2016年08月31日

見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(35)

第4章:中東の戦争と平和
7.イラン・イラク戦争:産油国と米国が味方のイラクと孤立無援のイラン
35IranIraqWar
 アフガニスタンのイスラーム勢力(ムジャヒディン)はソビエトを後ろ盾とする共産主義中央政府を相手に一神論と無神論をかけた戦いを有利に展開した。そしてイランでは僧職者とバザール商人のイスラーム連合勢力がシャー(皇帝)の推進する西欧流「白色革命」を打破してイスラーム革命を成し遂げた。イスラーム復興の動きはアフガニスタンに始まり西の隣国イランに及んだ。

 イラン・イスラム共和国の最高指導者ホメイニ師はその動きをさらに西隣のアラブ諸国に向けた。彼はペルシャ湾を挟んだサウジアラビアなど湾岸各国のムスリムたちに君主制国家の打倒を呼びかけた。曰く、サウジアラビアのサウド家はイスラームの聖地マッカ、マディナを私物化し、さらに石油の富を自分たちだけで独占している。彼らはアラーにとって許されざる存在であり、ムスリムは王制打倒に立ち上がるべきだと説いた。ホメイニ師はさらに世俗国家イラクの市民に対しても独裁者フセインはイスラームの教えを忘れアラーに背いているとして反抗をそそのかした。ペルシャ湾沿岸やイラク南部には多くのシーア派の住民がおり、バハレーンはシーア派が国民の多数を占めているほどである。スンニ派が支配するイラクも実はシーア派が多数である。ホメイニ師はこれらシーア派住民に体制打倒を呼びかけたのである。そしてホメイニ師がさらに西の先に打倒を目指すのがイスラエルである。彼は「イスラエルを地中海に追い落とせ」とイスラーム諸国全体に呼びかける。

 イラクや湾岸王制国家の為政者たちはホメイニの獅子吼に震え上がった。サウジアラビアではイラン革命の年の11月、聖地マッカでマハディ(救世主)を名乗る男がカーバ神殿を占拠する事件が発生した。為政者たちはシーア派住民の締め付けを強化した。イスラームの歴史上、シーア派とスンニ派の対立が表面化したのはイスラーム帝国建国の初期以来のことである。キリスト教では対立する宗派間で教義論争が繰り広げられ、それが武力衝突に発展することは少なくなかったが、イスラーム社会では概して宗派の違いに寛容でお互いに干渉しない不文律があった。しかしイラン革命により、イスラーム社会にスンニ派対シーア派という新たな対立軸が生まれたのである。

 この対立を権力基盤拡大の好機と見たのがイラクのフセイン大統領であった。彼はイランに宣戦布告することにした。独裁者が国内問題から国民の目をそらせるために外国と戦争することはよくあることであり、フセイン大統領の意図もそこにあった。しかしそれ以上に彼を戦争に駆り立てたのはイランと戦争すればいくつかの外国勢力が彼に加担すると見込んだからである。彼は対イラン戦争をペルシャ人対アラブ人、シーア派対スンニ派の戦いに仕立て上げたのである。

 国内に多数のシーア派住民を抱えるクウェイト、サウジアラビアはひ弱で、大国イランを相手に自ら戦争の表舞台に立つことはできない。フセインはイラクが両国に代わってイランと戦うので戦費を負担せよと迫った。豊かな産油国であるクウェイト、サウジアラビアにすればカネで済むのであればむしろありがたい。彼らは進んで戦費を負担した。さらにフセインはシャー体制の転覆、テヘランの米大使館占拠事件などにより米国に反イラン感情が高まっていることも見逃さなかった。米国がイラクの独裁政権を表立って支援するとは思えないが、もしイラクがイランと開戦すれば米国がイラクの肩を持つことはほぼ間違いなかった。そして実際に戦争がはじまると米国どころかソ連もイラクを支援したのであった。

 1980年9月にイラクの奇襲作戦によりイラン・イラク戦争は始まった。緒戦は近代装備に優れたイラク軍がイラン領土内に攻め込んだ。しかしイラン側の抵抗も激しかった。イスラム革命を経験したばかりのイラン人義勇兵の戦意は高く、死をもいとわず勇猛果敢に戦った。恐れをなしたのはイラク側である。イラン兵は倒れても倒れても雲霞の如く戦場に現れる。なにしろイランの人口は8千万人であり義勇兵の補充に事欠かない。イラク兵は戦意を喪失した。こうして戦況は翌年5月には膠着状態に陥ったのである。ペルシャ人対アラブ人、シーア派対スンニ派のイラン・イラク戦争は消耗戦争の様相を呈した。

 (続く)

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 荒葉一也
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drecom_ocin_japan at 09:11コメント(0)トラックバック(0)中東の戦後70年  

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