2011年02月01日
荒葉一也SF小説Part II「エスニック・クレンザー(民族浄化剤)」(4)
(お知らせ)
荒葉一也のホームページ「OCIN INITIATIVE」が開設され、小説「ナクバの東」として続きを連載中です。
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退役将軍「シャイ・ロック」(4)
しかし年齢と経験を重ねた後の二度目の米国赴任は彼の眼を外部に開かせた。末席とは言え大使館付の武官ともなればむしろ外部に目を開くことが期待される。彼の主な任務。それはワシントンに集まる各国の軍事情報や米国の軍需産業の最新情報を収集することであった。そしてもう一つの重要な任務はペンタゴンを中心とする米国の軍関係者との人脈形成であり、同時に祖国を物心両面でサポートしてくれる在米ユダヤ人たちと密接な関係を築くことであった。
各国の軍事情報や米国軍需産業の情報を収集する仕事は彼の性に合っていた。もともと米国空軍や航空機メーカーの幹部達とはかつて戦闘機パイロットとしての訓練を受けた時の人脈があり馴染みの顔触れが多い。各国の軍事情報については、折に触れて開かれる大使館のパーティーに各国の駐在武官を招待したり、或いは逆に各国大使館のパーティーに出向いて駐在武官同士の立ち話でいろいろな情報を集めた。気になる噂については米英など西欧諸国の武官に直接面談して確かめたりした。
イスラエルにとっては冷戦下のソ連がエジプトやシリアに大規模な武器供与を行っていることがもっとも気がかりだった。かれはそのためイランの駐在武官とも頻繁に情報を交換した。当時のイランは親米派のシャー・パハレビーが国内で絶対的な権力を握っており、軍事面では「ペルシャ湾の警察」と呼ばれ西側陣営の一翼を担っていた。イランとイスラエルは宗教も民族も異なり水と油の関係である。しかし両国は共にソ連及びアラブ諸国と緊張関係にある。両者の間には「敵の敵は味方」という際どい関係があり、その両者を結びつけていたのが米国という共通の絆である。冷戦の一方の雄、米国のおひざ元ワシントンにおいてイランとイスラエルは緊密な情報交換を行っていた。『シャイ・ロック』は夜遅くまで机に向かって本国に報告書を送り続けた。
軍事情報の収集に比べ在米ユダヤ人など民間人との交際は苦手であった。軍事関連の話題なら流暢に受け答えする彼も、世間的な話題になると途端に舌が滑らかに動かない。元来口下手なだけに多弁でジョーク好きなアメリカ人を相手にすると一方的な聞き役に終わってしまう。相手から人気のテレビ番組についてどう思うか、と感想を聞かれても満足に答えられない。何しろ彼は騒々しいだけのテレビのホームコメディには興味が無く、毎晩本国への報告書作りに追われテレビを見る時間など無いのである。米国のテレビ番組をチェックするのは本国の外務省から派遣された職業外交官に任せれば良い、と彼は思っていた。
(続く)
(この物語は現実をデフォルメしたフィクションです。)
荒葉一也:areha_kazuya@jcom.home.ne.jp