2008年06月22日

湾岸産油国のSWF Part III:「中東から日本、そして日本から中東へ。湾岸SWFが開く新シルクロード」(その1)

1.日本にも姿を現した湾岸SWF
 6月13日付け日本経済新聞に、「ムバダラ、神戸の医療特区に100億円投資」と題するニュースが一面トップで報じられた。ムバダラは2002年に設立されたアブダビの政府系ファンドであり、これまで米国のプライベート・エクイティ・ファンド(PEF)カーライルグループやイタリアの自動車メーカーフェラーリなどに投資していることで知られる。このほか昨年8月に同じアブダビの政府系ファンドIPIC(国際石油投資会社)がコスモ石油の株式20%を取得している。また11月にはドバイの政府系ファンドDICがソニーへの投資を決定した。

 湾岸の政府系ファンド(SWF)は、金利安、ドル安を嫌い、それまでの米国債や米国系銀行への預金一辺倒から、株式や不動産の取得という直接投資に目を転じたのではあるが、その投資対象は株式の場合は欧米の一流企業、いわゆるブルーチップ銘柄であり、不動産の場合でもロンドン、ニューヨークのオフィス・ビルや一流ホテルなどが対象であった。

 勿論ムバダラやIPIC以前に中東のファンドが日本に姿を現した例がないわけではない。バハレーンの投資銀行がシンガポールの子会社を通じて日本のマンションを取得した例などがある。しかしこの資金源はあくまで民間のオイル・マネーであって政府系ファンドではない。民間のファンドは冷徹な資本の論理で投資し、不動産や株式の値上がりにより投資収益が目算どおりになれば、躊躇なく売却して利益を出資者に還元するであろう。

 これに対してコスモ石油への出資、医療特区への投資などの政府系ファンドの対日投資には民間ファンドと異なる意図が見え隠れする。これら日本の一流企業或いは第三セクターに対する出資は、安定志向の政府系ファンドの投資姿勢に適ったものであろうが、同時にこれら投資対象の産業分野には中東諸国が現在必要としている日本の高度な技術が秘められている。つまり日本の石油精製業は中東で大量に産出する重質油の処理技術、あるいは地球温暖化問題に対応した高度な環境技術を持っている。そしてソフト・ハード両面にわたる日本の先端医療技術は、心臓病・糖尿病など多発する現代病に悩む湾岸諸国にとって大きな魅力である。

 これに対して湾岸SWFを迎える日本の資本市場は全面的に歓迎と言うわけではない。むしろ本音では警戒感が強い。警戒する理由は彼等の本当の姿を理解しているからではない。欧米諸国では湾岸SWFが積極的に情報開示しないことを警戒する理由にあげており、日本にもその論調は強い。しかし日本の場合は、それ以上に湾岸SRFの背景にある中東、アラブそしてイスラムについて余りにも知識が乏しい。さらに言えばその乏しい知識ですらすべてが欧米を経由してもたらさせたものであり、直接彼等と接触して得られた知識は殆どゼロと言って良い。

 その結果、「中東」、「アラブ」、「イスラム」などの言葉は、日本では「よくわからない」、「何となく怖い」などのマイナスのイメージで語られ、「湾岸SWF」も同じ範疇で受け止められる。欧米については情報が溢れているため、それだけで理解できたような錯覚に陥るのと全く逆なのである。それは多分にマスメディアの報道姿勢にも原因があるのかもしれない。

 そのような中で湾岸SWFに対する理解を深めようとする動きもある。経済のグローバル化の中で資本も国境を越えて自由に往来することは避けて通れない。むしろ日本の経済発展のためには外国資本に門戸を開き、その中で世界に通用する国力を強めなければならない。最近、渡辺金融相の私的懇談会である金融市場チームが「開かれた金融力のある国を目指して」と題する報告書をまとめた。報告書は外国の政府系ファンドによる対日投資を歓迎する、と明記している。

 このPART III「中東から日本、そして日本から中東へ。湾岸SWFが開く新シルクロード」では、湾岸SWFの特性、それを支配する各国政府の意思、日本側の対応、そして湾岸SWFが日本に進出する場合の問題点等について解説を試みた。そしてそれらを踏まえた上での筆者なりの提案「新シルクロード構想」を述べてみたい。

(その1終わり)

Part II:「投資国(Investor)と受入国(Recipient)」(全6回)
その6:投資国と受入国による新秩序の模索
その5:InvestorとRecipientに分かれる湾岸産油国
その4.投資国と受入国の双方の主張
その3:湾岸SWFと米国との歴史的関係(3):米巨大銀行への資金注入(サブプライム問題)
その2:湾岸SWFと米国との歴史的関係(2):緊張時代(9.11テロ事件以降)
その1:湾岸SWFと米国との歴史的関係(1):蜜月時代(9.11テロ事件まで)

Part I:「湾岸産油国の政府系ファンドを探る」(全6回)
その6:ドバイの政府系ファンド
その5:アブダビの政府系ファンド:ADIAとIPIC
その4:サウジアラビアの政府系ファンド:サウジ通貨庁と年金庁
その3:クウェイトの政府系ファンド(SWF):クウェイト投資庁
その2:カタルの政府系ファンド(SWF):カタル投資庁
その1:はじめに

以上

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前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
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