2017年01月
2017年01月27日
エピローグ
3.見果てぬ平和
皮肉にも「アラブの春」が中東でそれまでにない大量の難民を生んだ。故郷で名も無くつつましく暮らしていた彼らはやむを得ず国境を越えて逃げ延びた。そもそも彼ら庶民にとって「国境」は自分たちが生まれる前に英国とフランスがサイクス・ピコ協定を結び自分たちの手の届かないところで勝手に線引きしたものであった。そして今、「IS(イスラム国)」によって自分たちの目の前で国境が「溶けて」行こうとしている。
国境があるがために紛争に巻き込まれ故郷を追われる中東の難民の苦悩は、周囲を海に囲まれ地上の国境線を持たないがゆえに当たり前のように平和を享受している日本人には理解することはとても難しい。
「国破れて山河在り」というのは東洋思想である。しかしイスラームの一神教の世界ではそのような自然観を持つことも難しいようである。アラブの年配者たちの間では「これもすべてアラーの思し召し」とばかり運命をあるがままに受け入れる者も多いが、現世の矛盾と不平等に内心の怒りをたぎらせる若者はアラーが約束した来世の天国に急ぐため、「殉教」の名のもとに自爆テロに走る。
ITの世界を好む若者たちはテロリストにはならずインターネットのSNSを通じて社会改革を求める。彼らはSNSで独裁者打倒の反政府デモを呼びかける。呼びかけに応じて多数の若者が街頭に繰り出し独裁者の退陣を勝ち取ったのが「アラブの春」であった。しかしその後が続かない。それはなぜだろうか。インターネットで呼びかければ世の中がかなり簡単に動くことは実証された。しかし世の中を動かすことは簡単であっても、世の中を変えることはたやすくない。
現状で見る限りアラブ世界では学生たち民主主義勢力の成果は部族勢力或いは宗教勢力が引き継いでいる。民主主義勢力は「成果を横取りされた」と嘆くが、それが現代アラブ・イスーラム世界の現実である。アラブ・イスラーム世界では部族という「血」の絆、そしてイスラームという「心」の絆は強く根を張っているが、民主主義に代表されるイデオロギーという「智」の絆が欠けている。イデオロギーは智(=頭脳)の産物であるが、中東にはそれが無いのである。だが「血」の絆、或いは「心」の絆では対立は解消されない。イデオロギーは必ずしも西欧流の民主主義である必要はないが、中東に何らかのイデオロギーが生まれなければ次なる平和への展望は開けないように思われる。
「アラブの春」以前の独裁政治の長い窮屈な時代が今よりも平和であったという庶民の声が聞こえる。現実の混乱状況(カオス)の前ではそれは確かに一面の真理を突いている。「自由な平和は短く、窮屈な平和は長続きする。」ということであろうか。皮肉なパラドックスである。
戦後70年、歴史は目まぐるしく変化した。変化の速さに慣れた現代人は、自分の生きている間に歴史が動くものと錯覚しているのかもしれない。その錯覚の先にあるのが永遠の平和であろう。中東の平和は見果てぬ夢なのであろうか? 夢で終わらせずいつか平和の女神から月桂冠を受け取る偉大な指導者が中東に現れることを願ってやまない。
(完)
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荒葉一也
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