2010年06月08日
ソブリン格付けは信頼できるか? 中東とEUの格付けを比較する(下)
(注)ブログ「MY LIBRARY(前田高行論稿集)」に上下編を一括掲載しております。
2.EUと中東(及びアジア主要国)のソブリン比較
S&PはEU27カ国のうち英仏独を始めオランダ、オーストリア、デンマーク、スウェーデン、ファインランド、ルクセンブルグの9カ国に最上級の格付け(AAA)を与えている。非ヨーロッパ圏でAAAと格付けされているのは米国、カナダ、シンガポールなど限られた国である。日本はこれに次ぐAA格付けであり、EUのアイルランド、スペイン、ベルギーと同等の扱いである。中東諸国では湾岸産油国のアブダビ、カタール、クウェイト、サウジアラビアの格付けがAAである。日本や湾岸産油国は信用不安がささやかれるスペインと同格扱いである。さらに付言するならアブダビ以外の湾岸産油国はAA-(マイナス)とされ、スペインよりも一段低く評価されている。
AAに次ぐAの格付けを得ている中東の国はイスラエル、オマーン、バハレーンなどであり、EUで格付けAの国はイタリア、キプロス、スロバキアがA+(プラス)、ポルトガル、ポーランドがA-(マイナス)である。つまり同じA格付けでも中東の3カ国はイタリア、キプロスなどよりも評価が低い。因みにアジアでは中国がA+、韓国がAである。中国はイタリアと同等であるが、韓国はイタリアよりも低い評価が下されている。
債務履行能力があるとされる中で最も低いランクのBBBは、S&Pの定義によれば「債務を履行する能力は適切であるが、事業環境や経済状況の悪化によって債務履行能力が低下する可能性が高い」とされ、かなり厳しい評価である。EUでこの評価を与えられている国はハンガリーなどであり、EU加盟国ではないがアイスランドもBBBである。ハンガリーは上記のとおりギリシャの二の舞が懸念されており、アイスランドは2008年の世界金融危機の中で国家の破綻に瀕したことは記憶に新しい。
このようなハンガリーやアイスランドと同格のBBBを付与されているのが、北アフリカのモロッコ及びチュニジアであり、西欧・アラブ圏以外ではロシア、インド、ブラジル、南アフリカのいわゆる中国以外のBRICS4カ国(Sは南アフリカ)がこのグループに括られている。
ギリシャは最近の格付け見直しにより債務履行能力があるとされるこれまでの格付けから投機的要素が強いとされるBBに格付けされ危険水域にあるが、人口、経済規模ともに中東の大国であるエジプト及びトルコは世界金融危機以前からすでにBBまたはB以下の投機的要素が強いとされるランクにとどまっている。
3.ソブリン格付けの信頼性
格付けの変遷を見るとS&Pはこれまでずっとギリシャは信頼できるが、トルコは信頼できないと判断していたことになる。その判断の当否について結論を出すのは簡単ではないが、現在の両国の状況を第三者的立場から見れば格付けに問題があったと言えそうである。
確かにトルコは数年前までハイパー・インフレの状態であり、漸く経済が上向き始めたばかりである。一方のギリシャはEUという大きな経済圏の中で外部から保護され経済同盟の特権を享受して表面的な安定を誇示してきた。それが両国の格付けの差となって表れていたのである。しかしギリシャはEU加盟国としての特権を維持するため財政赤字を隠蔽し、政権が交替するまで露見しなかった。ハンガリーも全く同じ轍を踏んでいる。
格付け判断の基本は各国政府が公表するGDP成長率、対外債務などの経済基礎データである。格付け会社はそのデータが客観的で信頼性があると言う前提に立っている。経済データの開示度が低くまたデータの客観性や信頼性に欠ける中央集権的国家や発展途上国の格付けが厳しくなり、これに対してEU諸国のデータは客観性や信頼性が高いと見なされる結果、格付けに差が出るのは当然かもしれない。しかしギリシャのように経済データを捏造した場合、格付け会社はお手上げである。
今回の問題でギリシャの経済危機を見抜けなかったとして格付け会社を非難する声があるが、筆者はそれはお門違いだと思う。国家が意図的にデータを捏造した場合、一介の私企業にすぎない格付け会社がそれを発見することなど不可能だからである。
格付け会社に問題があるとすれば、データを先進国(それはとりもなおさずヨーロッパと米国である)の基準で判断すると言う手法に頼り過ぎたことであろうか。つまり欧米の基準をデファクトスタンダードとすることの限界である。それを是正するためにはギリシャのようなデータのねつ造を許さない国際的なルール作りが必要である。と同時に中東やその他の開発途上国は透明性の高い統計 を迅速に公表する体制を整えるべきであろう。
(完)
「Standard & Poorsのホームページ」
「MENAランキングシリーズ6:ソブリン格付け(2010年1月)」
http://www.k3.dion.ne.jp/~maedat/0130MenaRank6as201002.pdf
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