2017年03月27日
八方ふさがりのサウジアラビア副皇太子(4)ビジョン2030篇(完)
2017.3.27
荒葉一也
(注)本レポート1~4は「マイライブラリー」で一括してご覧いただけます。
http://mylibrary.maeda1.jp/0404DepCrownPrinceMbS.pdf
4.ビジョン2030篇:笛吹けど踊らぬ民間経営者
ムハンマド副皇太子が旗を振る長期国家ビジョンSaudi
Vision 2030(ビジョン2030)及び国家変革計画NTP2020は極めて野心的な計画である。そしてこれらの計画に関与し(或いは関与しようとしている)外国政府・企業関係者は今度こそサウジ政府の意気込みは本物である、と異口同音に語っている。確かにその通りであろうしそれにケチをつけるつもりはない。
しかしいわゆる評論家たちの目は必ずしもそうばかりとは言えない。彼らの多くはいくつかの計画の目標達成は難しいとみている。ビジョン2030の「繁栄する経済」と題する項目では、2030年までにGDPを現在の世界19位から15位以内に引き上げる、GDPに占める民間部門の比率を40%から65%に引き上げる、失業率を11.6%から7%に引き下げる、女性の労働参加率を20%から30%に引き上げる等の目標が取り上げられ、また「活力ある社会」の中では平均寿命を74歳から80歳に延ばす、現在の持ち家比率47%を2020年までに5%引き上げる等の目標が掲げられている。そして三番目に掲げられた「野心的な国家」ではe-Government(電子政府)を推進し世界ランク5位(現在は44位)を目指す[1]、非石油製品による政府歳入を現在の1,630億リアルから2030年には1兆リアルにアップさせる等が掲げられている。
ビジョン2030を実現するために2020年までに達成すべき目標を示したNTP2020では非石油収入を5,300億リアルに増やすこと、公務員の給与総額を4,800億リアルから4,560億リアルに削減すること、非政府部門で45万人以上の雇用を創出すること、国営企業を民営化するためのセンターを創設すること、石油精製能力を290万B/Dから330万B/Dにアップすること、全エネルギーに占める再生可能エネルギーの比率を4%とすることなどの具体的目標が挙げられている。
今回のビジョン2030及びNTP2020に共通しているのは目標が極めて具体的な数値として示されていることである。それゆえに国民や外国の政府・企業にとって非常にわかりやすい。しかしその反面、本当にこれだけ盛り沢山の目標を2030年或いは2020年まで(2020年と言えば残すところわずか3年である!) という限られた時間内に実現できるのか、という疑問が付きまとうのである。
石油収入に依存し人口が増え続けるサウジ社会が破たんするのを防ぐめには産業の多角化を図り雇用を創出する以外に道は無い、という思いがムハンマド副皇太子の胸中にあり、それは国の将来に対する不安の表れであると同時に父親のサルマン国王により将来の指導者として自分が選ばれたことに対する強い自負の表れでもある。
ただビジョン2030とNTP2020に掲げられた目標は政府の努力だけで達成できるものではない。上記に例示した目標を見てもわかる通り目標の多くは民間部門と密接にかかわっており、GDPに占める民間部門の比率向上、非政府部門の雇用創出などはまさに民間企業の協力なくしては達成不能である。
ところが政府が華々しく打ち上げたビジョン2030、NTP2020に対して民間企業経営者がもろ手を挙げて賛同しているようには見えないのである。政府の経済刺激策が大きなビジネスチャンスであるにもかかわらず、民間企業特に大手財閥のクールさが目に付く。今回のサルマン国王の来日に多数のビジネスマンが同行しているがそこには歴史のある大手財閥企業の名前は見えない。
日本では首相の一声で経団連が民間経営者を束ねて首相の外国訪問に同行する。他の国でも似たような図式である。経団連のような統一した業界団体のない開発途上国では、権力者を取り巻くいわゆる政商たちが徒党を組むことが多い。しかしサウジアラビアの財閥はこれまで殆ど国王或いはサウド家の王族と行動を共にしていない。特にサルマン現国王の時代になってからその傾向が強いように見受けられる。つまり民間経営者たちはサルマン国王とムハンマド副皇太子の新経済方針に対して冷ややかな目を注ぎ、「お手並み拝見」とばかり様子見を決め込んでいる節がある。
民間経営者が積極的に手を出そうとしないのは政府の一連の政策にも原因がある。その一つはサウジ人化政策(サウダイゼーション)である。公共部門のサウジ人化が飽和状態に達したため政府は民間部門のサウジ人化政策を強力に進めている。若年層の人口が急増し、しかも失業率が高止まりしたままでは社会不安が増大する。それが政府の頭痛の種でありサウジ人化政策は最優先課題の一つである。しかし民間経営者サイドから見れば、サウド家政府の政策により外国人労働者に比べて給与が高くしかも極めて効率が悪い自国民の雇用を強制されることを意味する。新経済政策をビジネスチャンスととらえてもそこには大きなリスクが潜んでいるのである。
そしてもう一つは民間企業に対する政府の場当たり的な対応である。典型的な例は公共施設の建設事業、発電造水プラント建設事業などによくみられるが、石油価格が下落し歳入が急減すると契約通りに業務を遂行している民間企業に対して支払いをストップする悪弊である。民間事業者が契約を誠実に履行したにもかかわらず、発注官庁が代金を支払わないのである。民間企業同士であれば契約代金を支払わない業者は業界から追放される。しかしサウジ政府はいつも殿様商売なのである。
生き馬の目を抜く厳しい競争を勝ち抜いてきた民間経営者から見れば今のサウジ政府、即ち権力を一手に握るサウド家はとても安心して付き合える相手ではないと言えよう。ムハンマド副皇太子は民間経営者の冷ややかな視線にどのように対処するつもりであろうか。31歳の若きプリンスの前には巨大な壁が立ちはだかっていると言ってよかろう。
以上
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
荒葉一也
E-mail; areha_kazuya@jcom.home.ne.jp
携帯; 090-9157-3642