UAE(Abu Dhabi, Dubai)

2011年01月10日

(注)本レポート上下はマイライブラリーに一括掲載されています。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0167AbuDhabiExecCouncil.pdf

今回の執行評議会の改造は部外者の目には組織のスリム化或いは王族からテクノクラートへの権力移譲と映る。しかし王族メンバーの入れ替えはナヒヤーン家内部の主導権争いの結果と言う見方もできる。勿論首長家内部は厚いベールに包まれているため、部外者が軽々に論じることはできないが筆者の推論は以下のとおりである。

まず評議会メンバーを外れた5人の王族を見ると、アハマドEtihad航空会長とスルタン前皇太子府長官はザーイド19人兄弟の遠縁である。またサイードとディヤーブはAisha Al Darmaki妃を母親とする兄弟である。ディヤーブは今回のアブダビ内閣改造により水電力庁(ADWEA)長官の地位も退いている(後任は非王族)。これでDarmaki兄弟は政府の要職から外れたことになる。辞任したもう一人の王族タハヌーンはムハンマド皇太子の同母弟であるが、彼に代わって同母兄のハッザ(National Security Advisor)が評議会メンバーに選任されている。

これらのことからザーイド19人兄弟の中で二つの同母兄弟のグループ(ムハンマド皇太子グループ及びサイーフ連邦副首相グループ)がアブダビ、そしてナヒヤーン家の主導権を握りつつあると推測される。この二つのグループが手を組んで台頭しつつあるのか、或いは互いに牽制しつつ権力闘争を繰り広げているのかは解らない。今しばらく推移を見守る必要があろう。

今回の人事でディヤーブがADWEA長官を辞めるなどDarmaki兄弟グループの影が薄くなった理由は不明である。しかし最近彼に関する気になるニュースが流れた。それはADWEAの保険部門で業者への発注をめぐり大掛かりな贈収賄事件が発生、裁判中というニュースである 。収賄容疑で被告となったADWEAの女性職員は公判で、「契約はディヤーブ長官の承認を得て締結したものであり、不正な金は一切受け取っていない。」と主張している。彼女の言い分が正しいとすればディヤーブ長官本人に疑惑が向けられる可能性もある。

しかし多分捜査が長官に及ぶことはないだろう。何といっても彼はザーイド前首長の息子であり、ナヒヤーン家の有力王族の一人だからである。長官辞任の理由はあくまで部下の不祥事の責任を取ったというになろう。ともかくナヒヤーン家の内部のことは部外者にとっては全く解らないとしか言いようがなく、今回のような対外的な人事発表から推測する他ないのである。

以上

(注)ここに述べたことの多くはあくまで筆者の憶測によるものであり、また何らかの意図で書いたものではありません。
 
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
 前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
   Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
   E-mail; maeda1@jcom.home.ne.jp



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2011年01月09日

 (注)本レポート上下はマイライブラリーに一括掲載されています。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0167AbuDhabiExecCouncil.pdf


 昨年1212日(ヒジュラ暦14321[ムハッラム] 5日)、アブダビの最高意思決定機関である執行評議会(Abu Dhabi Executive Council)が改組された。執行評議会の任期は2(ヒジュラ暦)であり、前回の改造は200916日(ヒジュラ1430.1.9)に行われている。

 

 UAE(アラブ首長国連邦)は7つの首長国で構成されているが、それぞれの首長国に執行評議会がある。執行評議会は各首長国の支配家が中核を占めており、アブダビの場合はナヒヤーン家である。その意味ではアブダビ執行評議会はアブダビ首長国の内閣であると同時にナヒヤーン家一族によるアブダビ支配の象徴でもある。

 

UAEでは外交、軍事は連邦政府が担っているが、その他内政全般は各首長国の権限が強い。その中で豊かな石油資源を有するアブダビが連邦政府の財政を支えている。これまで各首長国の自主性が尊重されてきたため、ブームに乗って驚異的に発展したドバイが脚光を浴びてきたが、バブル崩壊によりドバイはアブダビに救済を求め、UAE連邦におけるアブダビの存在感が一層大きくなっている。このためアブダビ執行評議会の改造が注目を集めている。

 

今回の改造は大きく二つの点で前回と異なっている。一つは評議会メンバーの人数が前回の18名から4名減少し14名となったことである。そしてもう一つの注目点はこれまで9名いたナヒヤーン家の王族が今回は5名にとどまったことである。つまり前回は王族がメンバーの半数を占めていたが、今回は3分の1強にすぎない。王族メンバー5名の構成は再任4名、新任1名である。即ち今回の改造で5名の王族が評議会メンバーから外れた。

(「評議会メンバー表」http://members3.jcom.home.ne.jp/maeda1/4-5-2AbuDhabiExecCouncil.pdf参照)

 

2004年に即位したハリーファ現首長はザーイド前首長の息子であり、UAE連邦政府の大統領を兼務している。ザーイド前首長には6人の王妃との間にハリーファを含め19人の男子がいる。ハリーファはその長男であり、次々弟のムハンマドが皇太子で彼は執行評議会の議長を兼務している。二人の間にスルタン(ザーイド2男)がおり、20095月まではUAE連邦の副首相であったが、連邦内閣改造により閣外に去り、替わってサーイフ(ザーイド9男)及びマンスール(ザーイド13男)の両名が連邦副首相に任命されている。

(「ザーイドの息子達」http://members3.jcom.home.ne.jp/maeda1/3-5-1bSonsOfZaidNahyan.pdf参照)

 

ハリーファ首長、ムハンマド皇太子、スルタン前連邦副首相、サーイフ現連邦副首相はいずれも母親の異なる異母兄弟である。またマンスール現連邦副首相はムハンマド皇太子の同母弟である。そしてハリーファ首長、スルタン前連邦副首相には同母の兄弟がいない(つまり実質的な一人息子)であるが、ムハンマド皇太子はマンスール連邦副首相を含め6人の同母兄弟があり、またサーイフ連邦副首相にも5人の同母兄弟がいる。このように現在のハリーファ家を構成するメンバーは多重多層の複雑な関係にある。このような関係はナヒヤーン家の異母兄弟間で権力をめぐる駆け引きが日常的に行われている可能性をうかがわせる。

 

(続く)

 

(注)ここに述べたことの多くはあくまで筆者の憶測によるものであり、また何らかの意図で書いたものではありません。

以上

 

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        前田 高行        183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601

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ナヒヤーン家については拙稿「アブダビ・ナヒヤーン家(GCCの王家首長家シリーズ)」参照

http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0102RulingHouseInGccAbuDhabi.pdf 



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2010年03月26日

(注)マイライブラリー(前田高行論稿集)で全文をご覧いただけます。

8.犯罪者のラスト・リゾート:ドバイ

これまで7回にわたってドバイを舞台にした麻薬、横領、セックススキャンダル、暗殺事件を追ってきた。これらの事件は今も次々と露見しており、例えばドバイ国際金融センター(DIFC)の前長官が14百万ドルを不正に着服したとのニュースも流れている。昨日(3/25)にはドバイ政府とその傘下企業のDubai WorldおよびNakheel社が総額260億ドルに達する債務返済計画を発表した。個々の債権者との交渉は難航が予想され、ドバイ経済がいつ本格的に復旧するのか見通しは立たない。今後も摘発により犯罪者に転落するバブル紳士が後を絶たないであろう。

 

このような国際犯罪都市ドバイで実は唯一発生していない種類の犯罪がある。それは社会騒擾事件―アル・カイダなどイスラム過激派によるテロ事件、或いはシーア派による扇動デモなどの社会騒擾事件である。サウジアラビアではこのようなテロ事件が多発し、政府はテロ撲滅のため多くの時間と労力と金を費やしている。それに対しドバイではテロ事件は全く発生していない。その理由についてドバイ政府がテロ組織と密約を交わし、金銭的支援の見返りに自国をテロ事件に巻き込ませないようにしているというまことしやかな噂もある。またドバイには数十万人単位のシーア派イラン人がいる。イランの核開発に強く反対するGCC各国を牽制する目的で、イラン政府がドバイ在住のイラン人を扇動することも可能である。

 

しかしこのようなテロ事件やシーア派騒擾事件が全く発生していないのは何故であろうか。その理由はドバイが裏社会の人間にとって居心地がよく、これを今のまま温存することの価値が極めて高いためであると言えよう。アラブ・イスラムの真っただ中にありながらドバイはほとんど世界各地から集まった外国人で占められている多人種・多国籍都市である。また外国人にとってドバイは入国及び出国が容易であり、さらに飛行機便が発達しているためいつでも、どこからでも、またどこへでも行くことができる極めて便利な都市である。

 

これを犯罪の側面から見ると、追われる者にとっては隠れ家としてドバイが有用であり、同時に追跡者にとっても秘かにターゲットを暗殺するのにもってこいの場所と言える。また高度に発達したドバイの金融システムは、密貿易の利益、横領着服した金、テロ組織への送金などあらゆる秘密資金の洗浄(マネー・ロンダリング)に利用できる。

 

もしドバイでイスラム・テロ事件が起これば欧米から圧力がかかりドバイ政府は取締を強化せざるを得ず、そうなれば暗殺者もその標的となる者も群衆に紛れ込むことが難しくなる。また資金洗浄を厳しく取り締まれば秘密資金うぃ流せなくなる。それは裏の組織だけでなく各国の諜報機関による資金の移動にも支障をきたす。イスラエルの諜報機関モサドなど一部の外国政府組織或いは地下組織、テロ組織などにとってはドバイの闇の部分が必要である。ドバイは必要悪なのである。

 

そのような中で偶々事件として発覚したのがこれまで述べた暗殺や金銭スキャンダルである。これらは多分氷山の一角に過ぎないであろう。発覚しなかった事件、今もひっそり隠れ続けている者も多数いるはずである。或いは真実が解明されないまま行きずりの旅行者の死として扱われた者もいたかもしれない。美貌の歌姫殺人事件(5回参照)、ハマス幹部暗殺事件(7)などは事件が表面化したまれな例かもしれないのである。

 

ドバイがこれまで築き上げてきた航空・物流などのルート・インフラ或いは金融取引のための国際通信インフラ、そしてホテル・娯楽施設など国内の観光インフラは周辺国の追随を許さない。従ってこれからも湾岸諸国はもとよりアラブ・イスラム圏さらには世界中からドバイに「ヒト」、「モノ」、「カネ」が集まることは間違いない。そして華やかな「光」の裏側には必ず「陰」があり、ドバイはこれからも犯罪の温床であり続けるであろう。ドバイは「ヒト、モノ、カネ」の全てを次々と際限なく吸収するまさにブラックホール都市になりつつある。ドバイは普通の善良な観光客のためのリゾートと言うだけにとどまらない。ドバイは犯罪者のためのラスト・リゾートでもある。ドバイに「国際犯罪都市」の烙印がついて回ることは避けられないようである。

 

(完)

 

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2010年03月24日

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7.ハマス幹部暗殺:背後にイスラエル・モサドの影(2010年1月)

チェチェン反大統領派の大物スレイマン暗殺事件(前回参照)からほぼ1年後の今年1月、これをはるかに上回る規模の暗殺事件がドバイの五つ星ホテルで発生した。被害者はパレスチナ人のマハムード・アル・マブフ。イスラエルに激しく抵抗するハマスの軍事組織幹部であり、イスラエルから指名手配されていた男である。

 

犯行の手口は完ぺきであり、ドバイ警察の捜査で実行犯部隊11人、サポート部隊16人の合計27人と言う大規模な暗殺チームが編成されていたことが判明した。ヨーロッパ各国から入国した彼らのパスポートは勿論偽造旅券であるが、その国籍は英、仏、独など複数の国にまたがり、しかもその全てがイスラエルと二重国籍を有する善良なユダヤ市民の名義であった。ドバイ警察当局は当初から事件の背後にイスラエルの諜報機関モサドが介在していると明言し、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて容疑者を国際指名手配した

 

被害者のマブフは事件当日の午後、シリアのダマスカスからドバイに到着、アル・ブスタン・ホテルにチェックインした。バンコックへの乗り継ぎのためであった。そして短時間の外出からホテルの部屋に戻ったところを暗殺された。彼の妻がダマスカスから国際電話でホテルの部屋に電話したが応答が無かったため不審に思いホテル側に室内のチェックを依頼したのである。ホテルの従業員がロックされたマブフの部屋に入ると、彼はベッドに横たわっていたが、既に呼吸が無かった。部屋はロックされ内部も荒らされた形跡が無かったため、警察は当初彼の死因を心臓麻痺と推定した。

 

しかしその後の調べで彼は筋肉弛緩剤を注射された痕跡があったことから他殺の疑いで捜査を開始した。彼がハマスの幹部マブフであることもほどなく判明した。マブフは複数の偽名旅券を使い分けて世界を飛び回っていたのであるが、ドバイへは本名で入国していたからである。また普段なら一緒のボディガードもつけず一人旅であった。彼は部屋に侵入した暗殺者に筋肉弛緩剤を注射され、ベッドの枕で顔をふさがれ殆ど無抵抗の状態で窒息死したようである。

 

ホテルのロビーや廊下に設置された監視カメラが暗殺者の犯行状況をとらえていた。マブフが最初にホテルにチェックインし部屋に向かう時、彼の背後に二人の男の姿が映っていた。その直後彼らはマブフの向かい側の部屋をとり彼の動静をうかがっていた。そしてマブフが外出した隙を狙って彼の部屋の電子ロックを開け、室内で彼の帰りを待っていたようである。そして彼が部屋に戻ると間髪をいれず殺害したのである。

 

その後、犯人たちが直ちにホテルをチェックアウトしてドバイから出国したことは言うまでも無い。ホテルの宿泊記録から容疑者の名前と国籍が判明した。さらに空港の出入国管理記録から彼らのドバイ滞在はわずか一日足らずであったこと、暗殺の実行部隊は全員で11人と言う大部隊であったことも解った。さらにその後の調査で実行部隊をサポートする16人が事前にドバイに入国していたことも判明した。犯行の綿密な計画性と手際の良さ、そして多数の人間による連係プレー等々、見事なプロの暗殺者集団の技である。

 

被害者がイスラエルから指名手配されているハマスの幹部であったこと、及び鮮やかな犯行の手口から事件の背後にイスラエルの諜報機関モサドがいたことは間違いない。ドバイ警察は当初からモサドの関与を明言していたが、その関与について確たる証拠を示した訳ではない。一方、イスラエル政府はドバイ側の発表を明確に否定するでもなく、また事件そのものについてのコメントもしていない。世界に冠たる諜報機関のモサドが証拠を残すようなへまをやるはずはなく、またイスラエル政府がイエスでもノーでもないあいまいな態度をとるのは、同国の核兵器所有疑惑のケースと同じであり、同国の外交戦略の一つと言える。

 

しかし事件に対するドバイ政府のボルテージは上がる一方であり、ついにはイスラエルのネタニヤフ首相の逮捕まで視野に入れていると言いだした。勿論これは荒唐無稽な話であり逮捕状が実際に発行されることはないであろう。ドバイがこのような強硬姿勢を示すのはあくまで近隣イスラム諸国に対するパフォーマンスである。イスラムの戒律を軽んじた西欧的な享楽都市であるドバイは常々近隣諸国の顰蹙を買っている。またバブルの後始末として同じUAEのアブ・ダビから200億ドルに達する金融支援を仰いでいる。このためドバイとしてはアブ・ダビや他のGCC諸国、或いはイランの歓心を買うため、今回の暗殺事件に張り切っていると見られる。

 

それでは偽造旅券を利用された英、仏、独などは事件に対してどのように反応しているのであろうか。ICPOが正式に国際指名手配したのであるから、当然各国とも事件を非難し、捜査に協力している。英国は旅券偽造に関わっていたとしてイスラエル大使館員1名の国外退去処分を発表した。しかし各国政府ともイスラエルを余り刺激したくないと言う意図が見え見えで捜査には及び腰である

 

結局この事件は未解決のまま闇に葬られる可能性が高い。マブフを襲った刺客達は多額の報酬を手に今頃世界のどこかで優雅な生活を送っているのだろうか。否、ひょっとして口封じのためにモサドが送り込んだ別のヒット・マンの手でこの世から消されているかもしれない。暗殺の証拠そのものを抹殺するには暗殺者本人を抹殺することが良策であろう。それはケネディ大統領暗殺犯のオズワルド自身が暗殺された事件とその後の経緯を見ればわかるはずである。

 

(続く)

 

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2010年03月22日

(注)マイライブラリー(前田高行論稿集)で全文をご覧いただけます。

6.チェチェンからの刺客(2009年3月)

 20093月、ロシアのチェチェン共和国から来た一人の男がジュメイラ地区にある高級マンションの駐車場で射殺された。彼はスレイマン・マドフ(36歳)と名乗っていたが本名はスリム・ヤマダエフ、チェチェンの反大統領派の大物である

 

チェチェンはロシア連邦を構成する共和国の一つで、カスピ海と黒海に挟まれたカフカス(コーカサス)地方にある人口110万人の小国である。日本では馴染みの薄い国であるが、カスピ海から黒海に至る石油パイプラインが通過する重要な位置を占めている。カフカス地方は少数民族が入り乱れ、また住民の多くがイスラム教徒である。このため1990年のソ連邦崩壊により南部のグルジア、アゼルバイジャンなどが独立すると、これに刺激されてチェチェンもロシアからの独立を宣言した。

 

ロシアは圧倒的な兵力で独立運動を封殺、10万人を超す死者を出し、紛争は泥沼化した(第一次チェチェン紛争)。そして漸く1997年にロシアとチェチェン武装勢力は5年間の停戦に合意したのである。しかしこの平和は長くは続かなかった。1999年、チェチェン武装勢力は「大イスラム教国建設」を掲げ和平協定を破って隣国ダゲスタン共和国に進攻、これに対しロシア連邦軍は再びチェチェンに進撃したのである(第二次チェチェン紛争)

 

ロシア側は独立派武装勢力を粉砕、アフマド・カディロフ(ラムザン・カディロフ現大統領の父親)を大統領とする親ロ政権が樹立された。一方、敗れた独立派はイスラム過激派の国際テロ組織アルカイダと結び内外でテロ活動を繰り広げた。モスクワ劇場爆破事件あるいは小学校占拠事件など一連の事件が日本でも報道されたことでよく知られている。そしてこの間にシャミル・バサエフなど独立派指導者達は次々とロシアによって暗殺されたのである。ロシアとしては少数民族の独立運動を抑え込み、また石油と天然ガスのパイプラインルートを確保するために何としてもカフカス地方をロシア中央政府の支配下に置く必要があったのである。

 

独立派をテロ集団とみなす連邦政府の方針を支持し、200310月の選挙で初代大統領になったアフマド・カディロフと共に独立派の掃討に武勲をあげたのが今回暗殺されたスレイマン・マドフである。マドフはその功績によりロシア英雄勲章を授与されている。しかしアフマド大統領は就任わずか半年後に独立派のテロにより暗殺された。この時からアフマドの息子ラムザンとスレイマン・マドフの権力闘争が始まった。ラムザンは1976年生まれ、マドフは1973年生まれ。二人はわずか3歳違いである。

 

チェチェンの権力闘争は2007年にラムザンが父親の後継者アルハノフを追い落として自ら第3代大統領に就任したことで決着した。前年に反政府独立派が投降したこともありラムザンは強権政治を敷いた。なお連邦政府はチェチェンのテロ活動が沈静化したとして昨年、特別治安体制の終了を宣言している。

 

ラムザンの権力掌握後もスレイマン・マドフは国内で穏然たる勢力を保っていたが、表立って大統領に対抗する姿勢を示さなかった。しかし彼の身辺にきな臭さは漂っていた。彼の兄ルスランが2008年に暗殺されたのである。事件の黒幕が権力欲の強いラムザン大統領であることは疑いの余地が無かった。反政府独立派が投降した現在、ラムザン大統領が恐れるのは強い勢力を保持しているかつての仲間のマドフ兄弟だった。猜疑心に駆られた大統領はスレイマンの兄を暗殺、次に狙ったのがスレイマン本人である。彼もそのことは十分警戒し身辺護衛を固めていたはずである。大統領が彼をチェチェン国内で「消す」ことは難しかった。ドバイならスレイマンの身辺警護も手薄で本人も油断していると考えたのであろう。

 

20093月、スレイマン・マドフは滞在先のドバイで暗殺され、ドバイ駐在のロシア総領事が彼の死体を確認した。しかし以後、事件は解明されることなく闇に葬られたままである。

 

(続く)

 

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