2009年08月25日

中東VIP劇場サルコジ篇:湾岸産油国を舞台にビジネスに狂奔するフランス(その3)

(注)本シリーズ(プロローグ~最終幕)をHP「中東と石油」に一括掲載しました。

(第二幕)アブダビの場:美女に次ぐ売り物は原発
img20090825.jpg 2007年3月、フランスとアブダビはルーブル美術館の分館(写真)を首都近郊のサディヤット島(アラビア語で「幸福の島」の意)に建設することに合意した 。アブダビは「ルーブル」の名前を30年間使用する権利としてフランスに5億2千万ドルを支払い、さらに同美術館のコレクションの借用料として7億5千万ドルを別途支払う。フランス国内には根強い反対があったが、シラク大統領(当時)はそれを押し切った。同時にソルボンヌ大學の分校を開校することも決まった。ハイテク分野では米国に大きく引き離されたフランスであるが、芸術文化に関しては米国など足元にも及ばないようなブランド価値がある。

もともとシラク大統領は米国に好感を持っていない。しかも2003年のイラク解放戦争に反対し、ブッシュ大統領(当時)から「古いヨーロッパ」と切り捨てられた。その頃から湾岸諸国では原油価格の急騰によりオイルブームが到来したのであるが、米国と対立したフランスはその恩恵に預かることができずただ指をくわえて見ている他なかった。ルーブル美術館の分館建設は、フランスが湾岸諸国でのビジネスの足がかりをつけるフランス最大の目玉商品である。偶像崇拝を禁止するイスラムの教えに従い湾岸諸国では公の場で元首の写真以外に肖像画は殆ど見かけない。まして裸体の絵画や彫刻などはもってのほかである。従ってアブダビのルーブル分館に「ミロのヴィーナス」がすぐに展示されることはないであろう。しかし「モナ・リザ」なら見ることができるかもしれない。ルーブルの美女たちがアブダビにお目見えする日はそう遠くない。ルーブル・アブダビ分館は引退するシラク前大統領からサルコジ新大統領への置き土産となった。

そして翌年1月、サルコジ大統領は最初の中東訪問としてUAE(アブダビ、ドバイ)、サウジアラビア及びカタールの3カ国を訪問した。実はブッシュ米大統領もそのとき同じ国々を回っており、サルコジ大統領がサウジアラビアのリヤドからアブダビに向かったその日にブッシュ大統領はアブダビからリヤドに向かったのである。二機の大統領機はアラビア半島上空のどこかですれ違ったことになる。しかしブッシュ大統領のミッション(目的)が中東和平・イラク問題であったのに対し、サルコジ大統領のミッションは湾岸におけるフランスの経済・軍事両面の国益を取り戻すことであった。

サルコジ大統領はUAE訪問で二つの大きな成果をあげた。一つは原子力発電所建設のための核開発協力であり、もう一つはUAEにフランスの軍事基地を開設することに合意したことである 。原子力発電所についてはTotal/Suezの二社に原子炉メーカーのArevaが加わり第三世代原発を2機建設しようというものである。UAEには14ヶ所の原発建設計画があり、そのうちアブダビ2ヶ所とシャルジャ1ヶ所は2020年までの完成予定とされている 。フランスは米国に次いで世界第二位の原発大国であり、米国のスリーマイルあるいはロシア(旧ソ連)のチェルノブイリのような事故もなく、その安全性は高く評価されている。世界中で原発建設の機運が盛り上がっており、フランスにとって最大のビジネスチャンスが到来したのである。

読者の中には石油或いは天然ガスが豊かな湾岸産油国でなぜ原子力発電必要なのかという素朴な疑問を持つ方もおられるであろう。燃料ウランも技術も設備も全て一から輸入しなければならない、しかも莫大な建設コスト、使用済み核燃料の処理、さらには近隣諸国(特にイラン)との関係など原発建設が抱える問題は多い。純経済的に見れば自国で産出する石油或いは天然ガスを燃料とした発電所のほうが安上がりであることは間違いない。

湾岸諸国は恒常的に電力・水が不足しているため、発電所と海水淡水化装置をセットにしたプラントの建設が緊急課題である。またプラントの操業による雇用効果が期待され、若年層の失業問題に悩む湾岸諸国にとって造水装置と一体化した原発を建設する意味が無いわけではない。しかし原発と造水のプラントは石油化学や製造業に比べ技術の波及効果が望めず雇用創出効果はさほど大きくない。まして原発プラントとなれば都会から離れた辺鄙な海岸沿いに建設されることになり、若者には魅力の乏しい職場であろうと思われる。

このように数多くの問題がありながらどうしてUAEは原発建設に積極的なのであろうか。それは突き詰めて言えば、UAEにオイルマネーがあふれており、その使い道として原発建設は自国のステータスをあげる格好のプロジェクトになるということである。今やクリーンなイメージのエネルギーとされる原子力を手がければ、環境問題の原因とされる石油の生産国としてのマイナスイメージを少しでも和らげることができる。これがUAEの原発計画推進の真の意図であろう。

一方、原発を国際ビジネスとするフランス、米国、英国そして原子炉、発電機などプラント心臓部分の機器を製造することのできる日本やドイツなどにとって、資金力のあるUAEは原発建設の実現性がもっとも高い国のひとつと言えよう。こうして需要側(UAE)と供給側(先進工業国)の思惑が一致したのである。原発の技術及び機器を供給できる国は限られており競争相手は少ない。特にプライム・コントラクター(主契約者)となれるのは実質的にはフランスと米国の二社(GE及びウェスティングハウス)の3社だけと言える。フランスにとってはUAEの商談は何としてもものにしたい。

その思いは米国にとっても同じである。むしろ米国にすればこれまでイラク或いはイランの脅威に対しGCC諸国の後ろ盾になってきたという自負があり、ここでフランスに原発を受注させる訳にはいかない。また米国企業はUAEの産業界に深く根を張っている。例えばごく最近GEはアブダビの政府系ファンドのムバダラと合弁事業を設立した 。当面の事業分野はファイナンスのようであるが、GEとしては当然原発の受注を視野に入れているであろう。そしてGEの背後には主要機器の供給者として日立がいる。因みにウェスティングハウスは東芝が筆頭株主である。フランスと対決する米国側の体制は万全である。

フランスも負けてはいない。Arevaが、自社株のかなりの部分を中東及びアジアの投資家に売却する意思がある、とFinancial Timesが報じている 。売却相手先としてはムバダラのほかに三菱重工の名前まで挙がっている。三菱重工は東芝、日立と並ぶ原子炉メーカーであり、かつてはウェスティングハウスと提携していたのであるが、2006年の同社の買収合戦で東芝に負けている。UAEをめぐる原発商談は複雑な展開を見せており、フランスが受注できるか否かは予断を許さない。サルコジ大統領にとってはまさに正念場である。

(第二幕おわり)


これまでの内容
プロローグ:サルコジ、湾岸産油国を目指す
(第一幕)リビア篇:離婚目前の妻をヒロインにヒューマンドラマを演出


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at 15:48GCC  
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