2007年07月29日
(現代中東の王家シリーズ1)サウジアラビア・サウド家
(お知らせ)
本シリーズは「中東と石油」の「A-15 サウジアラビア・サウド家」で全文をごらんいただけます。
(第10回)王族とビジネス(1):サウド家と大商人の関係
これまでに見てきたようにサウド家の王族は主要閣僚、知事および高級官僚ポストを独占している。「サウジアラビア」が「サウド家のアラビア」である以上当然のこととも言えよう。そしてサウド家の強大な力をもってすれば、政官界のみならず経済界を支配することも不可能ではないはずである。それにもかかわらずサウド家王族の中にビジネスへ進出する者は殆どなかった。その理由として二つのことが考えられる。一つはサウド家の出自がベドウィンだと言うことであり、もう一つは建国から現代に至るサウド家と民間の大商人達との関係であろう。
サウド家はアラビア半島中央部ネジド地方のベドウィンである(「第1回:サウド家のはじまり」参照)。彼らは現在の首都リヤドのはずれにあるオアシス、ディルイーヤでラクダや羊の放牧とナツメヤシの栽培で生計を立てていた。ベドウィンはこのようにオアシスで細々と農業や牧畜を営む一方で、砂漠を横断する隊商を護衛して通行料を取り、時には敵対する部族や隊商そのものを襲撃して略奪を繰り返す遊牧民でもあった。
彼らベドウィンは武勇を尊ぶ誇り高い部族であり商業を蔑んでいた。日本の武家社会を例に出すまでもなく、武力で支配しようとする者が商人達を蔑視する風潮は古今東西を問わない。裏返して言えばベドウィンには商才というDNAが育たなかったとも言える。サウド家の王族にビジネスマンが育たなかった第一の理由である。
第二の理由はサウド家がアラビア半島紅海沿岸(ヒジャズ地方)の征服に乗り出したとき、地元の大商人達とギブ・アンド・テイクの関係を結んだことにある。イスラム教の聖都マッカとマディナを抱えたヒジャズ地方は当時からネジド地方とは比較にならないほど豊かであり、ジェッダはこれら二大聖都の門前市として栄えていた。ジェッダには南方のイエメンや北方のレバノンなどから商人が集まり、世界中から訪れる巡礼者を目当てに旅籠や土産物屋など幅広い商売を行っていた。当時彼ら商人達はオスマン・トルコからマッカの太守のお墨付きを得ていたハーシム家(現在のヨルダン王家のルーツ)の庇護を受け、その見返りとして巡礼者相手の商売から得た利益の一部をハーシム家に上納していたのである。
ヒジャズ地方の征圧に乗り出したサウド家のアブドルアジズは、ジェッダの大商人達にこれまで通り彼らの権益をそのまま認め、その見返りとしてサウド家への忠誠を求めた。彼らがその要求に従った結果、聖都マッカとマディナはサウド家のものとなった。こうしてサウド家は単なる武力による支配者としてだけではなく、イスラムの守護者としての正統性も主張できるようになったのである(後に第五代国王ファハドは、自らを「国王」であると同時に「二大聖都の守護者」と名乗るのである。)(写真はマッカのカーバ神殿)
サウド家がアラビア半島全域を支配したことにより、大商人達のビジネス・チャンスが拡大したことは言うまでもない。当時はまだ石油が発見される前であり、半島征服戦争に明け暮れるサウド家の財政は非常に厳しく、アブドルアジズは大商人達に財政的な支援を求め、彼らはそれに応じた。こうしてサウド家と大商人達は、パトロンと庇護される者という関係を築いたのである。つまりサウド家は政治、外交及び軍事・警察の役割を担い、大商人達が経済を担うと言う関係である。その結果両者の間にお互いの領分を侵さないと言う暗黙の了解が生まれた。つまりサウド家の王族はビジネスに手を出さない、と言う不文律である。
第二次大戦後に石油の本格生産が始まるとこの不文律はむしろ強まったと言える。何故ならサウド家に莫大な石油の富がもたらされたことにより、サウド家は王族全員を扶養することが可能になり、彼ら王族はビジネスに手を染める必要がなくなったからである。王族男子は生まれると同時に一生王族としての生活費を与えられるようになった。さらに石油の富は国内インフラの整備、石油化学プラントの建設と運営、西欧近代兵器の輸入などにばらまかれたが、それは利権として一部王族の懐を潤すことにもなった。こうして王族はビジネスに汗水を垂らす必要は全くなくなり、大臣、知事、高級官僚などのポストに就くことで名誉と富を得ることができたのである。
(第10回完)
(これまでの内容)
(第9回)要職を独占するサウド家の王族(その3):高級官僚の王族達
(第8回)要職を独占するサウド家の王族(その2):官選知事の顔ぶれ
((第7回)要職を独占するサウド家の王族(その1):中央政府閣僚
(第6回)アブドルアジズの息子達に受け継がれる王位
(第5回)アブドルアジズの治世後期:石油の発見と第二次世界大戦
(第4回)サウド家安泰のために:26人の王妃と36人の王子達
(第3回)アラビア半島国盗り物語―「サウジアラビア王国」の樹立
(第2回)サウド家のクウェイト亡命生活と19世紀末の中東情勢
(第1回)サウド家のはじまり
(前田 高行)
本稿に関するご意見、コメントをお寄せください。
E-mail: maedat@r6.dion.ne.jp
本シリーズは「中東と石油」の「A-15 サウジアラビア・サウド家」で全文をごらんいただけます。
(第10回)王族とビジネス(1):サウド家と大商人の関係
これまでに見てきたようにサウド家の王族は主要閣僚、知事および高級官僚ポストを独占している。「サウジアラビア」が「サウド家のアラビア」である以上当然のこととも言えよう。そしてサウド家の強大な力をもってすれば、政官界のみならず経済界を支配することも不可能ではないはずである。それにもかかわらずサウド家王族の中にビジネスへ進出する者は殆どなかった。その理由として二つのことが考えられる。一つはサウド家の出自がベドウィンだと言うことであり、もう一つは建国から現代に至るサウド家と民間の大商人達との関係であろう。
サウド家はアラビア半島中央部ネジド地方のベドウィンである(「第1回:サウド家のはじまり」参照)。彼らは現在の首都リヤドのはずれにあるオアシス、ディルイーヤでラクダや羊の放牧とナツメヤシの栽培で生計を立てていた。ベドウィンはこのようにオアシスで細々と農業や牧畜を営む一方で、砂漠を横断する隊商を護衛して通行料を取り、時には敵対する部族や隊商そのものを襲撃して略奪を繰り返す遊牧民でもあった。
彼らベドウィンは武勇を尊ぶ誇り高い部族であり商業を蔑んでいた。日本の武家社会を例に出すまでもなく、武力で支配しようとする者が商人達を蔑視する風潮は古今東西を問わない。裏返して言えばベドウィンには商才というDNAが育たなかったとも言える。サウド家の王族にビジネスマンが育たなかった第一の理由である。
第二の理由はサウド家がアラビア半島紅海沿岸(ヒジャズ地方)の征服に乗り出したとき、地元の大商人達とギブ・アンド・テイクの関係を結んだことにある。イスラム教の聖都マッカとマディナを抱えたヒジャズ地方は当時からネジド地方とは比較にならないほど豊かであり、ジェッダはこれら二大聖都の門前市として栄えていた。ジェッダには南方のイエメンや北方のレバノンなどから商人が集まり、世界中から訪れる巡礼者を目当てに旅籠や土産物屋など幅広い商売を行っていた。当時彼ら商人達はオスマン・トルコからマッカの太守のお墨付きを得ていたハーシム家(現在のヨルダン王家のルーツ)の庇護を受け、その見返りとして巡礼者相手の商売から得た利益の一部をハーシム家に上納していたのである。
ヒジャズ地方の征圧に乗り出したサウド家のアブドルアジズは、ジェッダの大商人達にこれまで通り彼らの権益をそのまま認め、その見返りとしてサウド家への忠誠を求めた。彼らがその要求に従った結果、聖都マッカとマディナはサウド家のものとなった。こうしてサウド家は単なる武力による支配者としてだけではなく、イスラムの守護者としての正統性も主張できるようになったのである(後に第五代国王ファハドは、自らを「国王」であると同時に「二大聖都の守護者」と名乗るのである。)(写真はマッカのカーバ神殿)
サウド家がアラビア半島全域を支配したことにより、大商人達のビジネス・チャンスが拡大したことは言うまでもない。当時はまだ石油が発見される前であり、半島征服戦争に明け暮れるサウド家の財政は非常に厳しく、アブドルアジズは大商人達に財政的な支援を求め、彼らはそれに応じた。こうしてサウド家と大商人達は、パトロンと庇護される者という関係を築いたのである。つまりサウド家は政治、外交及び軍事・警察の役割を担い、大商人達が経済を担うと言う関係である。その結果両者の間にお互いの領分を侵さないと言う暗黙の了解が生まれた。つまりサウド家の王族はビジネスに手を出さない、と言う不文律である。
第二次大戦後に石油の本格生産が始まるとこの不文律はむしろ強まったと言える。何故ならサウド家に莫大な石油の富がもたらされたことにより、サウド家は王族全員を扶養することが可能になり、彼ら王族はビジネスに手を染める必要がなくなったからである。王族男子は生まれると同時に一生王族としての生活費を与えられるようになった。さらに石油の富は国内インフラの整備、石油化学プラントの建設と運営、西欧近代兵器の輸入などにばらまかれたが、それは利権として一部王族の懐を潤すことにもなった。こうして王族はビジネスに汗水を垂らす必要は全くなくなり、大臣、知事、高級官僚などのポストに就くことで名誉と富を得ることができたのである。
(第10回完)
(これまでの内容)
(第9回)要職を独占するサウド家の王族(その3):高級官僚の王族達
(第8回)要職を独占するサウド家の王族(その2):官選知事の顔ぶれ
((第7回)要職を独占するサウド家の王族(その1):中央政府閣僚
(第6回)アブドルアジズの息子達に受け継がれる王位
(第5回)アブドルアジズの治世後期:石油の発見と第二次世界大戦
(第4回)サウド家安泰のために:26人の王妃と36人の王子達
(第3回)アラビア半島国盗り物語―「サウジアラビア王国」の樹立
(第2回)サウド家のクウェイト亡命生活と19世紀末の中東情勢
(第1回)サウド家のはじまり
(前田 高行)
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