2007年01月31日

(連載:湾岸諸国の民主化) カタルとバハレーンに見る民主化の現状 ― 「それでも米国」か、「それならイスラム」か?(第1回)

*本稿は平成18年12月20日、財団法人中東調査会発行の「中東研究」第494号(2006/2007 VOL.III)に発表した同名の論文を8回にわたって転載するものです。

第1回:まえがき

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(左:カタル国旗、右:バハレーン国旗)


 カタルとバハレーンはGCC(湾岸協力機構)6カ国の中では政治・社会体制の民主化が進んでいると言われる。確かに民主化への取り組み或いはその実現時期が早いことは指摘できよう。しかしグローバル・スタンダードで見た場合、制度の内容が真に民主的なものであるとは言い難く、またその導入時期も一般国民からの突き上げと言う内的要因よりも、中東の政治状況や米国の中東政策などの外的要因によると考えられるものが少なくない。そして民主化の内容と実施のタイミングは、現在のそれぞれの国で絶対的な権力を握る二人のハマド、即ちカタルのハマド首長とバハレーンのハマド国王の恣意的な判断に委ねられている。つまり民主化の内容とプロセスは「コスメティック・デモクラシー(見せ掛けの民主主義)」と言わざるを得ない。

 このような傾向は他のGCC各国にも共通したものであると言えるが、カタルやバハレーンのような国土、人口ともに極めて小さな国家では特に顕著に見られるようである。そしてそこに濃い影を落としているのが、中東の秩序を構築しようとしている超大国米国の政治力・軍事力であり、一方これに対峙するのは、数百年にわたり地域の社会に深く根ざしたイスラム教の社会的な影響力である。

 本稿は、カタルとバハレーンと言う二つの君主制国家(前者は首長国、後者は王国)の民主化と称されるものの歴史と現状を並行的に取り上げながら、それぞれの国の支配一族であるアル・サーニー家とハリーファ家が、あるときは米国に追随する姿勢を示し、またあるときは地域への同化のためにイスラムへの傾斜を強め、振り子のように揺れ動く両国の外交及び内政について論じたものである。

(以下の予定)
第2回:カタルとバハレーンの相似性
第3回:相似性その2:政治の歴史的風土と若い君主の登場
第4回:相似性その3:支配一族による国政の独占
第5回:米国とカタル及びバハレーンとの関係
第6回:米国の湾岸民主化政策の見直し
第7回:コスメティック・デモクラシーによる体制維持
第8回:「それでも米国」か、「それならイスラム」か?


at 08:33GCC  
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