Kuwait

2009年06月05日

(注)HP「中東と石油」に全文を一括掲載しました。

4.前途多難を予感させる第13回国会幕開け
 5月31日、第13回クウェイト国会が開かれた。はじめてクウェイトで国会が開かれたのは1963年のことである。第1回から第3回までは4年の任期満了による選挙が行なわれたが、第4回では議会と政府が衝突し、ジャービル首長(当時)が首長権限で議会を解散し、以後議会は4年半停止された。1981年に議会が再開されたものの、イランのシーア派イスラム革命およびそれに続くイラン・イラク戦争により国内は騒然とした状態となり、議会と政府の対立が激化した結果、ジャービル首長は1986年に再び議会を解散したのである。この解散は湾岸戦争が終結する1992年までほぼ6年間続いた。

 このように国会の長期解散は2回計10年強に及んでおり、過去12回の議会のうち4年間の任期を全うしたのは半分の6回に過ぎない。しかも2006年以降の直近の3回の国会の会期は、第10回が2年10ヶ月、第11回が1年9ヶ月、第12回が1年、と毎回短くなっている。2003年のイラク解放戦争以後、湾岸地域にはさしたる紛争も無くクウェイトの外交関係は平穏であり、また原油価格の急騰により同国には膨大なオイルマネーが流入、経済も順風満帆であった。つまりその間クウェイトには内憂外患が全く無かったのである。

 それにもかかわらず政府と議会の対立はますます先鋭化し、3回の議会解散と6回の内閣改造(前回参照)を引き起こしている。政府と議会が対立する原因を一言で言うならば、それはサバーハ首長家が政府権力の独占に固執しており、一方国会は普通選挙により宗教および部族出身者が反政府勢力として幅を利かせ、ことあるごとに政府に楯突いているからである。つまり政府=サバーハ家と国会=反サバーハ勢力という対立の図式が定着しているのである。

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 5月31日の国会開会式では恒例によりサバーハ首長が冒頭演説を行なった。首長はその中で議会と政府の協力を呼びかけ、「既に議論はし尽くされた。蒸し返しは辞めようではないか」と呼びかけた。そのとき数人の国会議員は憤然として席を立ち議場を出て行った。首長が関係者を諭した言葉は間違っていない。しかし問題は議員の多くにとって、首長自身こそが議会の敵対勢力サバーハ家の頭目なのである。議員たちにとっては、そのようなことを首長の口から聞きたくない、と言うのが真情なのであろう。

 そしてもう一つ前途多難を予感させる議員退場問題があった。それは新たに誕生した女性議員の服装問題である。素顔で現われた彼女たちに対し、一部の超保守的宗教派議員がスカーフをかぶらない女性議員とは同席できないと強硬に主張し、結局彼らは退場したのである。これについてはさすがに殆どの議員が疑問を呈したが、宗教的信条にかかわる問題だけにその解決は政府と議会の対立以上に難しい問題とも言えよう。

5.クウェイトの将来
 国会の反政府勢力はシーア派、スンニ派などの宗教勢力、そして部族勢力など多くに分かれ、烏合の衆ではあるが、政府の失政を追及する点で彼らは一致団結する。クウェイトの国会には立法権がないため、国会議員は国政に対して殆ど無力である。従って彼らは結局出身母体あるいは支持者に対するネポティズム(縁故主義)の利益誘導に走るか、一般受けを狙ったポピュリスト(人気取り)的で内容の乏しいスローガンを連発するだけである。さもなくば彼らは誰もが正面切って反論できないナショナリズムや宗教規範を持ち出して政府や外国を牽制し、時にはリベラリストや女性の進出を妨害するのである。

 その影響は国内にとどまらず、海外にも波紋が広がっている。例えば外国企業とのビジネスを例にとれば、ごく最近米国ダウ社との170億ドルの石油化学合弁事業計画が白紙撤回され、また日本の日揮が関与している150億ドルの大型製油所建設工事も発注内示が取り消される事態になった。これによってクウェイトに対する世界の民間企業の信頼感は大きく失墜した。アブダビ、カタール、サウジアラビアなどオイルマネーが潤沢な国のプロジェクトを狙って世界企業がしのぎを削る中で、クウェイトはもはや先進国から相手にされなくなりつつあると言えよう。

 先に同国は外交的及び経済的に問題がないと書いたが、実は裏を返せば議会と政府はだからこそ小田原評定に明け暮れている、と言えるのである。もし差し迫った国家的難問がたちはだかり、国民一体となって取り組まなければならない緊急事態であれば、議会と政府は何らかの妥協点を見出し一体となって問題解決に乗り出すに違いない。しかし現在のところ国政が停滞してもオイルマネーのおかげで国民は誰一人飢えることもなく、春風駘蕩の生活を過ごしている。

クウェイトは豊かなるが故に混乱から抜け出す能力を喪失しているのである。この国は国家も国民も1970年代のオイルショックの時代からずっと苦労知らずに過ごしてきた。唯一の例外は1990年初頭のイラク占領と湾岸戦争による国土の荒廃であろうが、それとて石油の富により見事なまでに傷跡は塞がれた。オイルマネーの威力が続く限り(それは今後も当分続くことは間違いないであろうが)、クウェイトが自己改革することは難しそうである。

(終わり)

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
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at 10:08 

2009年06月03日

(注)HP「中東と石油」に全文を一括掲載しました。

はじめに
 5月16日にクウェイト総選挙が行なわれ、即日開票の結果初の女性議員4人を含む50人の議員が選出された。20日にはサバーハ首長がナーセル前首相を再度首相に指名し、29日、ナーセルを含む16名からなる内閣が発足した(注、クウェイトでは憲法上、首相の指名権は首長にある)。そして31日には首長が臨席して第13回議会が開催されたのである。

 ここ数年、クウェイトでは議会と政府が事あるごとに対立し、2006年初めにサバーハ現首長が即位して以来わずか3年の間に3回の総選挙が行なわれ、ナーセル内閣にいたっては今回で改造は6目である。国会は毎年解散と総選挙を繰り返し、内閣は1年も持たないという異常事態が続いている。

 今回の総選挙では女性議員4名が誕生する一方、スンニ派勢力は退潮するなどの変化も見られたが、反政府系議員が多数を占める構図に大きな変化は無く、また内閣も枢要ポストは相変わらずサバーハ家王族が独占するなど新味に欠けるものであった。このため識者の多くは国政の混乱は当分収まらないと見ている。本稿では国会と内閣それぞれの新陣容を概観し、今後の政局の行方を推察する。

選挙方法の改善について
 1963年の第1回議会以来13回目となる今回の総選挙は定員50名に対し211人が立候補して争われた。前々回の2006年6月の選挙で初めて女性に参政権が与えられ、また昨年5月の前回選挙では定数50名は据え置き、選挙区の数をそれまでの25区(定員2名)から5区(定員10名)に集約、投票は4名連記制となった 。過去2回の選挙では30人近い女性候補者が立候補したものの全員落選の憂き目を見ている。

 クウェイトは他の中東諸国同様イスラム宗教勢力が強く、しかも人口の35%をシーア派が占めており、同時にアラブ特有の部族意識が色濃く残っている。人口の6割以上を占める出稼ぎ外国人労働者には選挙権が無く、クウェイト人の成人に限られているため、有権者数は男女合わせても40万人足らずである。

 このような状況で前々回までは選挙区が25もあったため、1選挙区あたりの平均有権者数は1万5千人程度であった。各選挙区の立候補者数は定員の5倍前後のため、単純に計算すれば当選圏は3千票以上となる(女性参政権が付与される以前はさらにその半分程度)。国政選挙とは言え日本の感覚では市町村レベルのミニ選挙とでも言うべきものである。このようにわずかな得票で当選可能であるため、当然のことながら宗派或いは部族による選挙活動が幅を利かせ、彼らはそれぞれのセクトで事前に立候補調整を行い、また候補者による票の買収も半ば公然と横行していた。こうして彼らはリベラル候補や女性候補の選挙運動を陰に陽に妨害したのである。

 サバーハ首長家とその内閣はこれら宗派や部族出身の国会議員に長い間苦汁を飲まされ続けており、特に最近では彼らが首相及び大臣に対する弾劾決議を頻発するため国政が麻痺すると言う現象が恒常化している。このため前回からは部族に有利な細切れの選挙区を改めて5つの選挙区に集約、また今回は宗派・部族勢力の強い反対を押し切って立候補の事前調整に厳しい姿勢で臨んだ。政府はこれによって少しでもリベラル派や女性の政界進出を促そうとしたのである。彼らが直ちに親政府(親サバーハ)勢力と言うわけではないが、彼らの進出によって相対的に宗派・部族の反政府勢力の勢いが削がれることを政府は期待したのである。

総選挙の結果について
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 今回の選挙は政府と議会の果てしない対立にうんざりした有権者が変革を求めた結果であるが、上述の政府の方策が功を奏した面もあり、これまでとは少し違う結果となった。その中で内外のメディアが大きく取り上げたのは女性議員4人の誕生である。これによってクウェイトに新しい風が吹くことを期待する論調が多く見られる。

選挙結果をさらに詳細に分析するとスンニ派イスラム主義者が壊滅的な打撃を受け、一方シーア派が勢力を伸ばしており宗教勢力内部に大きな構造変化の兆しが見える。イスラム・サラーフ同盟(Islamic Salaf Alliance, ISF)は4議席から2議席に半減、ムスリム同胞団の政治組織Islamic Constitutional Movement(ICM)はこれまでの3議席がわずか1議席獲得にとどまった。スンニ派イスラム主義とそれに同調する部族勢力の勢力はこれまでの21議席から11議席に激減したのである。これに対しシーア派勢力は5議席から9議席に躍進している。

一方前回わずか1議席であったリベラル勢力は8議席を獲得した。女性当選者4名のうちの3名もリベラル派である。リベラル派の内訳としてはPopular Action Blockが3議席を獲得している。部族勢力はほぼ現状維持の25名であり、内訳はAwazem族6名、Mutairi族5名、Rasheedi族4名、Ajmans族、Enezi族各3名、Oteibi族2名、Hajeri族、Dossari族各1名となっている (注、部族、宗教、政治的信条が重複しているため、上記合計数は定員の50名を超える)。

このような勢力分布が今後のクウェイトの政局にもたらす影響は、29日に成立した第6次ナーセル内閣の陣容とも深く関係し、31日に始まった第13回国民議会における政府と議会の攻防を見届ける必要がある。ただ多くの専門家はかなり冷めた見方をしており、クウェイトの政局混乱が当分続くとする見解が多いのが事実である。

(続く)

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前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
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at 10:45 

2008年03月10日

(注)HP「マイ・ライブラリー」に一括掲載しました。(2010.1.6追記)

(第5回)IOCとFIFAにも叩かれ四面楚歌のアハマド殿下

ioclogo.png アハマド殿下の率いるアジア・ハンドボール連盟(AHF)が、日本及び韓国に罰金を科し、それを払わない場合はイランで行われるアジア男子選手権の参加を認めない、という強硬措置を決めた直後から、事態は思わぬ方向に動き出した。ハンドボールやサッカーさらにはオリンピック委員会など各種スポーツ団体のアジア連盟で絶大な権力をふるってきたアハマド殿下に対して、国際オリンピック委員会(IOC)の他国際サッカー連盟(FIFA)や国際ハンドボール連盟(IHF)などの上部団体が一斉にアハマド非難を始めたのである。

さらにバハレーン人で元AHF副会長のモハンマド・アブル氏までが、1998年のジュニア選手権のクウェイト・バハレーン戦についてIOCに再調査を訴えるなど、まさにアハマド殿下は袋叩きの状態である 。アブル氏は、すでに決まっていた日本人審判をクウェイト側が試合直前にUAE審判に替えたと述べている。また彼はAHFの役員と審判の間で実際に賄賂の授受があったか否かの証拠はないものの、これは湾岸のハンドボール界では周知の事実である、と証言している。

IHFがイランの男子アジア選手権の運営権を取り上げたことに対し、当初は対抗措置も辞さないと強気の姿勢のAHFであったが、同大会を来年クロアチアで行う世界選手権の代表選考会と認めないとIHFが宣告するに及び、AHFはいつのまにか腰砕けとなった 。

さらに追い討ちをかけるように、2月27日、国際オリンピック委員会(IOC)のミロ理事名による書簡がクウェイト社会労働相宛に届いた。IOCは書簡の中で、もしクウェイトオリンピック委員会がオリンピック憲章に適格と認められない場合はしかるべき罰則と制裁を課す、と警告したのである 。そして文書には、クウェイトがオリンピック憲章に従う旨の誓約文を遅くとも3月31日までに提出しなければ、4月始め開催予定のIOC最高会議に報告する、とまで付け加えた。もしそのような事態になればクウェイトの北京オリンピック参加も危うくなる。またIOCに符合して国際サッカー連盟(FIFA)がクウェイトの連盟資格を剥奪する可能性があるとの報道も流れた。サッカーはハンドボールと共にクウェイトで最も人気の高いスポーツである。北京五輪大会を含めクウェイトがこれら国際スポーツ大会から排除されれば、国民の失望は計り知れないであろう。

イランで行われたハンドボール・アジア男子選手権大会においてクウェイトは銀メダルを獲得した。選手団がクウェイト空港に降り立った時、彼等を出迎えその労をねぎらったのはアハマドの実弟タラールであり、そこにはアハマド本人の姿はなかった 。「中東の笛」と呼ばれる愚挙を影で指図したアハマド殿下は今や四面楚歌の状態であり、国際スポーツ界からレッドカードを突きつけられ退場を迫られている。
 
以上の一連の事実はクウェイト発行のArab Times紙から拾い上げたものである。本シリーズ第3回「アハマド殿下はどう出る」で触れたようにArab Timesはサバーハ首長家の中ではアハマド殿下が属する主流派に敵対する反主流派サーリム系の御用新聞である。反主流系とは言え同紙がこれほどまでにあからさまに王族がらみの問題をとりあげることは珍しく、通常なら首長あるいは首相などサバーハ家の有力王族が密かに介入して報道を控えさせたはずである。その意味からすれば、アハマドが身内からも見放された、と見るのが適切なのかもしれない。金満国家のクウェイトで傍若無人に振舞う一人の王族が引き起こした今回の問題は、クウェイトの現在の体質そのものを現していると言って間違いなさそうだ。

(第5回完)

(本シリーズは過去3年間にわたるクウェイトのインターネット新聞のモニタリング結果による筆者の憶測記事であり、内容の真偽は保証の限りではありません。)


これまでの内容:
(第4回)裸の王様、サバーハ家
(第3回)アハマド殿下はどう出る?
(第2回)イラクのクウェイト侵攻がもたらしたもの
(第1回)五輪ハンドボール予選騒ぎ

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at 11:22 

2008年02月15日

(第4回)裸の王様、サバーハ家

サバーハ家紋章
img20080215.jpg 第3回「アハマド殿下はどう出る?」を書いた後も事態は動いている。アジア・ハンドボール連盟(AHF)が日本と韓国に千ドルの罰金を科し、支払わなければ近くイランで行われるアジア男子選手権の参加を認めない、という裁定を出し、これに対して日本は支払を拒否するが選手権には参加すると主張している。そして昨日の共同通信によれば、ムスタファ国際ハンドボール連盟(IHF)会長とアハマドAHF会長がスイスで会談、両者は問題をスポーツ仲裁裁判所に委ねるとともに、アジア男子選手権の運営はIHFが取り仕切ることに合意した。

クウェイトのアハマド殿下が牛耳るAHFと日本ハンドボール連盟の対立は泥沼の様相を呈しているが、ここでは暫くこの問題を脇に置き、アハマド殿下の一族、クウェイトの首長家であるサバーハ家が抱える問題について触れてみたい。アハマドに欠ける「ノブリス・オブリッジ(noblesse oblige)」(高貴な身分の者に伴う道徳上の義務、前回参照)は、今のサバーハ家全体にも言えることだからである。

 サバーハ家が抱える最大の弱点は同家の「legitimacy」即ち「統治の正当性」が希薄なことにある。初代サバーハがクウェイトの統治者となった1756年当時、クウェイトにはサバーハ家を筆頭にいくつかの有力な一族(マーチャント・ファミリー)が商業を営んでいた。彼らはオスマントルコによる過酷な徴税に対抗するために結束し、その代表としてサバーハを首長に選んだ。クウェイト以外の他の湾岸諸国の王家や首長家はいずれも武力によって他の部族を制圧し権力を握ったのに対し、サバーハ家は仲間同士の互選で首長になったのである。中世日本の堺(大阪)で町人衆が団結して自治を守った状況と似ている。サバーハ家は政治と外交を任され、その代償として他のマーチャント・ファミリーはサバーハ家を財政的に支援したのである。

 ただ世界の歴史はいずれもそうであるが、「統治の正当性」は武力による支配から始まっている。武力で制圧した支配者は自己に対する崇拝感情を国民に植えつける教育を施し、歴史を経ることによりそれはある程度成功するものである。それが古典的な「統治の正当性」の樹立であり、「建国神話」というべきものなのである。日本の天皇家も大昔にそのような経緯を経て統治を確立したわけである。

 ところがクウェイトのサバーハ家は互選で首長になった。従って他のマーチャント・ファミリーは、サバーハ家に政治と外交という役割分担を委託しただけであって支配者と認めたわけではない、と考えている。そこにはサバーハ家に服従するという意識はないのである。あくまでサバーハ家と同列と考える同家以外の有力商人や有力部族たちは、国民一般に対する首長家崇拝教育も許さなかった。現在のクウェイト国民一般がサバーハ家に対して崇敬の念を抱かないのはそのためである。一般国民はサバーハ家の役割を石油の富を分配することと考えており、サバーハ家が絶対的な権力を振るうことを拒否し、またサバーハ家が石油の富を独占することを許さないのである。

 その証拠とでもいうべきことが二つある。一つはサバーハ家が自身を守るための自前の軍隊、即ち親衛隊あるいは近衛兵と呼ぶべきものを持っていないことである。サウジアラビアにはサウド家お抱えの国家防衛隊(National Guard)があり、他のGCC諸国の支配者も同じような親衛隊を抱えている。しかしクウェイトにはそれがない。1990年にイラクがクウェイトに攻め込んだ時、アハマド殿下の父親ファハドだけは侵入したイラク軍に抵抗を試みたものの、結局彼は戦死した。その他の王族は全員一目散に隣国サウジに逃げ込んだ事実は、サバーハ家の無力さを雄弁に物語っている。

 そしてもう一つの証拠はサバーハ家の富が他の湾岸諸国の支配者に比べて非常に少ないことである。米国の経済誌Forbesが発表した「君主の資産ランキング」がそれを明確に示している。同ランキングによれば世界1位のブルネイ国王に次いで、第2位はアブダビのハリーファ首長で彼の資産は2.52兆円とされている。そして第3位はサウジアラビアのアブダッラー国王(2.28兆円)、第4位ムハンマド・ドバイ首長(1.92兆円)、第9位ハマド・カタル首長(1,200億円)であり、クウェイトのサバーハ首長は12位、資産600億円にとどまっている 。GCC産油国の中でクウェイト首長の資産の少なさが際立っている。

 以上のことから言えることは、サバーハ家は権力も財力も乏しい「裸の王様」であるということなのである。「裸の王様」が自らを自覚すればそれなりの生き方はあろう。王族の中にはそのような賢明な者たちもいないわけではない。しかしアハマド殿下を含むかなりの王族は自分達が国家と石油の富を支配していると思い違いして、自分達にへつらう出稼ぎ外国人を奴隷のごとく扱い、あるいは石油を求めて擦り寄る国に対して横柄な態度をとって恥としないのである。つまり彼らには「ノブリス・オブリッジ(noblesse oblige)」(高貴な身分の者に伴う道徳上の義務)が欠けているのである。

(第4回完)

(本シリーズは過去3年間にわたるクウェイトのインターネット新聞のモニタリング結果による筆者の憶測記事であり、内容の真偽は保証の限りではありません。)

これまでの内容:
(第3回)アハマド殿下はどう出る?
(第2回)イラクのクウェイト侵攻がもたらしたもの
(第1回)五輪ハンドボール予選騒ぎ

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at 13:02 

2008年02月05日

(第3回)アハマド殿下はどう出る?

 「中東の笛」として一躍有名になったハンドボールのオリンピック予選やり直し事件は、日本のマス・メディアで派手に取り上げられてきた。アハマド・アジア・ハンドボール連盟会長は、自らの腹心で固めた理事会を緊急に招集、会議後の記者会見で東京の再試合に参加したチームには制裁を課す、と明言した。その理事会には日本からも理事1名が参加したが、記者会見には同席しなかった。これらのことは日本のテレビやメディアがこぞって報道しており周知のとおりである。

しかしこれらの経緯についてクウェイトのメディアは殆ど無視しているようである。筆者は毎日クウェイトを含めたGCC各国のインターネット新聞をモニターし、この「アラビア半島定点観測」で主要な記事を転載している。今回の問題については特にクウェイトの2紙(Kuwait TimesとArab Times)を入念にチェックしてきた。だが事件が表面化して以来、このニュースを報道したのは1月27日がはじめてであり 、その後現在まで1月29日 と2月1日 の3回にとどまっている。しかもそのうち2回は単にバンコックと東京発の外電を引用しただけであり、地元紙独自の報道は1月29日のアハマド会長記者会見だけであった。

arabtimeslogo.gif これは多少マニアックなことになるが、さらに付言するなら、これら3回の報道はいずれもArab Timesの記事であり、これまでのところKuwait Timesの記事は全く無い。新聞、テレビを含むクウェイトのメディアは、他のGCC諸国と同様、全て体制寄りの「御用メディア」であるが、クウェイトの2紙は実はサバーハ家の二大派閥である「ジャービル系」と「サーリム系」(前回参照)のそれぞれを代弁する新聞と見られている。

Kuwait Timesはジャービル系、Arab Timesはサーリム系であるが、アハマド殿下は現主流派のジャービル系である。これらのことから今回のハンドボール事件について、サバーハ家主流派は事件をことさら無視して報道を抑え、一方非主流派はアハマド殿下の足を引っ張ろうとしている、との見方もできる。但し非主流派もサバーハ家の一員であり、サバーハ家のスキャンダル(と思われるこの事件)を天下に晒すような真似はできない。従って外電を引用するという姑息な手段を取っているのではないか、というのが筆者の推測である。

 渦中のアハマド殿下は理事会後の記者会見を除き、筆者の知る限りクウェイトのメディアには一切姿を現さず、また外国メディアのインタビューにも応じていないようである。アジア・ハンドボール連盟は、東京での日韓の試合を踏まえ、今週中(クウェイトは日曜日が週明けであるため2月3日から7日の間)にも、理事会を開き両国に対する制裁措置を決定するという。アハマドが連盟を牛耳っているため、もし理事会を開催すれば日本と韓国を除名する可能性は高い(注)。しかし国際ハンドボール連盟の会長は、日韓の試合の勝者がオリンピック代表である、とはっきり明言している。この会長はエジプト人であるが、国際連盟の会長に選出されたのはアハマド殿下のお陰である、と囁かれている。もしそうだとすればアジア予選再試合を正式と認める同会長に対して、アハマドは「飼い犬に手を噛まれた」気持ちなのかもしれない。
 
それではアハマド殿下は今後どのような手を打つつもりであろうか。アジア地区予選代表が韓国であることは国際的に認められたのである。後は日本と同じく他ブロックも交えて残る一枠を戦うしかない。しかし不正審判とはいえ一旦代表の座を勝ち取ったと考えるクウェイトが追試合に応じるとは思えない。クウェイトがオリンピックに出場できるチャンスは極めて低い。

窮地に立たされ面子を潰されたアハマドはどのような行動を取るのであろうか。その一つとして考えられるのはクウェイトの国民感情を刺激するキャンペーンである。現在のクウェイトはシリーズ第1回でも触れたように国内は分裂し、対外的にも八方塞の状況である。豊富な石油収入があるため問題が表面化しないだけなのである。従ってハンドボール・チームがオリンピックに出場することは一時的にせよ国民の憂さ晴らしとなる格好のイベントであろう。

 アハマドがこれを利用して「国民が期待したオリンピック代表の座を奪われたのは日本と韓国のせいである。」というキャンペーンをクウェイト国内でくり繰り広げれば、代表選考の事情を知らない国民は彼の言葉を信じるかもしれない。そのような子供じみた真似がまかり通るのか、という常識は多分通用しないと思われる。クウェイト国内にも多くの良識ある人々がいることは間違いないが、世界中いずれの国でも国民一般にはemotional(感情的)な要素があり、それに火がつくと案外簡単に外国排斥運動に結びつくものである。

 それが今回の場合、日本と韓国に向かう恐れがある。アハマドが知恵者であれば、排斥運動を盛り上げ、挙句の果ては「対日石油不売運動」に転嫁させるかもしれない。「不買」ではなく石油を日本に売らない「不売」なのである。「中東の笛」をもじるなら、この運動は「愚者の笛」とでもいうべきものであろう。アハマドにそのような悪知恵が働くとは思えず、また伯父の首長や皇太子もまさかそのような暴挙を見逃すとは思えない。

 その場合、アハマドに残されたもう一つの手段は、アジア連盟会長という役職を投げ出すという方法であろう。彼以外の人々にとって、それは無責任極まりない対応と映るが、彼自身は「名誉ある撤退」の気持ちに違いない。とにかく金持ちでわがままに育ったアハマドにとって自分の行動が他人にどのように映るかは関係ないであろう。

 「ノブリス・オブリッジ(noblesse oblige)」(高貴な身分の者には道徳上の義務が伴う)という言葉がある。英国の王室、日本の皇室など世界の王室は常にそのことを自覚し、国民もそれを期待している。しかしアハマド殿下にそのようなことを期待するのは無理なようである。

(注)その後、2月5日にアジア・ハンドボール連盟は常任理事会を開催、日本と韓国に警告および罰金千ドルの処分を科すことを決定した。なお常任理事である渡辺日本ハンドボール会長は連絡が遅かったため出席できなかった。

(第3回完)

(本シリーズは過去3年間にわたるクウェートのインターネット新聞のモニタリング結果による筆者の憶測記事であり、内容の真偽は保証の限りではありません。)


これまでの内容:
(第2回)イラクのクウェイト侵攻がもたらしたもの
(第1回)五輪ハンドボール予選騒ぎ

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