如く変わるのは各国それぞれに複数の行動パターンがあり、状況に応じて使い分けているためである。しかしながら行動パターンには必ず優先順位があるはずである。そこで各国の行動パターンとその優先順位を考えてみたい。


 まず米国の場合、それは(1)自由経済貿易体制の拡大、(2)イスラエルの安全確保のための中東和平、(3)西欧型民主主義及び人道主義の実現、の三つが考えられる。そして中東外交政策における優先順位は(2)イスラエルの安全確保が最優先であり、次いで(3)民主主義及び人道主義、最後が(1)自由経済体制、と言うことになろう。このような順位となる最大の理由は米国政治が基本的に内向きであるためである。ソ連崩壊以降、世界の政治経済が米国一強体制となった結果、今や米国政府或いは議会が最も気を使うのは4年ごとの大統領と議会選挙、そして中間選挙における民意の動向である。候補者にとっては有力政治団体や移ろいやすい民意をつかまえることが最優先課題となる。米国の国際的立場云々よりもイスラエル擁護或いは民主主義・人道主義と言った謳い文句に無条件に飛びつく民意のほうが優先するのである。


 それではロシアの場合はどうであろうか。ロシアは、(1)ソ連崩壊以降のロシアの国際的地位の低下を食い止めるための威信回復、(2)中東最後の盟友シリアの確保、(3)石油・天然ガスを通じたイラン、GCC諸国との連携強化、等であろう。このうち(3)についてはイスラムの宗教的信念が高いイラン、GCC諸国には無神論共産主義国家であったソ連の残像が残るロシアに対して生理的嫌悪感があり連携は容易ではない。従ってロシア外交政策は(2)盟友シリアの確保、が最優先であろう。ロシアの中東外交にぶれが少ないのはこのように優先度を絞り込んでいるためと考えられる。


 サウジアラビアの場合は(1)サウド家体制の維持こそが最優先であることは言うまでもない。国王が「イスラムの二大聖都の守護者」を名乗り、厳格なスーフィズム(ワッハーブ主義)を掲げている。さらにイスラム協力機構(IOC)の本部を誘致して世界のイスラムの中心であることを誇示している。これはまさに世俗王権による国家支配の正当性(legitimacy)を宗教(イスラム教スンニ派)に求めようとする姿勢である。そのように一見宗教重視の姿勢を示すサウジアラビアが最も警戒しているのが、皮肉なことにイスラムを前面に押し出しているシーア派イランでありスンニ派テロ組織アル・カイダなのである。宗教国家イランと世俗王制国家サウジアラビアは同じイスラムでも水と油の関係である。そして国境を無視して勢力拡大を図るイスラム過激派は国民国家を前提とするサウド王家にとって脅威なのである。


 現在の中東は政治体制では古色蒼然とした絶対君主制がある一方で、イスラム共和制が並び立ち、またイスラム思想に救いを求める農民層と西欧民主主義思想に憧れる都市インテリ・学生層に二極分化している。さらに初期イスラム社会を理想化し国家を越えてテロ活動を行う過激派と昔ながらの強い紐帯で政権と対立する国内の諸部族連合もいる。西欧近代国家が長い年月をかけて一つずつ乗り越えてきた障壁が現代の中東には同時に併存しているのである。これこそが問題を複雑にし解決を困難にしている理由であると考えられる。


(完)


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2013年10月21日

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