2013年11月
2013年11月29日
行き詰まる補助金行政に首相が警告
クウェイトのムバラク首相は2017年までの政府4カ年計画の国会提出に当たり、従来の「揺りかごから墓場まで」の手厚い福祉政策は維持困難な状況にあり、各種の補助金を見直す段階に来たと国民に訴えた。現在の補助金行政を続けた場合、2021年には純赤字状態に陥り2035年までにその額は1.5兆ドルに達する、と首相は述べたのである 。
クウェイトはバレル当たり100ドル以上の高値に張り付いた石油価格のおかげでこれまでの13年間で3千億ドルの余剰金が発生、余剰資金を運用する政府系ファンド(SWF)は4千億ドルもの豊富な資産を抱えている 。クウェイトはこのような有り余るカネを国民生活に注ぎ込み世界有数の高福祉国家を築き上げたのである。この国では教育、医療費は無料であり電気・水道・ガソリン代、食料品などの生活必需品も極めて安い。これは他のGCC諸国でも同じであり、また中東ではイランのような人口大国或いはエジプト、ヨルダンなど財政の苦しい非産油国ですら生活必需品の市場価格は輸入価格或いは生産コストを大幅に下回る逆ザヤ価格で売られている。その差額は補助金と言う形で穴埋めされているのである。各国政府は毎年増加する一方の補助金支出に音を上げており、補助金赤字による国家財政の破たんが目前に迫っている。財政が豊かなクウェイトですら首相が高福祉政策返上を口にせざるを得ない状況なのである。
各種補助金の中で最大の割合を占めるのがエネルギー関連費用である。ガソリン・軽油などの自動車用燃料費或いは電力料金はコストを大幅に下回っており、政府の試算ではクウェイトの電気料金はコストの5%以下にすぎない。湾岸諸国では飲料水も海水を淡水化しているため造水コストと水道料金との差額は政府の大きな負担である。このようなエネルギーに関する補助金制度は世界の多くの国でも行われており、IEA(国際エネルギー機関)の推計ではその額は昨年5,440億ドルに達している 。このうち半分近い2,367億ドルはMENA(中東北アフリカ)諸国である 。補助金が財政に及ぼす影響は大きく、ヨルダンではGDPの5.3%を占め、エジプトでは9.9%に達し国家財政窮乏の原因となっている。
しかし政府にとって補助金を減らすことは極めて困難である。補助金の削減は生活必需品の値上げを意味し国民の生活を直撃するからである。補助金は一般国民の不満を抑え反政府運動を起こさせないための懐柔策の側面が強く、エジプトのような貧しい国では特にその意味合いが強い。それはムバラク時代の軍事独裁政権下であろうが、その後のイスラム政権下、そして現在の軍部主導の臨時政権下でも全く変わらない。補助金に手をつけることは為政者にとってタブーなのである。それは湾岸GCC国家でも基本的に同じである。王族など一部特権階級は国民の不満をそらせ、或いは民主主義やイスラム原理主義などの危険思想から国民を遠ざけるために教育・医療費を無料とし、電気・水道料金やガソリン代は低くしなければならない。
クウェイトでは過去15年間燃料代を上げていない、と言うよりも上げられなかったと言うべきであろう。 補助金制度は麻薬のようなものであり財政赤字は膨らむ一方である。補助金制度の弊害は財政赤字だけにとどまらない。安いガソリン代、電気代、水道代に慣れた国民は省エネを忘れ浪費する。バス、鉄道などの公共交通機関が発達しないまま市民はクルマ社会を謳歌して排ガスをまき散らす。生活水準の向上、都市化の進展により電力と水の消費は年々増える一方である。発電所や造水設備を次々と建設しても結局は浪費とのいたちごっこである。
たまりかねたクウェイト政府は「揺りかごから墓場まで」の高福祉政策が危機に瀕していると国民に訴え、補助金を見直すための閣僚レベルの委員会の設置を決定した 。同国の補助金は総額162億ドルで予算の22%を占めている。そのうち118億ドルは電気、水、ガソリンの低価格維持のために使われている。閣僚委員会ではこれらの補助金にメスを入れようとしているのである。
しかし補助金合理化の道のりは極めて厳しい。国民は誰しも現在享受しているメリットを手離そうとはしない。もしガソリン・電気・水道料金が上がれば彼らは騒ぎ出し街頭で値上げ反対デモが繰り広げられるに違いない。そのデモが首長家打倒運動に発展する恐れは少なくない。何しろクウェイトには数多くのシーア派住民がおり常にスンニ派首長家打倒を叫んでいる。さらに多数派のスンニ派国民にしても石油と言う豊かな国家収入があるにもかかわらず生活を脅かす必需品の値上げを図る政府を認める訳にはいかない。1千兆円を超える借金があることを末端の国民まで熟知している日本ですら福祉の見直しに根強い反対があることを考えれば、クウェイトの困難の度合いは計り知れない。豊かな石油収入がある限りクウェイトは少なくとも当分の間は補助金行政を見直せないであろう。
(完)
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(MENAなんでもランキング・シリーズ その13)
5.2010~2014年の順位の推移
(表http://members3.jcom.home.ne.jp/areha_kazuya/13-T03.pdf 参照)
2010年から2014年までの5カ年についてMENA各国の順位の変遷を見ると、2010年から2013年までの4年間はサウジアラビアが1位であったが、今回UAEがトップに立った。UAEは2010年の4位から2012年には2位に浮上、そして今回1位と順位を上げている。両国の過去5年間の世界順位はサウジアラビアが13位→10位→12位→22位→26位、UAEは33位→35位→33位→26位→23位である。サウジアラビアが過去4年間世界順位を続落させているのに対してUAEは同期間内に順位を大きくあげていることがわかる。
両国に続くのがイスラエルで5年間を通じて常に2位又は3位を維持している。5年前にMENA2位であったバハレーンは2013年にはMENA5位に転落、今回4位に戻している。この間のバハレーンの世界順位の推移を見ると20位(10年)→33位(11年)→38位(12年)→42位(13年) →46位(14年)と5年間で26ランクも落ちている。
MENAの平均世界順位は5年間で87位(10年)→85位(11年)→85位(12年)→90位(13年) →99位(14年)であり過去3年間は大きく低落している。上記のようにMENA上位国の世界順位とMENAの平均順位は共に下落しており、MENAのビジネス環境が近年世界的な競争力を失っていることを示している。2011年に始まった「アラブの春」による政治的経済的な動揺がその最大の原因であろう。
上記以外のGCC諸国のMENA域内の順位はカタールが4位~6位を、またオマーンは8位~6位を維持し、クウェイトは6位→10位に下落している。これを世界順位で見るとオマーンは65位(10年)→53位(11年)→49位(12年)→47位(13、14年)と毎年順位を上げ、一方カタールとクウェイトはそれぞれ39位(10年)→38位(11年)→36位(12年)→40位(13年) →48位(14年)、61位(10年)→71位(11年)→67位(12年)→82位(13年) →104位(14年)と最近3年間に順位を下げており、両国のビジネス環境が悪化していることがわかる。クウェイトは有力な産油国であり豊富な石油収入によりマクロ経済に全く問題はないにも関わらず同じGCC加盟国であるサウジアラビア、UAE、カタールなどと比較して評価が著しく低い。国内の政情が不安定で国会の解散と内閣改造を頻繁に繰り返していることがビジネスのマイナス要因となっている。
因みに「アラブの春」で大きな変革を迫られた国々の過去5年間の世界順位の推移を見ると以下のとおりである。
チュニジア: 69位→ 40位→ 46位→ 50位 → 51位
イエメン: 99位→ 94位→ 99位→118位 →133位
ヨルダン: 100位→ 95位→ 96位→106位 →119位
エジプト: 106位→108位→110位→109位 →128位
シリア: 143位→136位→134位→144位 →165位
上記のうちチュニジアは「アラブの春」直前の2011年には一旦順位をかなり上げたが(注、ビジネス環境評価は前年に発表されるため2011年の順位は2010年に査定されたものである)、以降は毎年下落している。その他の4カ国は過去3カ年で順位を大きく下げており「アラブの春」がビジネス環境に与えた影響の大きさがわかる。
(完)
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